ep.7 欲まみれのイエローカード

※残酷な表現が含まれます。ご注意ください。




 ここは、僕たちがいるアガーレールとは別の場所。

 異世界ファンタジーとは程遠い、ハイテク機器が並ぶ近未来的な部屋。




 ガンメタリック色の、無機質な壁の一面に、巨大水槽。


 部屋の所々に、幾つかの生け花や盆栽。


 そして上座には、床の間をモチーフとした底上げがされている。

 そこに、1人の極道幹部のような出で立ちの人間――ガラの悪い男が腰かけていた。


 「おう。早よ入れ」


 部屋の自動扉が、僅かなSF音を鳴らしながら開いた。


 男の名は、富沢伊右衛郎いえろう

 彼の左手首から、何かキラキラしたものがぶら下がっている。

 その男がこの部屋へ呼び出したのは… 灰色の肌をした、ダークエルフの少年だった。


 「失礼、します」


 エルフの少年の声が、とても震えている。

 何か重大なミスでも犯したのだろう。伊右衛郎の視線は、サングラス越しからでも分かるほどに冷め切っていた。


 「相手に、富沢商会の八百長やおちょうがバレてもうた。あのあと、外に漏れる前にすぐ始末しといたわええが、ワシの顔に泥塗ったんはおんどれやろ。既にホシはついとるんや」

 「も、申し訳ありませんでした…! 今後、二度とあの様なミスは犯しません!!」


 あらら、明らかに穏やかじゃない空気。

 しかも、伊右衛郎がエルフ少年を呼び出した理由が、これまた不純なもの。

 つまりは、そんな伊右衛郎にとって不都合を起こした少年に、これから罰を受けてもらおうという事らしい。異世界ファンタジーなのに、完全にヤクザのシーンそのものだ。


 「ドアホゥ、もう事は終わっとんねん。おんなじミスを繰り返しようあらへんやろ。おんどれは、何を許してもらおう思てワシに頭下げとるんや? なめとんのかコラ?」


 エルフの少年が、そのトーンの低い言葉に肩をピクリとさせる。


 どう謝っても、許してもらえないミスを犯した――。という現実を思い知らされた。


 「もうええ。おどれと話すだけムダや。今から、しっかり落とし前を付けさせてもらうで」

 「え…」


 ズサッ! ブシューン!! グサ! グサ! グチャ!!


 擬音でしか表現できないほど、一瞬にして、むごい「罰」が行われた。


 伊右衛郎が手をかざした方向から、まさかの豆の木植物が、部屋の壁を突き破ったのだ。


 豆の木は、何本も生成され、すぐさまエルフの少年を串刺しにした。

 上下・左右、前後・横・斜め、全ての方向から少年を刺し殺す。

 口からも、目からも、耳からも。伊右衛郎が遠隔で生み出したそれら植物によって、呆気なく貫かれ、シャワーの様な血しぶきを上げたのであった。



 「N1、N3。仕事じゃ。こいつを親御はんのところへ返したれ。もしワシの企業に敵意を向けより、反逆するちゅういうたら、すぐにそいつらも撃ち殺すんや。ええな?」


 伊右衛郎は自身の後ろ、部屋の両脇にて浮遊し、佇んでいる幼女型のアンドロイド2体にそう指示を送った。


 すると彼女達は、有無を言う事なくすぐにエルフの亡骸なきがらへと漂っていく。


 伊右衛郎はその間にも、再び手をかざす素振りをみせ、エルフの全身を串刺しにしていた豆の木植物を遠隔で引き抜き、一瞬で枯渇こかつさせたのであった。



 「哀れよのう。借金のかた、自分の子をワシの所へ売り出したが運の尽きやで。ここではワシが全てのルールや。うたもんをどう使おうが、ワシの勝手や」


 相手は曲がりなりにもダークエルフとはいえ、人をモノとしか見ていない、冷酷非情な男。

 そんな伊右衛郎の独り言にも振り向く事なく、アンドロイド2台はほぼバラバラの状態になったエルフの亡骸を抱え、部屋を後にしていったのであった――。




 「ふぅ」


 伊右衛郎は再び腰かけた。

 今は、自分一人だけの水槽付きの部屋。

 随所から植物が伸びたはずの壁や天井は、魔法か何かの力で、既に修復されている。


 「ワシの狙いは―― この星で一番の“富豪”になることや。そして、あのマーモを必ず超えたる。世の中『カネ』が全てっちゅうことを、世に知らしめたるわ」


 そうドス黒いオーラを放ちながら呟く伊右衛郎が、自身の左手首に手の平を添える。


 その左手首のもの―― 英語の『Y』のロゴ。つまり先代魔王の1人、カナリアイエローのクリスタルチャームからは、ほのかな光が不規則に点滅していた。




 ――――――――――




 「そっかぁ。やっぱりそれまでの私、クリスタルチャームに閉じ込められていたんだね~」


 その頃。ドワーフ族が地下にコロニーを成して暮らしている、王宮裏の深い森。

 そこに、クリスタルチャームから無事に解放された最初の1人、マリア・ヴェガに一通り事情を説明したのであった。

 彼女は森を見渡す様に歩きながら、今日までの「思い」や「経験」を語ってくれた。


 「いやぁさぁ~、その間に何度も『夢』を見たんだよ!

 毎晩、小人たちの酒場へ飲みに行っては? 女性店員さん達に何度もセクハラしようとして止められるおじさんがいて。で、その人になぜか寄り添う妖精さんになってたの、私!」




 僕たちは、揃ってブーブが身を潜めているほら穴へと目を向けた。


 今のマリアの証言―― 小人、酒場、セクハラ。心当たりがありすぎる。


 「あ、あははははは… ひひひぃ、大きいのが2つ。ぐへへぇ」


 なんて言いながら、ブーブは気持ち悪い笑顔で頬を赤らめ、鼻の下全開で伸ばしていた。

 彼の視線の先はマリア。まさかこいつがいう「大きいのが2つ」って、おっp…

 「あーー!! この人だよ! 私の横にいたおじさん!」

 と、マリアがブーブの存在に気づき、驚きさまに指をさしたものだ。


 ――やっぱりな――。というため息を、僕もサリイシュもいた。


 「ふぇ!? だははぁ~、いやぁまさかあのアクセサリーから、こんなめんこくってタユンタユンの代物を抱えた妖精ちゃんが出てくるなど、思いもしなかったやないすかぁ!

 いやぁこれで、アクセサリーを売った金で、暗黒城となりのサキュバスちゃん達に態々会いに行かなくてもいい! 一度は見たかった光景だぁぁ! あっしは幸せ者だぁぁぁ!」


 ――オイ。


 て、もう色々とツッコミどころ満載だが、要はこのドワーフはクリスタルチャームを売った金で、憧れの巨乳美女たちがいる店かどこか行こうと考えていたようだ。

 そんな、太陽の光に当たれないからか、洞穴から満面の笑みでそう万歳をしているブーブに、アゲハが腕を組んでこう叱咤しったした。


 「そんな事のために、チャームを売って金にされちゃあ、死んだお師匠さんが悲しむぞ」



 おっしゃる通りです。


(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る