心霊探偵は大学生〜少女の霊といっしょ〜

秋雨千尋

前編

「バイトのツテで母さんの好きな歌手のチケット手に入ったから送っといた」


「あんたまだ探偵なんて怪しいバイトしてるの」


「やりがいがあんの」


「心配だわ、事件とか巻き込まれたりとか」


「ドラマの見すぎだって。じゃあ月末にまた帰るよ」


 僕は大学に通いながらバイトで探偵をしている。

 張り込みや人探しのさなかにレポートの内容を考えていると、どちらの業務についても失礼な気はする。

 居眠りの常習犯でもある。

 単純に忙しいのと、夜よく眠れないからだ。


 エアコンが効き過ぎな教室を出た時、メールの着信音が聞こえた。件名だけの業務連絡。


「至急、近くのトイレへ」


 午前の講義が終わった所だからいいものの、バイト先の社長は人使いが荒い。こちらの都合などお構いなしだ。

 まあ、人に紛れてはいるけど魔女だから、仕方ないのかもしれないけど。

 僕は男子トイレ個室に入り、鍵をかける。

 すらっと壁に現れた派遣事務所のドアから中に入ると、三十代ぐらいの女性が、ソファに浅く腰掛け、前のめりにタブレットを凝視している。

 大切な誰かの走馬灯を見ているのだろう。

同僚に死神がいるからこそ可能なオプションだ。

 

彼女の横顔には見覚えがある。

 少し前にワイドショーで騒がれていた、水死した女の子の母親だ。貧しいシングルマーザーで、生活苦から殺したのではと疑われていた。


「はづきィ……うぅっ」


 ボロボロと涙を零して、液晶画面を指で撫でる姿から、報道されているような面影は見られない。


 女性の向かいに座る、艶のあるチョコレート色の髪を長く伸ばしたメガネの美人社長は僕に気づくと、隣の部屋のドアを指差す

 中に入ると、ホワイトボードに大きく書かれた司令が目に飛び込んできた。


【葉月ちゃんの死の真相を暴け】


 実にシンプル。分かりやすくていいけど。

 ホワイトボードをどかして、その裏にある大きな黒い穴に手をかける。頭から勢いをつけて飛び込み、真っ暗なスライダーをどこまでも滑っていく。

 最後にちょっとコツがいる。出口の光が見えたら、タイミングよく前転。よっ、と着地。よしよし成功だ。

 最初のうちは頭から地面に叩きつけられたからな。死ぬかと思った。

 着いた先は塀に囲まれたアパートの共有部にあるトイレだった。すぐ近くに川が流れている。母親が目を離した隙に溺死した、ありふれた事故として処理されたけど。

 僕は、本当の事を知ることが出来る。


「ユキちゃん、どう?」


〈いるよ、三つ編みの女の子。川の中で泣いてる〉


 僕はかつて殺人事件に巻き込まれ、その際に女の子の霊に取り憑かれている。だから彼女を通して、他の霊とコミニュケーションが取れる。


「どうして泣いているのか、聞いてくれる?」


 +++


 とある大会社の上層階にある男子トイレ。

 いかにも偉そうなおじさんが、別のおじさんに話しかけている。


「娘さんの事は気の毒だったが、君はプロジェクトの責任者、ひとつ踏ん張ってくれたまえ」


「勿論です。きっと葉月も応援してくれているはずです」


 大きな声で笑う偉い人が居なくなってから、おじさんの背中に声をかけた。


「応援なんかしてないよ」


「な、なんだ君は。OB訪問に来た大学生か?パスも無しにどうやって」


「トイレさえあれば何処でも行けるよ。それよりさ、あんな小さい子の命を奪って、良心の呵責とか無いの?」


 おじさんは眉毛をピクリと動かして、冷たい目を向けてきた。その後、苦々しい笑い声を出す。


「子供だから許されると思ったら大間違いだ。名誉毀損で訴えてやる」


「大人のクセにやった事の責任も取れない人に言われたくない。葉月ちゃん言ってたよ。リコンしたお父さんが無理矢理連れて行こうとしたって。嫌だって言ったら、川に顔を──」


