海井 奏多 【水槽】.2
ゴミ収集の時間はとっくに過ぎていたが、まだ大量の袋が残っているところを見るとセーフだったらしい。緑色のネットの上で嘴を擦り合わせるカラスを追い払って、袋いっぱいの空き缶のゴミを捨てる。
先週捨て忘れた分のツケをやっと解消できたというだけで、全てが上手くいったような気になる。
バス通り沿いの美容室は定休日で暗い。
覗き込めば、大きな窓ガラスが良い感じの全身鏡になってくれた。
「……バカか、俺は」
雄二の『彼女としたかった事リスト』に付き合うという約束の為に外へ出たが、先週買ったばかりの新しいスニーカーを卸して、通りがかりの全身鏡で己の姿を確認している自分に笑ってしまった。悩んだ割にガラスに映ったのはいつもの自分だ。
女の子とデートに行く訳でもないのに、馬鹿馬鹿しい。が、これが楽しい。
実際、いつもなら雑に選ぶ服にも今日は十分ほど悩んでしまっている。
決して浮かれている訳ではなく、これが雄二の「デート」になる筈だったイベントだと思うと、適当に流すのは気が引けただけなのだ。
と、言い訳をつけて、本当は小学生ぶりの水族館に俺はそれなりに浮かれていた。
襟足に小さくついた寝癖を、わっと直してまた歩きだす。
時間なら大いに間に合っているが、やや小走りになるのはうっすらとした不安の為だろう。昨夜の雄二の一瞬の涙目が、一晩中頭から離れなかった。
雄二はいつも決まって15分前には待ち合わせ場所にいるから、きっともう駅前にいる筈だ。
「おーい、ウニ」
くしゃくしゃのパーマが片手をあげてデカい口で笑う。指先でこっちこっち、と呼ぶのはいつもの雄二の仕草だ。
明るいところで見てもやっぱりやつれてはいるが「腹減ったー」とわざわざ口に出す見慣れた親友の姿が、昨晩見えてしまった自分の知らない雄二じゃない事に、少し安堵した。
今の今まで眺めていたらしき雄二の手に握られた件のルーズリーフを引ったくり、改めて『彼女としたかったリスト』を確認する。
今日一日では無理かもしれないが、俺が相手で出来ないことは無さそうだ。
そして確かに、約束をした以上、消化不良になるのも頷ける。チケットを買った水族館は行きたいし、散々リサーチした店のパンケーキは食べてみたいに決まっている。
ただ、最後の「死ぬまで一緒にいる」の一文は、無関係の俺ですら痛々しくて心が抉られるから、見て見ぬふりをすることに決めた。
出来る事は付き合おう。傷心中の親友の前向きな頼みだ、笑わせてやりたい。そしてどうせなら自分も楽しんでしまおう、と。
「まずはトドショーでしょ。でも休みだから時間沢山あるし、なんか食ってから移動しようぜ。雄二の好きなもんで良いよ」
雄二は食い気味で「海老天丼」と即答する。食べたいものを、と聞いた時点で予想は出来ていたから特に驚きは無い。俺が「本当お前はそれが好きよな」と、駅を背にして歩き出す横で、イエーイと両手を突き上げて喜ぶ姿は高校の時から変わっていない。失恋してやつれても、陽気な男だ。
駅前の蕎麦屋は高校時代からの行きつけだ。
昔から俺が、かす蕎麦を食べる横で、雄二は毎回必ず海老天丼を掻き込んでいた。アレルギーでもないのに蕎麦屋に来て絶対に蕎麦を食わない雄二は不思議だったが、その不思議さまでが見慣れた風景だ。
雄二は無言で食べ進め、口いっぱいに入った海老天をお茶で流しこんで、喋りに口を使いだす。
「愛ちゃんもさ、この蕎麦屋気に入っててさ」
蕎麦湯の入ったポットを掴もうとした俺の手は、一瞬停止して、そのまま行く先を変えて目の前のお茶へ伸びた。
雄二は彼女を連れてここへ来たのか。
俺はこの蕎麦屋が自分達だけの思い出の場所、のつもりでいたのだと気付く。
思い上がりも甚だしい、駅前の蕎麦屋なんて誰の思い出でもある筈なのに。
俺だって、母親と来たことがあったし、ビンタをされた例の彼女とも来たことがあった。何も特別ではない。
