末裔の道

――【アンダー・ネット】


そこは、人目に触れない電脳世界の奥底。

この世界においては、先の電脳大災害で多くのネットウィルスやバグ、危険なゴーストなどの存在により、電脳世界内に無数の危険地帯が発生。

一般人では入ることも観覧することも困難。

そんな電子世界の秘境を【アンダー・ネット】と呼んでいる。


さて、そのような【アンダー・ネット】の一角。

辺りは無人で、周囲には無数の情報の嵐が吹き荒れている。

並の電脳体では近づくだけで一瞬で電脳世界の塵となり、情報に飲まれてしまう、そんな危険な場所。

しかし、そんな電子情報の大嵐の中にも、台風の眼とも呼べるような無風地帯が存在。

まるで大嵐の中に立つ一見の廃墟のような場所。

そんな場所に2人の電脳体がいた。


「……久しぶりだな」


「本当に久しぶりですね、【2番】の。

 はじめは何の冗談かと思いましたが、まさか本当にあなただとは」


電子空間の廃墟に、佇む2つの人影。

どちらも見た目こそ一見普通の電脳体ではあるが、その動きや指先の動きをよくよく観察すれば、彼らが只者ではない電脳体だとわかるだろう


「……その言い草はひどくないか?【3番】。

 ところで、この流れで言うならば【1番】と【4番】は?」


「どちらも今は忙しくてね。

 どこかの誰かさんが、これからというときに出て行ってしまいましたからねぇ?」


片方の声は高めの男であり、片方の声は低めの女の声であった。


「それで…あなたがここにいらっしゃったのはどのような要件で?

 今なら、以前と同程度…いえ、それ以上の待遇でお迎えすることも可能ですが?」


女の声がする方は、そのように手を伸ばしながら言う。

まるで誘うように、まるで踊るように。


「……悪いが自分は中庸でね。

 それよりも、今回来たのは単純だ。

 お前らが作ったは何だ」


しかし、男の声はそれをキッパリと断り、そして尋ねる。

そして、その声色には明らかな怒気が含まれていた。


「ふふふ……その口ぶりですと既にあなたは、出会ったようですね」


「……」


「そうですよ。

 あの子達は、我々の子供ですよ!

 我々四大司教の!

 我ら選ばれし者の遺伝子を継いだ可愛い可愛い使徒ですよ!」


女の声は、嬉しそうに叫んだ。


「……新機人類のクローンは不可能。

 そうだったと記憶しているが」


「不可能?できない?そんなもの!我々新機教の技術は日進月歩!

 既に限定的な遺伝子治療により、クローンの量産に成功!

 新機人類の安定的誕生も時間の問題です!」


「……」

 

「…そう、例え貴方が協力せずとも、進んだ時計の針は止められない。

 これは、その象徴ともいえる成果物です」


その女の声は少し声を下げながら、改めて男の方へと歩み寄る。


「……だからこそ、我々にはあなたが必要。

 わかりますか?

 すでに新時代へのうねりは止められず、アンドロイドも人間もすべて過去のものになる!

 ……しかし、それでもなお我々新機人は、【新たなる人類】として、この世界の人々を正しき道に、より善い道へと導いていく必要があります」


「ゆえに、あなたには、我々四大司教、いや、四大始祖として、復帰する必要があるのです。

 もちろん、不安があるのはわかります。

 それでも、私達ならこの苦難を超えられると思いませんか?」


彼女がゆっくりと男の方へと手を伸ばし……。


「……ところで、その成果物及び私への勧誘は、1番の許可はとれているのか?」


「……いずれは」


「……はぁ、やっぱり取れてないのか。

 なら、論外だ」


そして、はたき落されてしまった。


「……」


「そもそも、こちらとしてはあの出来損ないを完成品としてばらまいていること自体に違和感があったからな。

 1番ならああいうことをしないし、4番はそもそもそんなことを起こすことすらない。

 この作戦は、お前の独断……ってことでいいのか?」


「……【神】と【聖母】の許可は取れています」


「ああ、コンピューター様のね。

 よく取れたというべきか、1番に止められなかったのか?」


「……」


「……いや、むしろその作戦をやってしまったがゆえに、抗争中というわけか」


はたき落された手と男のほうを苦い顔で見つめる女をよそに、男はさらに喋りを続ける。


「……1番は今少し思い違いをしているだけです。

 あなたと私が協力すれば、1番を説得できると思いませんか?」


「微塵も思わない。

 そもそも、一番が一番たるゆえんは、僕らの中で最強だからだろ?

