第2話 聞き込み調査
次の休日、オレはユウマの住まいがあった2丁目に来ていた。
街並み自体はオレが住んでいる5丁目とほぼ変わらない。街の冷たさまでほぼ同じ。
自然や人通りはあるのに、どこか冷たい印象の街。それはおそらく、街のいたる所から人工的な雰囲気を感じるからだろう。
似たような家。真っ白な外壁。ゴミひとつ落ちていない道路。そして寸分の狂いもなく整備された土地。
ここはきれいな街だ。しかし整いすぎているがゆえに、どこか温かみのない街になっている。
ここ、トーキョーストリートシティは、名前にもあるように、ストリート(道)が大きな特徴の町だ。縦二つ、横二つのメインストリートが漢字の「井」のように交差している。そしてメインストリートで大きく区切られた地域を左上から右下にかけて、一丁目、二丁目………九丁目と呼んでいる。一つの地域の中にも、細いストリートがたくさんあり、この街は多くのストリートで構成されている。
視線の先にある横断歩道。ここを渡り、二つ目の角を曲がればユウマの家が見える。
「え………」
更地になっているはずの元ユウマの住まい。しかしそこにはすでに一軒の家が建っていた。
あいつがいなくなってから、まだ1週間も経ってないのに………。
目の前にあるのは二階建ての家。カーテンの隙間から中の様子が少し伺える。引っ越してきたばかりだからか、物はまだ少ない。家主は外出中だろうか。
一夜で家が消える。これも十分におかしいが、こんな短期間で、家が建つのもおかしい。本来なら、取り壊す以上に時間がかかるはずだ。
「この街は、いったいどうなっているんだ………」
***
たっぷりと日が暮れてから、ユウマの家の近くのバーに行った。店内は平日の夜だというのに、多くの客で繁盛していた。カウンターに掛けながら、見知った顔がいないか探した。
「ミナトさん。お久しぶりですね」
マスターが声をかけてきた。
「ああ。ちょっと人を探してて……。アイザワ、今日は来てない?」
「アイザワさんなら、あともう少しでいらっしゃるかと思いますが」
「わかった。ありがとう」
マスターに適当に作ってもらったカクテルをちびちびと飲みながら、アイザワを待つ。そして思考は自然とユウマのことへ………。
ユウマは酒が強くないくせに、何度もここへ足を運んでいた。
『ここに来たら、いろんな人と友だちになれるから』
オレと違って、あいつは友だちが多かった。いなくなったりしたら、きっとみんな悲しむだろうに。
カランカランと入口についているベルが鳴った。そちらへ視線を向けるとアイザワが入ってきたところだった。彼と目が合うと、オレは手をあげ、自分の左隣の席を指さした。
「ミナト、久しぶりだな」
「ああ、久しぶり」
アイザワはオレよりもユウマと付き合いが長い。ここを訪れたのは、ユウマが失踪する前、アイザワになにか伝えていなかったのか、話を聞くためだ。あいさつもそこそこに、さっそくユウマの話を切り出した。
「いや、特に何も聞いてないな」
そういうアイザワは特に心配している風でもなさそうだった。
「お前、あいつがいなくなって心配じゃないのか?」
「まあ、この街ではよくあることだしな」
よくあること、またそれか。
『失踪なんてよくあることだ』
タカミヤもそう言っていた。タカミヤは警察官だから、オレよりも多くの失踪事件に触れている。だからあいつが「よくあること」と表現するのは納得できる。
でもアイザワはどうだ? あいつの一番の友だちだったのに、どうしてそんな無関心でいられるんだ?
「オレにはわからない。どうしてそんな平気でいられるんだよ」
「まあ、友だちがいなくなったのは、これがはじめてじゃないからな。俺がこの街に来てから、もう随分と経つけど、その間にいなくなった奴は結構いる。俺も最初の頃は、今のお前みたいに、あちこち行って、探したり情報を掴もうとしたりした。でも、それが二度、三度起きるうちに、『ああ、この街ではこれが当たり前なんだな』って思うようになったんだ」
アイザワはグラスのふちをクルクルとなぞりながら言った。
「みんなここを去って、どこへ行ったと思う?」
「さぁ……。ただ、あいつらは自分の意志で消えたんじゃないかって思うんだ」
「自分の意志?」
「ああ。みんながみんな、そうだったわけではないんだけど、失踪直前、大体のやつは金回りが良かったんだよ。普段じゃ買えないような車買ったり、ご飯を食べに行ったり。ユウマと最後にご飯に行ったときも、あいつが奢ってくれた。俺、そのときに思ったよ。『ああ、こいつも、もうじきいなくなるのか』って」
「なんでそんなことするんだ?」
「わからない。別に収入が急に増えたとかじゃなさそうだった。きっと貯金を使ったんだと思う。それで俺思ったんだけど、貯金を使うってさ、もう必要じゃなくなったってことじゃないか?」
「それって……?」
その先に続く言葉がわかる気がした。でもアイザワに断言してほしくなかった。口にすると、それが本当に現実になる気がして。
「つまり、あいつらもうこの世にいないんじゃないかって」
自分の意志でこの街を出て行った・行ってないにしろ、この先も生活を続けていくなら、お金は絶対に必要だ。それを使い切ろうとするのは、生活を続けていく意志がないこと。つまり――。
「あいつは、自殺したってことか?」
「自殺かどうかはわからないけど、もうあいつはこの世に存在しない。二度と会えないんじゃないかって思う」
アイザワは自分の手を見つめた。彼の手元にあるグラスを見ると、氷がすっかり解けてしまっていた。
「お前、今アドレス帳開けるか?」
「ああ」
オレは上着のポケットからスマホを取り出した。アドレス帳をタップする。
「そこに、ユウマはいるか?」
「何を当たり前のことを……」と思いながら、ヤ行にいって確認すると――。
「消えてる」
そんな筈はない。消した覚えはない。
「やっぱりな」
「どういうこと?」
「俺も最初は勘違いだと思ってたんだ。間違って自分で消してしまったんじゃないかって。でもそうじゃない。失踪した奴はみんなアドレスから消えてる。つまり、やっぱりあいつらは、もうこの世には存在しない」
何も記載されていないヤ行をもう一度見る。「ユウマ」という人間が、初めから存在してなかったかのように、その欄は空白だ。
今までユウマと過ごしてきた時間もすべて無かったことみたいに感じられて、胸がギュッと苦しくなった。
「俺もいつか、あいつらみたいに消えるんじゃないかって思う」
アイザワはポロッとそう言った。
「それってどういう……?」
「お前はときどき不安になることはないか。自分のした選択が本当に自分の意志によるものなのかって。何か根拠があるわけではないんだけど、誰かの掌の上で転がされているような気がするんだ」
それを聞いてゾッとした。
なぜなら、オレにもその感覚がわかるからだ。
朝ごはんに何を食べるか。どのような道順で職場まで向かうか。家に帰ったらご飯にするかお風呂にするか。何時に寝るか。日々、選択の連続だ。色んな選択肢があるなかで、オレはその一つを選んでいる。
でも自分で選んでいるように見えて、実は選ばされているのではないかと、時々思う。アイザワと同じく、取り立てて根拠があるわけではないが。
「ユウマもほかの失踪者も、自分の意志で失踪したように見えて、実はほかの誰かの意志が働いているんじゃないかって、思うんだ。だから俺も、そのうち消えるかもしれない」
アイザワの言葉はどれも、根拠があるわけではないが、的を射ているような気がする。
オレはぬるくなった残りのカクテルを、一気にあおった。
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