23 退職

「ねーセンパイ、マジで辞めちゃうんすか? やっぱ辞めるのやーめたってなりません? センパイが辞めちゃうと部長のウチへの風当たりがきつくなっちゃうじゃないですかーやだー!」


 社内で書類を書いている俺の隣で騒いでいるのは相原あいはら莉緒りお。入社二年目でまだ新人気分の抜けない後輩だ。


「知るかバカ。俺はこんな会社辞めて親戚の家業を手伝うことにしたんだ。辞めるのはやめないぞ」


 なんで辞めるのかしつこく聞いてくるので、親戚の家業の手伝いと説明していた。もちろんそんな親戚などいない。


「いきなり過ぎますってマジ。さすがの部長もポカーンとしてたじゃないすか」


「そりゃまあ社会人として、どうなのかなと思わないでもないけど、有給を使ってでも今日会社を辞めたいんだよ。だからせめて引き継ぎ作業はしっかりやってるだろう? 今日中に資料作って辞めるんだから、邪魔するなら向こうに行ってくれ」


 しっしと手を振って追い払うが、相原はしつこく食い下がる。


「ね、ね、センパイ。その親戚さんの仕事って、あと一枠くらい空いてないっすか? 今なら若い戦力がお安くゲットできますよ?」


 顎に手を当てて、キリッとしたポーズを作る相原。


 入社したての頃はギャルみたいなメイクで周囲を引かせた相原だが、今は見た目だけならギリギリ社会人に見える。まあ中身はあまり変わってないけど。


「はあ……。お前な、何バカなこと言ってるんだ。ほら、さっさと仕事に戻りな」


 去年新人教育を担当したせいで妙に懐かれているが、俺が辞めるから一緒に辞めると言われても困る。


 それになんだかんだで要領のいいコイツなら、俺以上にこの会社で上手くやっていけるとも思う。愛想も顔も良いせいか、男連中からは特にかわいがられてるし。


 相原は不服そうに眉を寄せながら、ようやく俺から離れた。


「ちぇー……。センパイ、送別会は後日やるんで、絶対に来てくださいよー?」


「ああ、それは行かせてもらうよ」


 上司との仲は最悪だが、後輩や何人かの同期との仲は悪くない。俺なんかの退職をそれなりに惜しんでくれているのは、本当にありがたいことだと思う。


 そのことに感謝をしながら書類をひたすら書き続け、何度も現れる相原を追い払い――



 結局、久々に定時に帰れないことになってしまったが、無事に会社を辞めることができたのだった。これで俺は無職であり自由の身となったのである。



 ◇◇◇



 翌日、俺は百均ショップに来ていた。平日の昼間から私服でウロウロするのはなんだか妙な気分になる。


 無職の人間を『無敵の人』だなんて揶揄やゆする人もいるが、無敵からくる全能感に満たされるようなことはないようだ。少しは貯金があるものの、収入がないというのはやっぱり心細い。


 そこで俺はまず異世界で金を稼ぐことに決めた。未だにこちらの世界で稼ぐ手段は決めかねてるが、それは後回しでもいいと思う。


 どのみち異世界を知るためにも、しばらくは異世界がメインの生活になるのだ。まずは異世界で金を稼ぐ必要がある。


 そのために俺は百均ショップに異世界で売れそうなものを探しにきた。百均の商品なら仮に売るのに失敗しても、さほど懐は傷まないだろうしね。


 そういうわけで百均ショップに入店した俺は、まずは伊勢崎さんから得た情報を頼りに、百円ライターを購入することにした。


 伊勢崎さんによると、異世界では魔道コンロのように火を扱える魔道具は存在するが、百円ライターほどコンパクトなものは存在しないらしい。


 やはり異世界で高く売れる商品とは、当然ながら異世界には無い商品、もしくは異世界では実現の難しいクオリティの商品になるということだろう。


 百円ライター以外にもそういうものがあればいいんだけどな。


 俺は真っ先に百円ライター売り場へ向かい、買い物カゴに百円ライターをごっそり入れ――ようとして、他のお客さんのためにいくつか残すと、次の獲物を探しに店内をうろつくのだった。

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