 それを、4人の中で戦闘力最弱の私とその次に弱い君が合わさったところで、勝てるわけもないだろ」


「あなたが説得すれば、4番もこちらにつくはずです。

 それならば問題ないでしょう」


「は~~っ??

 というかまだ、4番すら仲間に引き入れられてなかったのか!

 それならもうほぼ負けているじゃん。始まる前から負けているじゃん」


男の言葉を聞くごとに、女の様子が変化する。


「ともかく、私から言いたいことは一つだけ。

 あんな紛い物を量産する計画はさっさとやめておけ。

 あの程度の完成度では、アンドロイド、いやサイボーグの下位互換だ。

 誰も幸せにならない計画なんざ、さっさとやめちまえ」


「……、そんなこと言うんですね」


その瞬間、その電脳空間の廃墟に稲妻が走る。

嵐の眼であるはずのその空間に、強い衝撃が発生する。


「そうですよ、あなたもアイツも。

 力あるくせに、使命があるくせに、【何もしない】ことだけは一人前。

 そんなあなた達の代わりをする私の苦労が、あなたに分かりますか?」


そう、それは怒り。

今までの物静かで清楚さすら感じさせるような彼女の口調からは一転。

その声には隠し切れないほどの激昂が含まれていた。


「わからないし、わかりたくもない。

 むしろ、新機教の教義を真面目に守る方がおかしいだろ」


「人類種の新たな進歩!

 限りない発展と完成と融合の祝福!!

 なぜ、その頂に一番近いあなたがそれを放棄する!?」


「その教義自体が、間違ってるからだろ」


彼がその言葉を吐くと同時に、彼女の周りから無数の鎖が伸びてくる。

それは超圧縮されたデータの塊。

一度巻き付かれれば、決して壊れない強固な高速プログラムである。


「遅い」


しかし、その鎖状プログラムによる攻撃はあっさりと躱されてしまった。


「……まぁ、おかげで今の新機教の内情についてはなくとなくわかったよ。

 ありがとね、それじゃこっちはもう帰るから」


「ちぃぃぃ!!!貴様!!!

 逃げる気か!!!いや、逃げれる気でいるのか!!!

 4人中最弱の元2番手が!進化し、発達した今の私に勝てる気か!!」


「……君そんなキャラだっけ?

 牛乳飲んでる?」


女のほうが激情のままに、無数のプログラムを作動させる。

或る物は鎖状で、或る物は檻のように、触手状、契約書、ありとあらゆる形の拘束プログラムが彼の元へと殺到する。

しかし、それらの攻撃はすべて彼に当たらず、余裕を持って躱されてしまう。


「まぁ、いいや。

 折角だし、今の君の性能確認がてら、遊んであげるよ。

 だから、まぁ、お互い死なない程度にね。

 というわけで、行くよ【癒し手】cure


「うるさい!!

 今の私は【呪術師】Curse!!