それなのに、急に聞かされる親友と恋人の思い出話に、何故か少し心がざわついて動揺する。この感情を知っている、嫉妬、だ。
一介の友人でしかない自分が思い出をすべて独占している気でいた事に、我ながらドン引きして鳥肌が立つ。
ともあれ、今日は雄二の為の「そういう日」なのだ。失恋の精算、知り得なかった親友の心の内を黙って受け止めてやる日。
顔が引きつりそうになるのを湯呑みで隠して、話の続きを促した。
「愛ちゃんに、蕎麦屋なのに蕎麦を食べないのは勿体無いって言われたなぁ」
「……ああね。非常に共感できる」
「でも、ここの海老天丼めちゃくちゃ旨いんだよ。愛ちゃんにも進めたけど蕎麦屋は蕎麦の店だからって絶対食べてくれなかったけどさ」
雄二が不貞腐れるように窓の外を眺める。
俺はそれを無視して、昼のピークにはまだ少し早く、厨房で暇そうにしている大将を大声で呼んだ。
「すみませーん、海老天丼追加で」
俺の追加オーダーに驚き「え、あ、じゃあ、俺も」と、雄二まで追加の海老天丼を頼む。蕎麦で足りなかった訳では無かったが、気付けば注文を終えていた。
面白くなってきて、2人で笑っているうちに、揚げたての天ぷらのいい香りがする。二杯目の海老天丼を掻き込む雄二を眺めながら、はち切れそうな腹に今度こそ蕎麦湯を流し込んだ。
雄二の言う通りだった、海老天丼は最高に美味しかった。
何に対抗したくて追加してまで海老天丼を食べたのか、自分でも分からなかったけれど、今、雄二が勧めてくるものを食べない理由なんて無いと思ったのだ。
実際、もっと早く手を出すべきだったと後悔すらした。
「腹がキツい」
「いやぁ、まさかウニが海老天丼追加してくると思わなかった。ビックリし過ぎて俺までおかわりしちゃった」
「……でも本当に旨かった。もっと早く食えば良かった」
「だろ? やっぱりなぁ。だから愛ちゃんにも食べさせたかったんだよな」
どこか遠くを見つめるように話す雄二の目が優しい。やはり知らない目だ。
俺は、彼女に出会う前の雄二は知っているが、彼女に出会ってからの雄二をよく知らないのだと気付く。彼女に出会ってからの雄二が、彼女を失うとどうなるのかも。俺はまるで、知らないのだ。
水族館は比較的空いていた。
入口を入るとすぐに大きな水槽に迎えられて圧倒される。大量の水で覆われた筒に、多種多様な魚がぐるぐると回り続けている。
魚同士ぶつかったりしないのだろうかと考えたが、自分だって通勤ラッシュの混雑する駅の中を歩いてもまともに人にぶつかることなんて珍しいか、とどうでも良い事をぼんやり思い直す。
「おーい、ウニ。何してんの、行こうぜ」
振り向くと雄二はショーのタイムスケジュールを確認して歩き始めていた。それに倣って俺も歩く。
「トドショー、何時?」
「あと15分」
「丁度良いじゃん」
ショーのスペースは屋外で、広いスタジアム型だ。
海獣の匂いがムッと立ち、晴れた太陽に昇っていく。
プールの水面がキラキラとラメを振るように煌めくそれは絶好のデートスポットに違いなく、子供達が学校へ行っている平日の昼間、辺りを見渡せば案の定カップルだらけだった。
その中でこうして男二人が並んでいるのは、現代の日本では何に見えているのだろう等と考えたが、すぐにやめた。誰も見ちゃいないのが現実だ。
雄二は空を飛ぶカモメを眺めながら、ペットボトルの水を飲み干して、近くのゴミ箱へ捨てた。
「ここさ、前に愛ちゃんと一緒に来たことがあるんだよね。でもめちゃくちゃ雨降っちゃってさ。トドのショー見ようって張り切ってたんだけど、全部雨天中止でね」
そうか、だからリベンジか。リストにかかれていた言葉の意味を理解した。
大きなファンファーレが鳴って、定刻通りに飼育員が満面の笑みで両手を振りながら出てくる。それに続いて筋肉質なトドが、列を作って次々に入場し逆立ちをした。飼育員がご褒美に一匹づつ魚をあげて、頭を撫でてやる。
