冷たい烙印

月井 忠

第1話

 校舎の屋上から見る夕焼けは、初めて見る色をしていた。

 職員室から鍵を盗んできて正解だった。


 地平線の近くに明るい星が見える。

 おそらく金星だろう。


 彼女はこういうことに詳しかった。

 教えてくれたのも、たぶん彼女だったはずだ。


 僕は彼女の携帯を取り出す。


「絶対許さない」

 彼女のふりをしてアイツにメッセージを送った。


 これが彼女と交わした最後の約束だった。


 おそらく彼女はもうこの世にいないだろう。


 アイツから返信が来た。

「何の話?(笑)」


「絶対許さない」

 再度同じ内容で送り返す。


 今度は自分の携帯を取り出す。


「今、ちょっといい?」

 アイツにメッセージを送った。


「ああ、いいけど?」

「三島となんかあった?」

 彼女の名は三島といった。


「誰から聞いた?」

「いろんなヤツからとだけ言っとく」

「なんだよ、口軽いな! アイツら」


 アイツが説明した内容は僕の予想した通りだった。

 虫酸が走る。


「絶対許さない」

 彼女の携帯で同じ内容をアイツに送る。


「うるせえぞ! 処女もらってやっただけ感謝しろ!」


 アイツに対する怒りが増す。

 彼女にこんな言葉を吐けるとは。


 彼女と最後に会った時、制服はボロボロだった。

 携帯を渡されて、同じ内容をアイツに送り続けるよう言われた。


 僕は黙って携帯を受け取る。


 これは、きっと僕に対する罰だ。


 僕は自分の携帯で金星のことを調べる。

 彼女が以前、言っていたことを確認したくなった。


 金星は明け方に見えるときは明けの明星、夕方には宵の明星と呼ばれる。

 ルシファーは明けの明星を指すらしい。


 今見えるのは宵の明星だけど、僕には明けの明星の方が合ってるな。

 ルシファーは堕天使だから。


 ふふっと自嘲する。

 そんな大層なものじゃない。

 僕はアイツらと同じ悪魔だ。


 僕は校舎裏にいた。

 彼女がアイツと数人に囲まれているところを見た。

 ただ影から見ていた。


 あんなことが行われているなんて、思いもしなかった。

 いや、それはいいわけだ。


 わかっていて、その場を後にした。

 結局、何もしなかった。


 彼女が鋭い目つきで携帯を渡した時、僕は知った。

 僕が見ていたことを彼女は知っていた。


 僕が助けなかったことを知っていた。


 だから、彼女は自分の携帯を僕に渡したんだ。


 アイツに憎しみの言葉を送り続けろと。

 永遠に復讐の代行をし続けろと。


 これは、きっと僕に対する罰だ。


「絶対許さない」

 何度もメッセージを送る。


 アイツは返信をしなくなる。

 既読にもならない。


 いつかはブロックされるだろう。


 それでも、僕はメッセージを送り続ける。


 彼女の死体が見つかってもメッセージを送り続ける。


 僕は校舎裏でアイツらを止めなかった。

 彼女が死ぬつもりだと知っても止めなかった。


 できることはこれだけだ。

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