ep.33 とんだ噛ませ犬だ…

※残酷な表現が含まれます。ご注意ください。




 通りでおかしいと思った。

 同じ人間のはずなのに、その人間が暮らすのに適さないフェブシティで、地位をひけらかしている。

 だけどそれも今の攻防で合点がいった。ロボットだから余裕があるんだ。


 だが残念だな。

 ヤツの生体認識は現状、僕達にしか反応していない事がよく分かる。


 「くらえ!!」

 僕は捨て身で、再び伊右衛郎へと肉弾攻撃を仕掛けた。

 拳が当たり、よろけはするが、ダメージを受けている様子は見受けられない。

 ボカッ! ボゴッ!

 「くっ… 無駄っちゃう事が分からんのかい…!!」

 「うるさい! 金さえあれば、なんでも出来ると思って…!」

 「やかましい!!」


 その瞬間、伊右衛郎の足から、僕の腹に強烈なキックが入った。

 「ぐはっ!」

 僕は数メートル奥へと吹き飛ばされる。今のは、けっこう痛い。

 オーガの力が備わっているから良かったものの、これが生身だったら、複雑骨折では済まされない程の傷を負っていただろう。

 「フン。所詮はその程度っちゅうことや。さぁ、落とし前をつけてもらうで」

 スススー

 「な、なんやこのヘビは!? どけ!! 目が、目が見いひん!」




 …伊右衛郎の身に、何が起こったのかって?


 実はさっき、僕が殴り込んだシーンで、伊右衛郎の足元にこっそり細工を施しておいたんだ。それが、キャミから預かったあの召喚獣のドロップ。

 そう。ヤツの力では生体認識がされないそれら思念体を召喚し、実体化した姿で、ヤツの邪魔をするよう指示を送ったのである。視界を塞ぐ形でね。




 ガブリッ!

 「ぬぁぁー! 足元にもヘビが! よくもワシの服に傷をー!!」

 いいや、足に噛みついたのは別のヘビじゃない。狐のマアムだ。

 ヘビのジェリーが伊右衛郎の目を覆っている間、今度はマアムが自分の能力を伝染うつすため、ヤツの足へと嚙みついたのである。伊右衛郎は暴れ回った。

 「うらぁぁぁー!」

 ドドドーン!!

 伊右衛郎の半径10m圏内から、無数の植物が剣のように伸びた。

 幸い、僕はそれまでに何とか立ちあがり、離れていたので無事。

 その瞬間、ジェリーとマアムが投げ出された。


 スゥー


 召喚獣達に、死の概念はない。だが、今の加勢で十分なデバフ効果を与えられた。

彼らは光に包まれながら、フェードアウトしたのである。


 ふにゃん

 「!?」

 僕の読み通りだ。

 伊右衛郎の足が、体が、内側からフニャフニャと軟体化しだした。ハリ・弾力はあるものの、中の骨が脆くなったので、以前の物理攻撃を生み出せない状態である。

 「な、なんじゃこりゃあー!?」

 なんて騒いでいるけど、同情の余地なし。

 伊右衛郎が自身の変化に驚き、よろけている間、僕は黒百合ガラスの魔法を生み出した。そして次の瞬間、ヤツの頭にガラス… ではなく、顔蹴りを食らわせたのだ。


 ボカッ!


 伊右衛郎の体が、豪快に後方へと吹き飛んだ。

 柔らかいから、簡単に頭部が凹んだ。人間の見た目で、頭部の陥没は少しグロテスクかもしれないが、元は機械なので、出血もなければ脳が飛び散る事もない。

 ドサッ パカッ

 「ぐふっ…! いたたた… な!? ワ、ワシの体がぁぁ」


 壊れた伊右衛郎の額から、パックリと蓋が開き、その中から小さなマモノが放り出された。

 まさかの展開だ。

 最初は人工知能がその動力だと思っていたのだが、実際に操縦していたのは、背中にコウモリのような羽をもった、手の平サイズの悪魔だったのである。


 「こ、こんのー! 死ねー!」


 僕がいる方向へ、倒れた伊右衛郎の左手を、急いで持ち上げる悪魔。

 …だけど、反応がない。

 悪魔が「なに!?」といい、次第に焦りを覚えていく。僕は溜め息をいた。



 スッ



 悪魔の前で、左手に持っているものを見せびらかす。

 そう。先程までヤツの手首に括られていた、カナリアイエローのチャームだ。

 「ひっ!」

 辺り一面、魔法で生み出されていた草木や花が、一気に枯れていく。

 悪魔は足をガタガタと揺らした。

 先程、僕がキックでフェイントをかけたさい、別の方向からガラス魔法を使い、ヤツの腕にあったチャームの紐を切り落としたのであった。



 ゴロゴロゴロ…!