「おお」と小さく期待の声をあげる雄二は、目を輝かせて食い入るようにショーを見ていた。
賑やかに30分弱のショーが幕を引き、トドがペチペチと手を振って観客を見送った。にこやかにトドへ手を振る雄二と並んで、館内への順路を辿る。
「愛ちゃんがさ、海獣ショー見ると羨ましくなるって言ってたんだよな」
小魚の群れる水槽を眺めながら、雄二がぽつぽつと話し出す。
一度彼女と訪れた場所のリベンジマッチで、きっと思い出すことも多いのだろう。今日俺は、文句でも弱音でも思い出話でもいくらでも聞いてやるつもりでここに居るのだ。
小魚の群れがキラキラと光ながら遠くへ泳いでいった跡を、のそりと大きな魚が通り過ぎる。失恋の痛みくらいは、一応分かるつもりでいる。
「トドとかアシカとか、頑張ったら超褒められるじゃん。おやつもらって、沢山撫でてもらって。たまに予想外の事が起きても、ヨシヨシ頑張ったねーって。ああいうの羨ましい、って愛ちゃんが」
「うん」
「こんな話ウニにするの恥ずかしいんだけど、なんていうの。アシカに対していいなぁって、愛ちゃんが思ったっていうからさ。俺、愛ちゃんの頭をこうね、撫でようとしたの」
雄二の鎖骨と同じ高さにある俺の頭の上に手を翳して「こう」と示した後、ぼすんと落とした。
水槽の中で、一周してきた小魚の群れの中心を黒い魚が突っ切り、群れがバラバラに分かれた。
「そしたら愛ちゃん、しゃがみこんで怯えてんだよ。俺さ、ゴメンって慌てて声かけたんだけど、大丈夫だって言うんだ。ちょっとビックリしただけだって」
「……えっ、彼女、何かあった子なの?」
触れて怯えるという状況は、ドラマでよくみるDVや虐待を連想させた。過去に何かあったのだろうか、怖い経験、トラウマ?
雄二は肩を竦めて小さく首を横に振り、次の順路へと進みながら呟くように話をする。
「分からない。大丈夫だって、それだけしか言わなかった。でもさ、俺その時、ちゃんと守ってあげなくちゃいけないなって思ったんだよ。もしかして過去に何かあったのかもしれないし、今は何に怯えているのか分からないけど、きっと「何でもない」ではないんじゃないかな、って。愛ちゃんが自分で大丈夫だって言わなくても、俺が大丈夫だって言ってあげられるようになろうと思ったの。俺が、いつも愛ちゃんの側にいなきゃな、って」
雄二の口調に自然に熱が籠るのを感じた。
付き合いたての頃にニヤニヤしながら自慢気に見せてきた写真の「愛ちゃん」を思い出す。小さく可愛らしい人だった。
とはいえ、この期に及んで彼女に対する愛情や強い庇護欲を見せてくる雄二は、彼女にとって既に過去の存在だ。終わってしまった以上、大丈夫じゃないのは雄二の方だろう。溜息と同時に、ついつい結論が口から漏れた。
「……なんでフラれたんだろうな、お前」
「俺だって知りてぇよ」
その次の言葉に詰まってしまったのを隠す為に、眉毛を少し下げた雄二の肩を撫でるくらいの力で小突いた。
別れを告げられた理由さえ分かっていれば、そんな顔はしなかったのだろう。しかし、客観的にみても、俺には雄二が振られる理由がまだ見付からない。
友人贔屓だろうが、恋人として不足がないように思えてならない。
大人になってから疎遠になっていた水族館は期待以上に面白かった。
ふれあいコーナーでナマコだとかユムシを握って大笑いするのは、きっと彼女とのデートでは起きなかったイベントだろう。男子が二人揃えばそれだけで腹がよじれる程面白い。魚の名前が変だったり、デカくてマヌケ面の魚が高校の頃の担任に似ていたりするだけで、楽しい。
ただそこに良い香りのする綺麗な髪の毛が無かったり、ドキドキするような視線が無いだけだ。雄二にとっては「無い」事が、今はあまりに悲しいだけだ。
