【書籍化】ご近所JK伊勢崎さんは異世界帰りの大聖女~そして俺は彼女専用の魔力供給おじさんとして、突如目覚めた時空魔法で地球と異世界を駆け巡る~
深見おしお@『伊勢崎さん2』8/17発売
1 アラサーとJK
「それではお先に失礼します」
「おや? 松永君、相変わらず帰るのが早いねえ。上司より先に帰るなんて失礼と思わないのかな? あっ、そうだ。時間があるならこっちの書類を――」
「ははは、今日は予定が入ってまして……」
サービス残業を強要しようとする上司に苦笑で返しつつ、俺はさっさとオフィスを後にする。
背後からは舌打ちの音。上司にはすっかり嫌われてしまっている気がするけれど、出世する気はないので問題ない。
今日もサービス残業から逃げ切った俺は、電車で自宅の最寄り駅に到着し、スマホで時間を確認する。
時刻は夜の八時。まだまだ飲食店も空いている時間だが、出世を諦めている俺は普段から節約をしなければいけない。目的地はもちろん近所のスーパーマーケットだ。
さっそく最寄りのスーパーにたどり着いた俺は、カゴを持ちながら周辺をうろつく。
スーパーは夜になると見切り品が多くなってお得なイメージがあるけれど、この店のように24時間営業のスーパーだとそうでもない。人気の揚げ物なんかはすでに売り切れていたりもする。
そんな中でメニューも決めずに店内をうろつき、その日の気分で晩飯を作るのは結構楽しい。俺の数少ない趣味のひとつと言えるね。
今日は肉の気分だった俺は、精肉売り場の陳列棚を端から一品ずつチェックしながら歩き、ステーキ用の牛肉に半額のシールが貼られてるのを見つけた。よし、今夜はこれだな。
俺はそのステーキにサッと手を伸ばし――同じように伸びてきた手とぶつかってしまった。
「あっ、すいませ――ああ、伊勢崎さん」
「あら、おじさま。ふふっ、奇遇ですわね」
そう言って口元に手をあて上品に笑っているのは
今の時刻は夜の八時過ぎ。高校生の伊勢崎さんが
そういうことでたまに……いや、結構な頻度でこのスーパーで出会うのだ。
ただ、彼女の場合は時間帯なんかより、そもそもこんな庶民のスーパーでお買い物をしているというほうに違和感を感じるんだけどね。
というのも伊勢崎聖奈さんは両親を事故で亡くし、さらには祖父も数年前に他界している。
その際、相当な額の遺産を相続したなんて話もチラッと聞いたことがあるし、ここは彼女がうろつくようなスーパーじゃないように思えるのだ。もちろんお金持ちだったとしても、節約するに越したことはないのだけれど。
「俺はもういいから伊勢崎さん、どうぞ」
俺が半額ステーキを伊勢崎さんに譲ると、彼女はいたずらっぽく笑いながら、
「ふふっ。おじさま、大丈夫ですわ。ほら、ここにもう一つ」
半額ステーキのパックを持ち上げると、その下にも同じ半額シールが貼られたステーキが重ねられていた。
「ああ、本当だ。お陰で今日は久々にステーキが食べられそうだよ」
「まあ、おじさまったら」
なにが面白いのかころころと笑う伊勢崎さん。もはや訂正する気にはなれないけど、アラサーって高校生にとっちゃおじさんなんだよな……。おじ
◇◇◇
それから一緒にスーパーを周り、一緒に帰宅することにした。
彼女とスーパーで会ったときはいつもそうしている。この辺りの治安は特に悪いということもないけれど、それでも夜に女子高生が一人で歩くのに不安がないわけではないからね。
「ところでおじさま。今度お婆様がおじさまを呼んでお食事でもどうかとおっしゃっていましたわ。よろしければご予定をお聞きしても?」
「ええっ、いいのかなあー? この間もごちそうになったばかりなのに」
伊勢崎さんのお婆さんとは、伊勢崎さんと知り合う前からの付き合いだ。なんといっても俺が住んでいるマンションのオーナーさんだからね。かれこれ大学時代から仲良くさせてもらっている。
「いつもお婆様と私、二人だけの食事ですから。おじさまが来ていただければ賑やかになりますし、お婆様も私も嬉しいです」
