ep.34 ソース多すぎ草。草超えて森。

 空も明るくなり、その姿がより鮮明に映し出される。

 草属性を表しているのだろう、黄緑がかった光は、解放された彼女を中心に美しい情景を映し出していた。

 一見すると、魔王の職歴を持っているとは思えない美女… というかギャルだ。


 「ほう。自然豊かな場所やな」


 カナリアイエロー、通称「カナル」が辺りを見渡し、最初に呟いた言葉がこれ。

 伊右衛郎いえろうほど粗暴ではないけど、ちょっとだけ傲慢な金持ちの顔が脳裏に浮かぶような、関西弁で喋る変わり者であった。

 「これまた、なんて美人な…」

 「あの御方が、地獄で悪者をお仕置きしていたんだって!?」

 と、カサブランカの傘で日差しから身を守っているドワーフ、ハーフリング達が呟く。


 そういえば、「魔王」の存在定義やその倫理観については、既にアゲハ経由で国民に伝達済みなんだっけ?

 「現職」ときけば、世界の滅亡を危惧する人がいるかもしれないが、既に引退していて、妖精のジョブ持ちかつ悠々自適に暮らしていると知れば、国民は安心するような。

 そういう意味では、この世界の人々は本当に寛容で穏やかだなぁ。と、僕は思う。




 あのあと、僕達はカナルに今の自分達の立ち位置と、事の経緯を説明し、襲撃時に燃やされたとされる森林跡を訪ねた。

 今は真っ平らな平地と化していて、少し土も痩せている。との事だが――。


 「ここ、見た事あるで。あのオッサンとともにコッソリ偵察しに来たさかい、前の姿はよう覚えとるわ」

 「本当に?」

 と、アゲハ。

 確かこの跡地で、熊をはじめとする動物達は住処すみかを失い、上流を占領したんだっけ。



 カナルが早速、全身からほのかに光る黄緑色のオーラをまとい、優雅に詠唱した。


 彼女の足元から植物が生え渡り、それらが地中を這う生き物のように、跡地へと進んだ。


 そこから、今度は植物が一斉に成長する。

 広葉樹、針葉樹、彩り豊かな草花や、キノコなど。

 多種多様な植物が、あっという間に、大きな自然の姿を映しだしていったのである。



 「ふう… どや? これで動物はんたちの住処も食いモンも、ぜんぶ元通りやで」


 カナルが自信満々な表情で、僕達の前で仁王立ちをする。

 「すばらしい!」「なんということでしょう…!」

 先住民達も、かつての美しい森が復元された事を称え、盛大な拍手を送った。

 復元スケールの大きさもそうだが、これで僕達の株も上がったのではないだろうか?




 ――――――――――




 先住民の殆どと、マニーたち仲間が自由行動できびすを返した、そのあと。

 僕はカナルを上界に呼ぶため、カナルはこの国の事を知るため、アゲハと共に噴水前で話をしていた。横にいるサリイシュも、先代魔王の存在に興味津々だ。


 「せや。アゲハに訊くの忘れとったけど、この辺めっちゃシカみたいな動物がおんねんな」


 「あぁ、ソースラビットだね。気になる?」


 「まぁ。あの耳から出とる青いホワホワしたもん、ちと気になってん」

 そういうカナルの視線の先を見ると、確かにあの白い体でウサギの様な顔と耳をもった、シカのような草食動物が沢山いる。

 次々と寄ってくる姿からして、彼らは先代魔王から何かを感じ取ったのだろうか?


 「おーよしよし、ええ子や」


 カナルはそんなソースラビットのうち一頭と向かい合い、頭を撫でる。

 もう片方の手は、長くて大きな耳から放出されている青いツブツブの光を、まるですくい上げる様にかざしていった。

 ソースラビットといえば、今まで僕の中だとこの異世界固有のマスコットというか、先住民達の家畜兼ペットという認識だが――。


 「えらいこっちゃ。これ『マナ』やんけ。この世界で、魔法の燃料なっとる代物や」


 カナルが、真剣な表情でそういう。

 アゲハが、その言葉にハッとした。僕も驚愕を浮かべた。

 ソースラビットたちの耳から出ている、その青いホワホワが、魔法の源だって!?