「デタラメだ!」


「熊のぬいぐるみとか、服とか、靴とか、色々買ったらしいね。全部断られたみたいだけど」


「な、どうしてそれを」


「遊園地のチケットを叩き落とされたぐらいで、殺したいほど腹が立ったの?」


「黙れ黙れ黙れ! あの子が悪いんだ! 俺の方に来れば、いい暮らしをさせてやれる。あんなボロアパートで、ファミレスにも行けない生活して、何が楽しい。どうして俺を拒む!」


「おじさんは何も悪くないって?」


「そうだ!」


「じゃあさ、同じ苦しみを味わってみればいいよ。ね、ユキちゃん」


 ユキちゃんが手を広げ、おじさんの体を持ち上げて便器に顔を突っ込ませる。上げたり下げたりしてガバガバゴボゴボと不愉快な水音を響かせる。

 ふと、ユキちゃんの手が止まった。


「葉月ちゃん、ダメだって?」


〈うん〉


「どうして?」


 +++


 事務所に戻ると、お母さんがタブレットを抱き抱えたまま嗚咽を漏らしていた。

 ごめんなさい、ごめんなさい、と繰り返してる。泣き続けた声はかすれていた。僕に気付いて驚いていたから、安心させるために自己紹介をする。


「初めまして。今回担当させて頂きました。白岡幽一しらおかゆういちです」


「はあ、どうも」


「葉月ちゃんは、事故死ではありませんでした。犯人は先ほど警察に連れて行き、出頭させました」


「あの子は殺されたんですか!? ああ、私が、目を離したせいで……葉月ッ」


 事故でも殺人でも、遺された者の痛みは変わらない。自分の責任を問い続け、永遠に苦しみ続ける。

 それはあんまりだ、と思った。


「その件で、葉月さんから恨み言があるんですが、聞いてあげてください」


 ユキちゃんは強い悪霊なので、気合いを入れれば一般人でも姿を認識出来る。それを利用して、イタコのように葉月ちゃんを憑依させる。


「ママ……」


「その声は葉月、葉月なのね。ごめんなさい、ママが悪いの、ママのせいで」


「それがメーワクなのッ!」


「ええっ?」


「そうやっていつまでも泣いてるから、天国に行けないの。ママが泣くたびに体が重くなるの」


「で、でも」


「〝でも〝じゃなーい。ママがもう泣かないようにパパを許したのに、意味ないじゃん」


「パパ……?」


「殴ってばかりの怖いパパでも、リコンしても、まだ好きなんでしょ。スマホの中の写真を見てるの、知ってるんだからね」


 呆然とするママを、葉月ちゃんが抱きしめて、頭をよしよし撫でてあげる。

 どちらが親か分からない光景だった。


「泣きたくなったら、葉月のこと大好きって言って!」


「葉月……」


「いっぱい言って! ごめんなさいは禁止なんだから。約束して、指切りげんまんだよ!」


「大好き、大好きよ!」


 二人は抱き合って泣いた。

 探偵の仕事は浮気の証拠集めに素行調査、人の嫌な面を見ることが多い。だからたまに気が滅入ってしまうけれど。

 今日みたいな日があると気持ちが上向く。久しぶりによく眠れるかもしれない。


 +++


 深く頭を下げて、ドアの向こうに帰っていく姿を見送っていたら、社長から給料袋を渡された。中身はズシリと重い。

 うちの社長は依頼人から金ではなく寿命を報酬として受け取っている。


「あの人、何年分、払ったの?」


「二十年よ」


「すっげ、だからこれか」


「愛する者を失った人にとっては安いものよ。そして愛する者がいる人は、大金を払ってでも欲しい」


「安く仕入れて高く売るとか、ずるくない?」


「それより午後の講義始まるわよ」


「うわ昼メシ食い損ねた。早くワープして社長」


「あら、一番近い男子トイレが使用中だわ、まあ、下の階まで。玄関の方から頑張って走って」


「だからなんでトイレにしか飛ばせないんだよ! ポンコツ魔女!」


「女子トイレなら空いてるみたいだけど?」


「ごめんなさい」


 僕は凄く急いだけど、案の定、遅刻した。


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