一頻り笑って、水族館を後にする。
次の行き先を決めるべく、ポケットから折り畳んだ雄二のリストを取り出した。
当の雄二は、出口の売店で爽やかな水色のソフトクリームを2つ買って両手が塞がっている。
「雄二、お前今日全休だっけ?」
「それがさ。最悪な事にさっきガワさんから連絡入ってて急遽夜勤になった。しかも最悪、特殊グロ案件」
「うわぁ、ひどい」
雄二は仕事を掛け持ちしている。一つは高校時代から続けている喫茶店のアルバイト。俺が進学のタイミングで辞めた後に、愛ちゃんが入店して二人は出会ったという。
もう一つは清掃の仕事だ。清掃業は元々俺の中学の先輩である、ガワさんこと小川卓志から、人手が足りないから来ないかと俺が紹介されたものだったが、何故かその場に一緒にいた雄二が「やりたい」と立候補していて勤めだしていた。
実際、俺よりも遥かに適職であったであろう雄二はかれこれ勤続5年になる所で、最近は本腰をいれて資格を取ろうとすらしていた。
時間が許すならリストの星を見るためにレンタカーでも借りようかと閃いた所だったが、その名案は星空に雲がかかったように消えていった。
「うーん、夜勤か。じゃあ今日は天の川は無理だな、星日和の天気だけど。仕方ないな、また後日に川でいいか」
「川ってなんだよ。掠りもしてねぇ」
「掠ってはいるだろ」
「まあいいか。川でいいし、釣りしようぜ。彼女もいない可哀想なフリーターには時間なら腐る程あるからな」
「俺はずっとそうだよ、失礼かよ」
駅に向かいながら、雄二からソフトクリームを受け取る。
海と同じ色のソフトクリームは、塩バニラ味だと看板に書いてある。敢えてこの味をチョイスした雄二の空を仰ぐ横顔を見ながら食べる塩気の強いバニラ味は、失恋の味そのものだと思った。
電車に揺られながら窓の景色を眺めていたら、海が見える。
住む町から少し離れるだけで、まるで異世界のような風景が広がっていた。
潮風に当てられて鉄は錆び付き、木は腐食が進んだような決して美しいとはいえない民家がぽつらぽつらと、その玄関を出たらすぐに砂浜のような広い海。
晴天で波も穏やかな海も、これだけ広がっていると、巨大な怪物が大口を開けて待っているように見えなくもなかった。
雄二は車窓から見えるその異世界の風景を愛おしげに眺めて、俺の肩を叩いた。
「あ。ウニ、こっち側見てて。もう少し行ったところに緑色の屋根の家見えんの、風見鶏が回ってるボロ家」
俺は座ったまま首を伸ばして遠くを見ようとしたが、それは思ったより近くて快速電車はあっという間に風見鶏の前を通り過ぎた。
「あった?」
「うん、速すぎて全然見えなかったけどな」
「あれがリストにあった緑の家だよ」
ポケットからリストを取り出して確認する。
これか。『緑の家を買う』と書いてある。
たった今確認した家は、少なくとも綺麗な家ではなく、廃墟か、内部フルリノベーションの古民家カフェでもギリギリアウトのような家に見えた。
雄二はゆっくり瞬きをして、窓越しの太陽を眩しそうに見つめた。
「愛ちゃんとあの辺りに降りたことがあって、海辺を散歩して、あの家の前の砂浜に座っていろいろ話をしたんだ。そしたら急に愛ちゃんが、悲しくなると海が見えるところへ行きたくなる、とか言うからさ、じゃあ一層海が見えるところに住んじゃえばいつも悲しくないんじゃね、みたいな話をしてさ。
あのボロ家、売家でさ、買主募集の看板も潮でボロッボロなんだけどね。でも、ボロ家でも二人で過ごす為だけに待っててくれるとしたら、いつでも海を眺めて悲しいことも無くて、きっと幸せなんじゃないかって話したんだ。リノベとかしてさぁ……クソー、幸せだったんだよなぁ。俺だけだったのかなぁ」
あー、と小さく洩らして雄二は潤んだ目尻を袖で拭った。
夕方になりかけて日が強く照っている。