 「この世界の仕組みが何となく分かったわ。要はこの子たちがおるから、ウチらだけやなくとも、種族によって魔法が使えるようになるねんて。少なくともウチには、この力がぎょーさん自分の中に取り込まれとる感覚がある。ニンゲンと妖精では温存が効くねんな」


 「!?」


 「お? アゲハ、その反応やと図星か。まぁええわ。

 しかし妙やのぅ。ここから豪い離れとるフェブシティに、ソースラビットなんおらんはずなんに、何故あそこの連中は魔法が使えんねん?」


 「カ、カナル…」


 「まさか。あいつら、ここの妖精達をさらったんとちゃうか? 魔法を搾取するために」


 「やめるんだカナル! い、今はその憶測は、子供達の前では、言わないでほしい…」


 あれ? アゲハがもの凄いオロオロしているぞ!?

 もしかして、その情報は国家機密レベルの「ヤバいやつ」なのか?

 僕はふと、アゲハが自分からみて「子供達」であると指している、サリバとイシュタの顔を見た。




 サリバが、瞳孔を開いたまま、両手の平で自身の口元を覆っている。

 イシュタも絶望の表情で、首を横に振っていた。「そんな」と口にしながら。



 タタタタタ…!

 「あ! まって、サリバ!」

 サリバが、今にも泣きそうな顔で、突然この場を走り去った。

 イシュタも我に返り、サリバが向かっているであろう一軒家へと走ったのである。


 「なんや、どないしたんあの2人? アゲハ、これは一体どういうこっちゃ?」


 いや、あんたが人の静止をさえぎってまでずっと喋ってるから…! といわんばかり、アゲハが酷く肩を落とした。カナルは悪気がないようで、普通にキョトンとしている。

 確かに僕も疑問である。だからここはもう、女王の口から包み隠さず教えてほしい。


 「…昔、この辺りには沢山の妖精さんがいた。それは、間違いないんだけど」

 複雑な表情で、遂にその事を話し始めたアゲハ。僕もカナルも「やはり」と思ったが、

 「ただ、その妖精さんというのは、人族の中でも私たちニンゲンにしか、視認できない小さな概念なんだよ。だから、ドワーフやハーフリングにとっては何て事なくても、サリバとイシュタにとっては、それはとても特別な存在だった」


 「そうだったんだ… じゃあ、なぜ今は見当たらないんだ?」


 「かの『襲撃』の時だ。警戒心の高い妖精さん達は、その頃を境に見かけなくなった。

 もちろん、嫌な予感はしてたよ。でも、この大陸にはまだまだ未開の地が沢山あるから、そちらへ無事に避難しているのだと信じ、あの子達の不安を取り除きたかった…」


 なるほど。

 そういえば、サリイシュは前に「樹木の中に引き籠っていた妖精さんを“おまじない”で飛び立たせた」といっていたのを思い出した。その事だったんだな、と納得。



 ん? でも、何か引っかかるぞ。

 その妖精さんはニンゲンだけが視認できて、話の内容からして恐らく手の平サイズ。しかも魔法をストックし、使う事も可能。だけどフェデュートに誘拐されて、その後は…



 まさか、それって伊右r…


 いや、今はそんな恐ろしい事を考えたらダメだ! まだ希望は残っているはずだから。


 「ウチ、先あがるで。セリナも早よ寝支度しとき」

 そういって、ソースラビットを撫で終えたカナルが、この場から離れた。

 僕とアゲハの会話を、邪魔しない様に去ってくれたのか。それとも。




 「ん…!?」


 その時、アゲハが何かに気付いた。

 「どうした?」

 僕は質問するが、彼女の遠くを見る視線が、鋭い。


 どういう訳か、アゲハは自身の背中に装備してある刀の柄を、強く握った。


(つづく)

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