27 レヴィーリア
カリウス伯爵家のレヴィーリア・カリウスということは、つまりこの領地のお姫様ということだ。
伊勢崎さんはここの領主と面識があったそうだし、このレヴィーリア様も伊勢崎さんと面識があるのかもしれない。というか伊勢崎さんの顔色からしてもほぼ間違いないだろう。
――っと、気になるところではあるが、お貴族様に自己紹介をさせておいて、自分が呆けている場合ではない。俺は慌てて立ち上がった。
「異邦人ゆえ、無作法は何卒ご容赦くださいませ。私は行商人のマツナガと申します」
「――妻のイセザキと申します」
俺に合わせて伊勢崎さんも礼をする。顔色はともかく動揺はないみたいでなによりだ。
ちなみに伊勢崎さんのこちらでの名前はイセザキである。さすがにセイナのままではよろしくないので、こちらでの名前を改めて尋ねてみたところ、本人はイセザキを希望した。
どうせならかわいい名前をつければいいのにと言ったのだが、伊勢崎さん曰く、別の名前で俺から呼ばれたところで妻感を感じない、せめて呼び捨てにされたいのことだ。妻感というのが何なのかはイマイチわからないけど。
俺たちの自己紹介を受け、レヴィーリア様がどこか貴族らしからぬ人懐っこい笑みを浮かべる。
「異国から来たのですし、そんなにかしこまらなくていいわ。それよりお菓子の話をいたしましょう?」
入ってきたときから感じていたが、あまり礼儀にはこだわらないお姫様らしい。ひと安心といったところだ。
伊勢崎さんの方の正体バレもなさそうだし、とにかくこのまま穏便にすすめていこう。
「そういうことでしたら、レヴィーリア様がどのお菓子をお気に召したのか教えてくださいませんか?」
「これよ!」
テーブルに並べられていたいくつかのお菓子の中からレヴィーリア様がビシッと指差したのはホワイト◯リータ。
「これまで食べたことのない、甘くて、それでいて上品な味わいでしたわ。今思い出してもお口の中が幸せになりますの……!」
自分の身体を抱きしめてクネクネしながら恍惚な表情を浮かべるレヴィーリア様。どうやら本当にハマっているようだ。
「そういうことでしたら、お近づきのしるしにどうか――」
そう言いながら俺がホワイト◯リータを差し出すと、レヴィーリア様は俺の片手をそっと押さえる。
「マツナガ、それはよろしくなくてよ。きちんとした対価を払いますわ。来なさいホリー!」
「はっ」
扉の向こうに控えていたのだろう。応接室にメイド服を着た栗毛の女性が入ってきた。
レヴィーリア様が短く「あれを」と言うと、メイドは抱えた鞄の中から革袋を取り出し俺に差し出す。
お菓子の料金ってことだと思うが、これって本当に受け取っていいのかな? お貴族様のNG行為がさっぱりわからない。
チラッとライアスを見ると、彼は小さく頷いた。どうやらOKらしい。
「それでは、いただきます」
そう言って革袋を自分の手元に置く。それを見てレヴィーリアが満足そうに頷く。
「一番はそのお菓子ですけれど、もちろん他のお菓子も大好きですわ。それらは後に商会を通じて購入させていただきます」
「あっ、ありがとうございますっ!」
ライアスが顔に安堵の表情を浮かべて頭を下げる。たしかに全部買われたら商売あがったりだろうしね。
「ところでそちらの奥方……イセザキと言いましたわね?」
レヴィーリア様が伊勢崎さんに顔を寄せ、じっと見つめる。
「は、はい」
珍しく緊張した口調の伊勢崎さん。
「あなた……とても美しい髪をなさってますわね。どういったお手入れをされているのかしら?」
「い、いえ、特には……」
うつむきがちに答える伊勢崎さんに、レヴィーリア様がテーブルを乗り越えんばかりに顔をぐいぐいと近づける。
「ウソおっしゃい。こんないい匂いをさせて……クンクン。ああ、本当にいい匂いね……どこか懐かしさを感じるような……クンクンクン、ハアハア、いいわ、ハアハアハア!」
「わっ、私は自国の洗髪剤を使っておりますわ! レヴィーリア様!」
近づかれた分のけぞりながら伊勢崎さんが声を上げると、レヴィーリア様が我に返ったように目をぱちくりとさせた。
「――ハッ! 私は今いったい何を……。そ、そうですか、洗髪剤ですか。それは売り物にはあるのかしら、マツナガ?」
「今は切らしております。レヴィーリア様がご要望のようでしたら、次回仕入れておきますので、ライアス様からお求めいただければ……」
「そう。ではそちらもお願いしますわね! ふふっ、今日はいい出会いがある予感がしたのです。本当に来てよかったわ! それでは失礼しますわね。オーッホッホッホッホ!」
高笑いしながら去っていくレヴィーリア様とメイド。やっぱり金髪縦ロールは高笑いするんだ……。そう思いながら俺は嵐が過ぎ去るのを待つのだった。
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