親友の幸せだった恋愛に区切りをつけると息巻いた筈なのに、それどころか、自分までズブズブと悲しみに飲まれていっているようで、段々腹が立ってきた。
それと同時に、この男に急に別れを告げた彼女の心を知りたいと思った。
あの日雄二のスマホに映し出されていた彼女の笑顔に、一体どんな変化があったのだろう。泣くほど愛されていた筈なのに、雄二が何をしたというのだろう。
一度俺が彼女と話してみようか、等と余計なお節介を焼きそうになり、振り向くと雄二はもう涙を振り切って口角をあげていた。
そんな爽やかな顔をされたら、俺は何も言えないのに。
「おい雄二、明日夜勤明けだろ」
「おう。そうだよ」
「……帰って寝て、起きたらパンケーキ行こうぜ。向日葵の」
「いいね、そうしよう」
思いつきの提案に雄二がニヤリと笑う。
これは知っている雄二だ、と思う反面で物凄い虚しさに襲われた。
最早自分に出来ることなんて、雄二の頼み通りにリストをやっつける事と、恋人の代役として傷が癒えるまでの時間を積み重ねて行くことに他ならない。
分かっている。雄二の恋愛に俺の出番など無い。
それでもせめて、雄二がこの惨めな恋愛から抜け出した時に抱き留めてやれる相手が自分であって欲しい、と願う事が傲慢で酷い虚しさの原因だった。
彼女の代わりが自分で良かったと思ってしまった。
自分自身は別れのこない友人関係にあぐらをかいていながら、恋人という名ばかりのパートナーに傷心させられる親友の姿に、胸が千切れそうに痛んだ。
地元の駅に着くと、見慣れた街は思った通りそこそこの都会だった。
さっきの海や水族館の辺りはやっぱり異世界だったような気がする。今日の一日だって、幻のように終わって行くのだろう。
改札を出て、日が暮れかけて逆光に照らされた雄二が、後ろ歩きをしながら手を振った。
「じゃあまた明日。起きたら連絡するわ、パンケーキな」
「ん、ガワさんに宜しく。仕事頑張れよ」
「おう、行ってくる」
「おう」
口元をにこりと持ち上げて背中を向けた雄二は少しだけ歩いて、また振り返った。
「なーウニ、お前もなんでモテねえんだろうな。俺が女だったら絶対ウニと付き合いたかったわー!」
わざわざ振り返ってまで、心のうちを見透かしたように爆撃を落とされる。「女だったら」という枕詞に、昨日まで痛まなかった部分にズキンと衝撃が走った。
「うっせぇ、早く行け」
雄二はケラケラ笑いながら人混みに消えて行った。
いつも通りに別れた駅前は、いつもより少し賑やかに見える。見えなくなった雄二の背中を暫く探して、逆の方へ歩く。また明日同じように待ち合わせをする駅舎に背中を向けて帰路につく。
全て、いつもの事だ。
日が変わって4時間と少し経った頃、まだ暗い部屋の枕元でスマホが光った。
寝惚けたままスマホを開くとホーム画面に『雄二』の名前が表示されている。画面が明る過ぎてうまく開かない目を擦って、メッセージを開く。
【ウニ、お前がいてくれて本当良かった】
馬鹿だと思った。
半日前まで一緒に居て半日後にはまた合流する男達が、深夜に送りあうメッセージがこれでは面白すぎる。でも、これで良いんだと心地よく毛布に溶ける。
雄二と俺は終わりのある恋愛ではなくて、二人でどこまでも行ける親友でいい。この結論も、誰一人知らなくて良い。心に小骨が引っかかるような痛みも、そのうち吸収されて体の一部になるのだろう。
夜中に男同士で薄気味の悪いメッセージを真顔でやり取り出来る関係が最高だ、と肩を震わせながら、目を細めて返信を打つ。
【バカかよ。また明日な】
いてくれて本当に良かった、なんて俺は今まで何度も思った。それは俺の台詞だと言いたかった。
また、明日、だ。そのままもう一度目を閉じた。
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