「そうかい? 俺もそんなに賑やかな方じゃないと思うけど……。それでよければまたごちそうになりに行くよ」
「まあっ! ありがとうございます! それでは次の火曜はいかが――」
そこで伊勢崎さんの言葉と足がふっと止まった。俺は伊勢崎さんから視線を外し、伊勢崎さんと同じように前を見据える。
前方にはもう俺の住むマンションが見えていた。
そこからさらに奥へと進んだところに、この辺りの一般的な住宅街からすると場違いとすら思える和風の大豪邸――伊勢崎邸があるのだが、マンションと伊勢崎邸の間の道路に一人の男が立っているのが見えた。
男は俺たちの方に顔を向けると、小走りで近づいてきた。近くの街灯が男を照らし、男は高校生くらいの少年だということがようやくわかった。
なかなかイケメンの少年は伊勢崎さんの前に立ち、大きな声を上げる。
「い、伊勢崎っ!」
「は、はい……」
「おっ、俺! やっぱり諦めきれない! だからもう一度言う! 俺と付き合ってください!」
ヒュー、生の告白シーンだよ。こんなの初めて見た。
伊勢崎さんはテレビでもなかなかお目にかかれないレベルの美少女だし、そうじゃないかとは思っていたのだが、やっぱりモテているらしい。
そういえば彼女はそろそろ彼氏でも作って青春を楽しむようなお年頃だ。おじさまと言われている俺だが、伊勢崎さんのことは歳の離れた妹のように思っていたので、少しだけさみしい気持ちになった。
だが伊勢崎さんは、俺と話しているときには聞いたこともないような冷たい声で答える。
「それはお断りしたはずです。お返事も変わりません。もう私にプライベートで話しかけるのはよしてくださいませ」
その言葉に少年は取り乱したように声を荒げた。
「……なっ、なんでだよ! 俺は学園トップクラスの成績だし、サッカー部のキャプテンなんだぜ? 俺と付き合ったほうが伊勢崎だって楽しいだろう!?」
おお、ハイスペック男子。けれどまあ、それを鼻にかけるのはちょっといただけないかもしれないね。
「……二度は言いません。お帰りください」
再び冷たく言い放つ伊勢崎さん。すると少年の視線が俺に向いた。
「ってか、そのオッサンは誰なんだよ! 親……じゃないよな? ま、まさか伊勢崎、そんなヤツと……!」
さすがにアラサーで伊勢崎さんの親だと思われるのはキツかったので、ホッと胸を撫で下ろしたいところだったけれど、まずはあらぬ誤解を解いたほうがいいな。
「少年、俺はたまたま会った、近所のただのおじさんだよ。君もとりあえず今日のところは出直したらどうかな?」
伊勢崎さんが「出直したって返事は変わりはしないけど」とボソっとつぶやいたが、どうやら彼には聞こえなかったようだ。煽るのは止めようね。
「おっさんの指図は受けねえよ! せ、聖奈っ! お前が俺のモノにならないのなら……せめて俺の手で……!」
急に名前呼びで距離感を詰めてきた少年は、懐からキラリと光る――重厚なサバイバルナイフを取り出すと、それを両手に持って伊勢崎さんに向かって駆け出した。
えっ、ウソでしょ!? 殺したら永遠に俺の物とかいうヤツ!? あまりの急展開に心臓を跳ね上げつつ隣に目をやると、伊勢崎さんも顔をこわばらせて硬直していた。
――危ないっ! そう思ったときは体が勝手に動いていた。
俺は伊勢崎さんと少年の間に割って入り――
「いやああああああーー! おじさまっ、おじさまー!!」
伊勢崎さんが叫ぶ。熱い、腹が熱い。うつむいて自分の腹部に目をやると、そこにはサバイバルナイフが柄のところまで深く深く突き刺さっていた。
「そんなっ! おじさまっ! おじさま!」
俺の肩を抱き、涙を流す伊勢崎さん。
「お、お、お前が悪いんだ。お前が俺のモノにならないのが悪いんだからな……」
伊勢崎さんの叫びと俺の真っ赤な血で我に返ったのか、少年がこちらを見ながら後ずさりを始め、そして背を向けて走り去っていった。
「いやっ! おじさま、死なないでっ! きゅ、救急車……!」
