38 魅せプレイ
翌日は外に出ることもなく、自宅に引きこもってネットやゲームをして過ごしていた。これぞまさしくザ・無職といった時間の過ごし方だ。
ちなみに伊勢崎さんほどではないが、俺もレトロなゲームは好きな方である。
そこで昨日、相原との会話に上がったこともあって、久々にアー◯ンチャンピオンを押入れから引っ張り出して遊んだりもした。
まあCPU戦オンリーだとどうしても飽きてしまうので、すぐに止めてしまったんだけどね。
――そんな風にダラダラとした時間を過ごし、気がつけば夕方が近づいてきた。
そろそろ我が家に伊勢崎さんがやってくる。彼女がやってくる前にゲーム機は片付けておかねばならない。
なぜなら、普段はいろいろと俺を持ち上げたり気にかけてくれる伊勢崎さんだが、ことレトロゲームの対戦にかけては情け容赦がない。接待プレイどころか一切手加減することなく、しかも魅せるプレイで俺を狩りにくるのだ。
例えばアー◯ンチャンピオンでは、強弱のパンチを使い分けて勝利を狙う俺に対し、伊勢崎さんが神がかったスウェーとブロックを使いこなし、強パンチのみで三十連勝を達成した。あの出来事は今でも俺の脳裏に深く刻まれている。
そういうわけでいそいそとゲーム機を片付けてしばらく待っていると、伊勢崎さんがやってきた。ブレザー姿なので、学園から帰って
今日は異世界に跳び、レヴィーリア様ご所望の伊勢崎さん愛用シャンプーをレイマール商会へと届ける予定だ。
異世界から戻ってきたのが一昨日なので、向こうでは二十数日は経っているはず。行商のタイミングとしても、これくらいがちょうどいいだろう。
伊勢崎さんには俺の部屋で異世界の衣服に着替えてもらい、その間に俺も着替える。そして俺たちは異世界へと『
◇◇◇
俺たちは「エミーの宿」の貸し切り部屋へと到着した。窓からは朝もやに包まれた町並みが見えるので、時刻は早朝のようだ。
そして壁の向こう側からは、物音や男女の話し声が聞こえる。どうやら隣の部屋にも客が入っているらしい。
「エミーの宿」の二階は個室がいくつか並んでおり、俺たちは角部屋を借りていたのだけれど、隣に客が入っていたのはこれが初めてだった。
しかし隣に聞き耳を立てていても仕方がない。俺と伊勢崎さんはすぐに部屋から出ることにして――同じく部屋から出た隣の客とばったり出会った。
「おっ? この部屋は貸し切りだって聞いてたけど、住んでる人を見たの初めてだな」
「ちょっとギータ? ぶしつけに失礼だよ」
隣から出てきたのは細マッチョな少年と、メガネをかけたおとなしそうな女の子。歳は二人とも十八歳前後といったところか。
少年は長剣、メガネ女子は長い杖を腰に帯びている。二人は町中でたまに見かける
「こんにちは。俺はマツナガといって、いま君が言ったとおり、この部屋に泊まらせてもらっている者だよ」
「
相変わらず『妻』に強いアクセントを置いてぺこりと頭を下げる伊勢崎さん。まあいいけど。
そんな俺たちの自己紹介に、少年はニカッと笑って元気に答える。
「おうっ、俺は冒険者のギータ。それでこっちは相棒のシリルだ」
「シリルです。お二人は……冒険者には見えませんね?」
メガネをクイッとしてシリルが言う。
「うん、俺たちは行商人で、最近はこの町で商売をさせてもらってるんだ。でも町を出たり入ったりしていると泊まる場所を確保できないことが多くてね。それでエミールさんのご厚意に甘えて貸し切りにしてもらってるんだよ」
などとでまかせを言ったのだが、ギータは納得したように顎をさする。
「ふーん。貸し切りだと結構カネもかかるだろうに、あんたら儲かってんだなー。……つってもオレたちもこれからが稼ぎ時なんだけどな」
「へえ、この辺りで何かあるのかな?」
「ははっ、おっさん知らないのか? もうすぐ大規模な戦が始まるって噂があるんだ。密かに代官様がいくつも傭兵団を雇ったり、冒険者ギルドにも戦力を募ったりしてるって話だぜ? 今は鼻の利く連中がぞろぞろとこの町に集まってる最中だよ。俺、ぜってーここで一旗あげっから……!」
グッと拳を握りしめギータ少年が語る。どうやらかなりの意気込みのようだ。
俺は今の歳になるまで平々凡々と日々を過ごしてきたので、若い子が出世に燃える姿ってのは少し眩しく感じちゃうね。
だが、そうして熱く語ったギータ少年であるが、顔をけろっと素面に戻すと、肩をすくめて言葉を続けた。
「とはいえ、今すぐドンパチが始まるわけじゃねえんだよなあ……。待ってるだけじゃ身体もナマっちまうし、俺らは外の森で魔物でも狩ってくっから。それじゃなお二人さん」
「ちょっ、待ってよギータ~」
くるっと背を向けたギータと、それを追いかけるシリル。シリルはギータの腕に抱きつくと、そのまま二人仲良く階段を降りていった。どうやら二人は
俺はなぜか二人を食い入るように見つめている伊勢崎さんに話しかけた。
「伊勢崎さん、なんだか町が大変なことになりそうだね」
「いいえ、おじさま。そのようなことを十年以上続けてきたのがこの領地なのです。いまさら気にしても仕方ありませんわ。それよりもおじさま、私たちも商店へ行きましょう?」
そう言って伊勢崎さんはシリルと同じように俺の腕をぐっと抱いた。その瞬間、伊勢崎さんの豊かな胸が俺の腕全体を柔らかく包み込む。
「あの、伊勢崎さん? そういうスキンシップはなるべく控えてくれると――」
夫婦アピールするならともかく、今は周りに人がいないのでやる必要はない。だが伊勢崎さんはにこやかな笑顔を俺に向けた。
「あら? おじさま? あら? 私は昨夜、おじさまが相原さんに腕を抱かれているお姿を拝見したのですが……。あの方がよくて、私が駄目な理由をお教え願えますか? できるだけ詳しく」
「ヒッ」
笑顔の伊勢崎さんから冷たい声が耳に響く。昨夜で誤解はとけたと思っていたが、どうやらまだまだ根に持っていたらしい。
「う、うん。そうだね。君が駄目だということは特にはないかな……。じゃあレイマール商会に行こうか……」
「はいっ、おじさま♪」
弾んだ声で答える伊勢崎さん。そうして俺は腕に伊勢崎さんをくっつけたままレイマール商会へと向かったのだった。
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