ep.28 祖父母が遺した? 不穏な手紙

 「俺たちが、ワールドの生成? まさか。ここに就任してから世界を作った覚えはないが」



 僕の中でも、「まさか」という語句が頭をよぎった。

 ここは上界。イングリッドとミネルヴァが、上下界両方の俯瞰ふかんのため常駐している狭間。

 僕を含む仲間たちが、眠っている間の「夢」として訪れる、神の聖域。


 「あのアガーレールがある世界は、自分達がワールドを生成した際に、ランダムで生まれたんじゃないんだ?」

 と、僕は質問した。もとい、キャミの考察を借りているだけだけどね。


 「んなワケないだろ。一体何をいってるんだセリナ? 仮にそれが本当なら、そっちの世界に散らばってるクリスタルチャームまで、俺たちがばら撒いた事になるだろう。

 変な話、お前をよく分からん危険に晒してまで、態々仲間達を封印するメリットがない」


 「やっぱり、良く分からないのに俺を異世界に行かせたのかよ…! あんまりじゃないか!」

 「まぁまぁ」

 と、ミネルヴァがこの場を落ち着かせる。表情が少しばかり固い。


 「セリナは覚えているかしら? 私達、ひまわり組が就任する“前”の神様2人を」

 「っ… もちろん覚えているよ。ベックスと、フウラ。

 今は亡き先代の―― 俺の、お爺ちゃんとお婆ちゃんとして生まれてきた、その“素”となった人たちだ」

 「えぇその通り。今、私達がこうして把握できている下界たちは、その全てが先代ののこしてきたものよ。私達は就任以来、一切の下界生成、つまり『子づくり』はしていないわ」




 いったい何のこっちゃ? と思った方のために説明。


 この世界のトップに君臨する神様たち、ひまわり組が就任する前は、別の若い男女が統治していた。男ベックスと、女フウラの2人。

 その2人が自分達の力をひまわり組に継がせ、一般人に戻ったあと、現在はもう既に亡くなっているが、実はとある世界線では2人は夫婦であり、多くの子孫に恵まれていたのだ。

 その孫の1人がこの僕、芹名アキラというわけ。


 あ。ちなみにさっきミネルヴァがいった「子づくり」とは、本来の意味ではない。

 う~ん、神の次元を言葉で説明するのは難しいけど… とにかく、そういう「彼らだけができる複雑な工程」を経て、下界は生成されるってこと。というわけで説明は以上!




 「じゃあ、今俺たちがいるアガーレールの世界も、その先代2人が遺したもの――?」

 僕はそう解釈した。ミネルヴァは「たぶん」と答えた。イングリッドが腕を組む。


 「まぁ、俺もそう解釈してはいるのだが… どうも引っかかるんだよな」

 「引っかかる?」

 「神の代を引き継ぎ、跡取りゲームが終わったあのタイミングで、なぜアゲハ達がみな都合よくアガーレールへと飛ばされたのか。今日までの流れをみて、とは思えないし、更に面倒な事になっちまうとは」