「セリナ! 無事でしたか!?」

 ようやく開いた出口から、リリーが顔を出した。

 僕が戦っている間、ずっとガレキをどかしていた様だ。大きなケガがなくて幸いである。

 「っ…! やはり、その者は悪魔が操縦する『機械』だったのですね」

 「うん。だから、ヤツにマアムの物質変換魔法を噛ませ、軟体化させたんだ… 行こう」


 チャームを奪われ、傀儡も破壊された、小さな悪魔。

 僕はリリーとともに、この場からきびすを返した。同時に、拘束していたダークエルフ達をも解放する。

 恐怖で支配してきたボスが失脚した今、僕達に反撃する者は、いないと判断したためだ。




 「ど、ドロボー! くそぉ… あ! おんどりゃ! 早よあのクリスタルを取り戻さんかい!」



 ――こんな状況で、まだそんな事を言うか?


 なんて、この部屋にいる全員が思っても、おかしくはない。

 晴れて自由の身となり、その亡骸なきがらを見下ろす彼らの表情は、怒りに満ち溢れていた。

 「なな、なんや! ワシを誰や思っとんねん!? 誰のお陰で、食うていけてるや分かっとんのか!!」

 「チッ」

 と、エルフの一人が舌打ちをする。彼は殺意をもった目で、悪魔へと銃口を向けた。

 「あのクリスタルがなきゃ、何もできないくせに。よくも俺達をコケにしてくれたな」

 「!?」

 「今日まで、何人もの仲間がお前に殺された事か…! その痛み、思い知れー!!」




 部屋中に、乾いた発砲音が、無数に鳴り響く。

 悪魔の断末魔は、掻き消されるほどに―― 成金の栄光は、呆気なく崩壊したのである。




 ――――――――――




 アガーレールに到着後、ビーチには大勢の民が、僕達の帰還を迎え入れた。

 虹の橋を渡る途中、誰かに追われている様子もなければ、マイキも無事に変身を解いた。僕の手にも、奪還したクリスタルチャームが握られている。


 「アキラ! みんな! 無事だったんだね… よかった」


 女王アゲハも、涙ぐんだ目で僕達を抱擁ほうようした。

 万一の為にマニーが付き添っていたけど、それがなくても無事任務を成功させたのである。それだけ、実際あいつは大したことのない、とんだ「噛ませ犬」であった。




 ピカーン!

 「い、今までとは明らかに光り方が違うぞ…!?」

 「なに、この胸の高鳴りは…? ど、どれだけ強い人なんだろう…!?」


 平地に戻り、途中で合流したサリバとイシュタも、過去最大といえるそのチャームの発光に、驚きを隠せない。

 それもそうだ。中身は先代魔王である。それでもCMYの中では弱い方だけど。



 「…いこう、イシュタ。私達なら、できるはず」

 「うん!」



 2人は緊張した面持ちで、チャームへと手をかざした。

 それにしても、光が熱い! 虹色に変化するも、その衰えを知らず。


 だけど、あれ…? 光が、どんどん黄緑がかってきた!



 バーン!!



 わぁ! 光の噴射! とてつもない爆音! 尻餅ついちゃった、いてて…


 「「おー」」

 近くで見ていた住民たちが目を輝かせる。サリイシュも、先の爆音でつい耳を塞いだ。


 光は孤を描き、かつての立ち入り禁止区域である花畑へと落ちた。

 朝露のように、周囲の草花をキラキラと照らす。何もかもがケタ違いの展開。



 その光はやがて実体化し、花畑の上、静かに目を開いた。

 長い金髪と、透明感のある白い肌。そして、オレンジの瞳――。




 最初のボス討伐、その報酬として―― 遂に、カナリアイエローが解放されたのだ!




【クリスタルの魂を全解放まで、残り 18 個】

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