40 お茶会
お茶会の席がしばらく沈黙に包まれた後、レヴィーリア様は落ち着きを取り戻すように、そっと紅茶をひと飲みした。
「ごめんあそばせ。なぜかイセザキと話していると、幼い頃にお慕いしていたお姉さまと話をしているような、そんな不思議な気分になりましたの……」
悲しげに目を細めるレヴィーリア様。だがすぐにその表情を一変させ、にっこりと俺たちに微笑んでみせた。
「ですが……ふふっ、もしお姉さまが生きていらっしゃったとしたら、イセザキのようなお姿だったのかもしれませんね。あなたは少しお姉さまに似てい――」
そこで突然レヴィーリア様は目をひんむき、テーブル越しに伊勢崎さんの顔を凝視した。
「――えっ、あっ、アレッ? 少しどころか、かなり似てるような気がするんですけど!?」
勢いに押された伊勢崎さんは、明らかに顔をこわばらせながら口を開く。
「ま、まあっ、そんなに似ているのですか? そそ、それはとても光栄なことですわね、オホッオホホホホホホ……」
その言葉を聞き流しつつ、レヴィーリア様は首を傾げながら伊勢崎さんにじりじりと顔を近づけていく。
「うーん? 髪の色はまったく違うけれど……」
「そうですか、ホホホホ……」
「でも成長すれば、きっとこのようなお顔になっていそうですわ!」
「ホッホホホホホホホッ!」
意外とピンチに弱い伊勢崎さんは、ガクガク震えながらホホホホとしか言わなくなってしまった。……いや、最近の彼女を見ていると、それほど意外じゃないかもしれないけど。
とにかく、ここは俺がフォローしなければ。俺はレヴィーリア様の視界に入るように軽く伊勢崎さんに身を寄せる。
「レヴィーリア様、私の妻はそれほどレヴィーリア様の大事な方に似ておられるのですか?」
「えっ? ええ、そうね……。さっきからイセザキの声を聞いていると、なんだか声までお姉さまに似ているような気がしてきましたの!」
「ポゥッ!!」
ついに某世界的ミュージシャンみたいなシャウトで絶句した伊勢崎さん。それをスルーして、俺はさもありなんと言わんばかりに大きく頷いてみせた。
「なるほど……。たしかに私たちも行商であちこちへと旅をすると、似た人と出会うことはありますね」
俺の話にレヴィーリア様が興味深げに顔を向ける。
「そうなのですか?」
「ええ、私の国では『この世には自分とそっくりな人が三人はいる』なんて話も聞きますよ」
「まあ、そのような話が……? ふむ……そうですわね。広い世界には、そのようなこともあるのかもしれませんわね。実際、あなたたちが扱うような商品もわたくしは今まで見たことはありませんでしたし……」
納得したのだろうか、レヴィーリア様は伊勢崎さんに近づけていた顔を戻すと、肩の力を抜いて力なく笑った。
「……ふふっ、失礼しました。あまりにイセザキがあの方に似ていたもので、少々取り乱しましたわ」
そう言ってレヴィーリア様は軽く首を振ると、空気を変えるように明るい声を上げた。
「さあさ、お話がそれてしまいましたわね。ねえイセザキ、シャンプーの話をもっと聞かせてくれないかしら? わたくしもイセザキみたいに美しい髪になりたいのですの」
「ホイ!」
まだ顔をこわばらせたまま答える伊勢崎さんであった。だがその後は和やかな雰囲気でお茶会が進んでいき――
小一時間ほど過ぎた頃、二杯目のお茶を飲み干したレヴィーリア様が満足げに俺たちを見回す。
「ふふっ、今日はとても楽しかったわ。あなたたちに声をかけて本当によかったです。また声をかけてもいいかしら?」
「それはもちろん光栄なことなのですが……。レヴィーリア様はお立場上、とてもお忙しい身なのでは?」
尋ねたのは調子を取り戻した伊勢崎さんだ。だがレヴィーリア様は薄い笑みを浮かべ――
「……ふふ、実はわたくし、この町の代官となりましたの。伯爵の令嬢が代官。しかもこのような争いから近い場所でだなんて……前代未聞でなくて? ふふっ、ふふふっ……!」
その薄い笑みから、どんどん口の端を吊り上げていき、最終的には皮肉げに口を歪めたレヴィーリア様。どうやら自分の意思とは関係なく、押し付けられた役目のようだが……。
そんな折、店内に新たな客が入ってきた。いや、あのメイド服は先日も見たレヴィーリア様お付きの人だ。
メイドは俺たちに顔を向けると、一直線にこちらにやってきた。
「レヴィーリア様、お話が」
「ここで結構。なにかしら?」
「ですが……」
「二度は言いませんわ」
「……承知しました。その、デリクシル様からレヴィーリア様に召喚状が送られてまいりました」
デリクシルとは、たしかレヴィーリア様の本当の姉の名前だったか。そのメイドの言葉にレヴィーリア様は不快を隠そうとはせず眉根を寄せる。
「は? わざわざわたくしをこの町に押し込んでおきながら……今度は呼び出すのかしら?」
「は、はい。書類に不備があるとのことで、今すぐ領都へと赴き本人に確認してもらいたいとのことでして」
「ぐぬぬ……そんなのでっちあげに決まってます。とにかくわたくしに嫌がらせをしたいだけだわ!」
「ですが、行かないわけには……」
「ええ、わかってます。わかっていますとも。行かなければ後から難癖をつけてくるでしょうし、その方が面倒なことになるわね……。はあ……なるべく早いほうがいいわ……明日までに準備はできる?」
「はっ、整えてみせます」
「任せました。……さて、マツナガ、イセザキ。ご覧のようにわたくしはこれから移動することになったので――」
「はい、それではお忙しいでしょうから、私たちはお先に失礼しますね。レヴィーリア様はごゆるりとなさってくださいませ」
いそいそと席を立とうとする伊勢崎さん。その手をレヴィーリア様がガシッと掴む。
「ちょっとお待ちなさい?」
「な、なんでしょう……?」
伊勢崎さんが震える声で尋ねると、レヴィーリア様は伊勢崎さんにぐっと顔を近づけて、
「良いことを思いつきましたわ! あなたたち、私の移動に付き合いなさい!」
さも名案が浮かんだかのように目を輝かせ、とんでもない事を言いだしたのだった。
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