 「えぇ。でも、事情を知っているでしょう先代は、もうここにはいないのよ… 残念ね」


 くっ… 「死人に口なし」とは、まさにこの事か。

 我が祖父母ながら、僕は舌打ちしたくなったものだ。ひまわり組の言う事が本当だとして、せめてお別れの前に説明してほしかったな。


 を。




 ――――――――――




 鳥のさえずりと、窓から差し込む光が、僕を現実へといざなう。



 真新しいログハウス。

 身支度をし、外を飛び出したその横には、サリイシュの一軒家。

 僕は昨日から、王宮ではなく、サリイシュ宅のご近所であるこの家で暮らしている。

 まだ住み始めたばかりだから、中はスッカラカンだけどね。



 そこから、更に海岸へと続く大きな道の途中。

 ここへ転生(?)した当初は真っさらで、作りかけの建築物がまばらに点在していただけの平地は、いつしか数軒の木造住宅が出来上がっていた。

 キャミ、マイキの持ち家もある。


 そのうちの1軒は、水切土台に大きなアンカーボルトがついた、本格的な集合住宅。

 こっちはまだ建設途中だけど、いずれリリルカが住む予定。


 そして海岸の前には、海の家が1軒。

 マリア、ビーチが見えるおうちが好き。ちち、揺らしてもバレない。


 そう。国の先住民達が、僕たちのために、わざわざ新居を建ててくれたのである。




 「ん?」



 そんな中、僕より先に目を覚ましていたのか、それとも徹夜したのか、キャミが海岸の向こう側を見て眉をしかめていた。

 遠くから、何か見えるらしい。僕も「おはよう」と挨拶がてら目を凝らすと… 確かに、何かがこっちへ向かってきている。


 「…アグリア? どうして1人でここに」


 キャミの呟き通り、それは彼の召喚獣の1体であるユニコーン。

 その者は空中に虹の橋を作り、それに乗って渡ってきたのであった。

 リリーとルカがまたがっていないのは、まだ現地での大会が終わっていないのかな?


 こうして、ビーチへと到着したユニコーンのアグリア。

 みると、口に手紙をくわえている。僕たちに伝言を伝えにきたという事が分かったところで、キャミは「どれどれ」といって手紙を手に取ったのであった。


 ちなみに、手紙の封閉じには黒百合のスタンプ―― 届主はあのリリーである。



 「ん… なんだと」

 「何て書いてあるの?」

 僕が気になってキャミの元へいくと、キャミは無言で、僕にその手紙を見せてくれた。

 そこには――。




 今、キャミ達の元に、この手紙が届いていますでしょうか?

 私とルカは元気です。フェブシティで警戒されている様子もありません。

 大会も無事に終わりまして、ツートップの座を得る事ができました。ルカが優勝です。




 という事が、リリーの直筆で記されていたのだ。僕は歓喜した。

 「おー! すごいなルカ、おめでとう!!」




 ですが、1つだけ問題が。

 ルカは今、ものすごく機嫌を損ねていまして…




 「え… いったい、何があったんだ? 優勝したのに?」




 この生け花大会は、優勝したら、富沢伊右衛郎いえろうとの面会権が与えられるとありましたね。

 ですが当の富沢が突然、面会を拒否したんです。それも理不尽な理由で。




 「は…? なんでだよ!? 最初と約束が違うだろう!」




 富沢の代理人が言うには… ペットの犬を連れて行きなさい。との事でした。

 どうやらあちらも自慢の犬がいるとのことで、大会に優勝できるほどの学も技術もあるなら、それだけ裕福な環境で育った証拠として、金持ちは犬を飼っていて当然である―― という理由らしいです。つまり、「犬も飼えない様な凡人は会う資格などない」と。




 …。


 これはルカ、ブチキレていいわ。

 彼の今の様子は、この目で見なくてもよく分かる。

 僕は怒りを露わにした。


 「富沢伊右衛郎… まだ見た事のない相手だけど、とんだクソ野郎だな。なにが『犬も飼えない様な凡人は~』だよ! 金持ちは飼っていて当然とか知るかぁそんなもん!!」

 「落ち着け。なにか向こうの意図があるのだろう。まだ手紙の続きが記されている」

 と、キャミはなおも冷静であった。いかんいかん、ここは気を静めないと。




 一体どうしたら… なんとか面会を果たそうと、その辺に犬がいないか探しているのですが、このサイバーパンクで野良犬なんて見かけませんし、ここは撤退すべきか否か。

 どうか、いいお返事をください。私達は現地で待っています。




 リリーの手紙は、そこで終わった。

 筆跡からして、当人達は特段、切羽詰まっている様子ではない。キャミはアグリアの頭とツノを撫で、手紙を届けに来てくれた事を褒めたのであった。


 さて、面倒な事になったぞ。一体、どうしたものか。


(つづく)

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