崩れ落ちるように地面に横たわった俺の隣で、手を震わせながらスマホを操作する伊勢崎さん。だがスマホは手から滑り落ち、カシャンと軽い音を立てる。
そんな様子を見ているうちに……ああ……なんだか刺されたところも痛くなくなってきた……。
俺の人生がこんな風に終わるのは意外だったけど、のんびりとただ生きていくだけの人生だ。妹のように思ってる子を助けられたなら、それはそれでよかったのかな……。
なんてことをぼんやりと考えていると、ぽたぽたと冷たいものが俺の顔に落ちてきた。
いつの間にか閉じていたまぶたを開けると、瞳を涙で濡らす伊勢崎さんの顔がすぐ近くにあった。どうやら膝枕をされているらしい。
「こんな、こんなことって……。私が『
ぽとぽとと涙を落としながら、変なことをつぶやく伊勢崎さん。
はは、『
高校生にもなって厨二病を発症している伊勢崎さんのことが少し心配になったけれど、まあ伊勢崎さんは美人だし、実家はお金持ちだし、優しいお婆さんはいるし、この先もなんとかなるだろう。
喉が詰まってもうしゃべれそうにない。俺は別れの挨拶の代わりに最期の力を振り絞って、彼女の手を握った。
そういえば彼女の手を握るのって初めてだな。ほっそりとして、きつく握ったら壊れそうな華奢な手をしていた。ひんやりと冷たくて気持ちがいい。
「おっ、おじさま! 死なないで、お願い……!」
ぼろぼろと涙を流す伊勢崎さん。せめて意識を無くす最期の時まで、伊勢崎さんの顔を見ていよう。
だが街灯の光が目に入ったのか、伊勢崎さんが眩しく光って見えて、俺は思わず目を細めた。
「嘘……。私に『力』が、戻っている……!?」
戸惑うような伊勢崎さんの声が耳に届いた。
厨二病は後で思い出すと死ぬほど恥ずかしい思いをするから、なるべく早く治したほうがいい。死にかけの俺にはもう、そんなアドバイスすらしてやれない。
「これなら……いける!」
なにか決意めいた固い声で伊勢崎さんはつぶやき、俺の手を両手でぎゅっと握りしめた。
「
伊勢崎さんがそう叫んだ瞬間。さっきよりも眩しい光が辺りを、いや俺の身体を包み込んだ。
……なんだろう、温かくて気持ちがいい。死ぬ前ってこんな感じなんだ。痛みに苦しむことがなくてよかった。
死期を悟った俺は全身の力を抜いて、再び目を閉じた。
「――おじさまっ! おじさまっ!?」
ゆさゆさと体を揺すられる。目を開けると瞳を真っ赤に腫らした伊勢崎さんが見える。どうやらまだ生きているらしいが……。
「おじさま。傷……治ってませんか?」
「えっ、そんなバカなことが――」
俺はなぜか力を取り戻していた腕で、刺されたところをベタベタと触る。痛くない。さらにシャツをまくり上げた。
なぜか伊勢崎さんが俺の腹をガン見しているが、それどころではない。俺も同じように自分の腹部をまじまじと見つめる。
……血で濡れてはいるが、傷自体はどこにもなかった。サバイバルナイフは俺のすぐ近くに落ちている。
「治ってる。なんで……?」
「ああ、よかった……! おじさま! おじさまにもしものことがあったら私……!」
声を震わせながら、伊勢崎さんが俺に抱きついてきた。
さっきまでは徐々に五感が失われていく感覚に襲われていたが、今は伊勢崎さんの声やぬくもり、匂いを全身で感じ、ついでによくわからない活力のような物が身体をぐるぐると巡り回り――
「えっ? なんだこれ?」
「どうかしましたか? 他に痛いところがありますか?」
心配そうな顔で伊勢崎さんが俺を覗き込む。
「いや、そうじゃなくて、なんだかぐるぐると――」
「?」
伊勢崎さんがこてりと首をかしげる。その時、彼女の瞳の中に、ここではない別の光景が映し出されたような気がして、
――そこはどこなんだ?
そう思った瞬間だった。
ぐるぐると体内で渦巻いていた活力が俺から放出され、俺たちの周りを取り囲み――
そして俺は浮遊感に包まれながら意識を闇に飛ばした。
――後書き――
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