14 ならず者

 ニヤニヤと笑いながら、もったいぶるようにゆっくりとこちらに歩いてくるならず者たち。俺は持っていた現金入りエコバッグを伊勢崎さんに押し付けた。


「伊勢崎さんは先に逃げて。そして助けを呼んできてくれないかな」


 ここは俺が体を張るしかない。とりあえず伊勢崎さんとお金が無事ならそれでいい。


 だが、もじもじとしていた伊勢崎さんはようやく我に返ったものの、エコバッグを受け取ろうとはせず、


「大丈夫ですおじさま。こういったことは以前にもよくありました。私にお任せくださいませ。……で、では、おおお、おっ、お手をお借りしますねっ!」


 顔を赤らめながら俺の手をきゅっと握った。


 これまでにも何度か魔法を使うたびに俺と手を握ってきたのだが、彼女はまだ慣れないようだ。


 初々しいのは微笑ましいけど、おじさんの手なんて木の棒か何かだと思ってくれていいんだけどね。そんな伊勢崎さんが耳元でささやく。


「私が三つ数えたら目をつぶってくださいませ。よろしいですか?」


「う、うん。わかった」


 なにかの魔法を使うのだと思われるが、問いただしている時間はない。すでに男たちは足を止め、伊勢崎さんを舐めるように眺めているからだ。


「おお……近くで見たら、こいつぁかなりの上玉じゃねえか」

「ヒヒッ、久々に楽しめそうだぜ」

「たっぷり可愛がってやるよ、グヘヘ……」


 男たちの遠慮のない視線に晒されている伊勢崎さんだが、その表情が揺らぐことはない。証明写真を撮るときのような真顔のまま、まっすぐに前を見据えて口を開いた。


「おじさま、いきますわよ。……いち,にの、さんっ!!」


 3のタイミングでギュッと目をつぶると――


閃光フラッシュ!」


 伊勢崎さんの鋭い声が耳に届く。その瞬間、まぶたを閉じてもなお焼き付くような光が俺の眼を襲った。


「ぐああああっ! 目がっ! 目がーーっ!!」

「なんだこりゃああああああああ!!」


 男たちの叫び声に目を見開く。彼らは両手で目を押さえ苦しそうにもだえていた。


「目潰しの魔法です! おじさま、今のうちに逃げますわよ!」


「わかった!」


 俺たちは体を反転させ、町の方角に向かって駆け出した。



 ◇◇◇



 捕まるわけにはいかない。俺は荒野の中を必死に走った。だが大人になると、電車に乗り遅れそうになるとき以外、全力疾走をする機会なんてほぼ無いんだよな。


「はあっ、はあっ……」


 運動不足を後悔し荒い息を吐き出しながら、俺はひたすら足を前に動かす。


 だが不意に、隣を走っていた伊勢崎さんの足音が聞こえてこないことに気づいた。


 伊勢崎さんのことだ。華麗なランニングフォームではるか前方を先を走っているのかと思ったのだが、前に伊勢崎さんの姿はない。なにもない荒野が続いている。


 もしかしてならず者たちに捕まったのか!? 俺は慌てて足を止め、背後を振り返った。


 ――そこに伊勢崎さんはいた。捕まることなく、こちらに向かって進んでいる姿が見える。でも、なんだアレ!?


 髪を振り乱し、手足をバタバタと動かす伊勢崎さん。


 手足を不規則に動かすその姿は、走っているというよりもイソギンチャクが暴れている姿を表現した前衛的なダンスに見える。はっきり言って尋常ではない。


「伊勢崎さん、どこか怪我を!?」


 俺が声をかけると、うつむいていた伊勢崎さんが顔を上げた。


「ぜーはーぜーはーぜーはー……わっ、私は五体満足ですわっ! す、すぐに追いつきますので、おじさまはお先に行って待っていてくださいませっ……。こひゅーこひゅーこひゅー……ぷぎゃっ!」


 汗をだらだらと垂れ流していた伊勢崎さんは、何もないところで頭からバターンッと盛大にコケた。


「伊勢崎さん!?」


 俺は慌てて駆け寄り、彼女を助け起こす。幸いなことに大きな怪我はなさそうだ。彼女は汗で髪を顔に張り付けながら恥ずかしそうに目をそらす。


「す、すみません。実は私、運動が少々苦手なものでして……」


「う、うん」


 どうやら前衛的なダンスではなく真面目に走っていたらしい。でもアレは運動が少々苦手ってレベルを越えている気がしないでもない。


「……とにかく急ごうか。もう一度走れるかい?」


 俺は伊勢崎さんの手をぐっと握った。手を繋いで引っ張ってあげたほうが早く進めるだろう。


 だが――


「おい、コラァ! ナメたマネしてくれやがったなあ!?」

「クソがっ! ……まだ目がチカチカしやがる!」

「ぶっ殺す!」


 ならず者たちが怒りの形相で走ってくる姿が視界に入った。


 俺はすぐさま町の方角に顔を向ける。ここからでも町を囲う外壁が見えるが、まだまだ遠い。追いつかれるのは間違いないだろう。


 ――このままではいけない。早く、早く町に、あの外壁までたどり着かなければ。


 そう思った瞬間だった。


 突然、俺の身体の中の魔力が動き始めた。ぐるぐると巡り回り、吐き出すところを探すように暴れている。


 これは昨日、日本からこの異世界へ転移する前に感じた感覚と似ていた。俺はその魔力に身を委ねつつ、伊勢崎さんの手を強く握ると――


 視界が暗転した。


 そして次の瞬間、俺と伊勢崎さんはさっきまでとはまったく違う場所に立っていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る