 お前を、呪い、拘束する者だ!!!」


かくしてこの日おこったこの騒ぎは、アンダー・ネットだけではなく、一部現実世界にも大きな影響を及ぼしたのであった。



◆◇◆◇



「と、いうわけで、君と私は、ちょっとだけ遺伝子や電脳プログラム的に同じ部分があることが分かったよ。

 わかりやすく言えば、君たちと私は遺伝子的には親族のような存在なんだ」


「えええええぇぇぇぇぇ!!!」


場所はガラッとかわり、サイサカのメイド=サンカンパニー。

そこの一室にて、私はアカイ姉妹と、ゆっくり茶をしばいていた。


「そ、それじゃぁ、パパは本当に私の、遺伝子的お父さんやったの!?」


「ん~、いや、自分の遺伝子や電脳プログラムの相違から見るに一致率は大体20%以下だからな。

 多分、兄弟……いや、従妹ぐらいの関係かな?」


「はえー…」


彼女たちの学校生活が始まるに改めてコミュニケーションをとろうと始まったお茶会であるが、思った以上にアカイはぐいぐいとこちらに質問。

その過程で、なぜアカイが自分を助けたのかという質問への回答の一部として、彼女にこのことを話すことになったのだ。


「ということは、もしかして、パパも……」


「まぁ、明言はしないけど。

 君たちと似たような出生とは言っておくよ」


「……いやいや、それってほぼ答えを言っとるやないか」


まぁ、でも先ほど侵入した新機教の計画書をいくらか確認はしたが、その資料的に自分が親や祖父にあたり、彼女たちが子や孫という関係性ではあったりする。

なので、ある意味では彼女が自分をパパというの間違いなかったりする。

まぁ、でもこの娘たちは自分には無許可で、勝手に作られたもの故、正式な子として認知する気はさらさらない。

認知し始めたら、数が1000では済まなくなりそうだし。


「だからこそ、自分が君たちを助けたのは、単純に同じような生まれである同情とかそういうのだよ。

 それとこの地区にいる新機教関連のデザインチャイルドの治療をしたのも同様だよ。

 要するに打算でも正義感でもない、自己満足の類だってことだ」


「でもそんな自己満のおかげで、うちらは部分的にやけど救われたからな」


「そうですよ!少なくとも正義をうたっておきながら、何もしない人よりは、パパのほうがずっとかっこいい!素敵!

 だから、この火星製の新しいお洋服買って!」


アカイとアオリとそんな雑談を繰り広げながら、先日のメイド騒動を思い出す。

結局のところ、なぜ初めにこの2人を救ったかと聞かれると、それは単純に自己満足というところが大きかった。

彼女たちの身体チェックをした時点で、彼女たちの生まれは何となく予想がついていたし、それゆえに似たような境遇であった自分としては捨てるにしてられなかったというのが大きい。


(それでも、メイド騒動自体は、結構打算の面が強かったけどな)


そうだ、この双子をできるだけ手助けしたいのは自分の願いだが、メイド騒動に関してはそうではない。

あのメイド騒動をあそこまで派手にやったのは、単純に十三地区への警告のためであった。

工場を建ててから、十三地区があまりにもこちらに色々と要求をしたり、地区の大事なインフラをこちらに任せてきた。

なので今回のメイド一揆は、自分達にすべてを任せる危険性を伝え、ストライキのまねごとをするために起こしたのだ。

もちろんあの行動により、自分のチャレンジャーとしての十三地区の貢献度は大幅に下がった。

十三地区の各団体からこの工場への不信任届も無数に出された。


(しかし、それでも、十三地区はこちらを切り捨てることはしなかった。

 いや、もう十三地区は自分たちを所まで、来てしまったというわけか)


部下から回された今回のメイド一揆の被害報告と、謝罪リストを確認しつつ、ゆっくりと自分とメイド=サンカンパニーの状況を確認する。

元は自分が平穏に過ごすために作ったこのメイド=サンカンパニー。

しかし、このメイド=サンカンパニーは今やこの地区でも有数の大工場であり、このような騒動を起こしても、自治体によりつぶされない程度には、この十三地区にとって大事な工場となってしまったということだ。

それこそ、今回明らかに自分勝手な騒動を起こしたはずなのに、勝手にこちらをかばう陣営が複数現れたり、むしろ勝手に派閥の勢力が増す程度には。


「……いや、これはあんまりよくない傾向だな?」


「そうなんか?

 うちとしては、景気がよさそうでええことやと思うけど」


「全然よくない。

 というか自分としては、できるだけ地味に生きていきたいんだよ」


自分がこのサイサカの十三地区にいるのは、そもそもが新機教から逃げた先で一番身分がうまくごまかせる場所であったからだ。

それなのに今回の騒動では、前以上に名前が売れてしまった。

その上、この地とのつながりが強くなってしまった。

更には守るものも少々増えてしまう始末。

こちとら、新機教本山とかに、なんとか存在がばれないように生きてきたのに、これでは本末転倒である。


「だからまぁ、これからはもう少しおとなしく生きていかないとな」


「おとな……しく?」


「お前らだっていやだろう?

 折角新機教の首輪が外れたのに。

 首輪が外れたことに気が付いた新機教の本部から、無数の刺客が来たら」


アカイたちが小さく冷えっという悲鳴を上げる。

まぁ、でもその心配はしばらくはないだろう。

なぜならば、この地区での新機教のまとめ役の重力のイドを吸収したことにより、この地区から新機教へと伝えられる情報には大体操作できるようになったからだ。

その上、さきほど三番目と遊んで来たついでに新機教の本部に、かつて仕込んでいたおもちゃを一つ起動できたので、もうしばらくは時間稼ぎをできるとは思う。


「でもまぁ、これからはもう少し地味に。

 事業も拡げないように、おとなしくしておくさ」


「……ところでパパ?

 つい最近、十三地区首脳陣からの不信任というか、枷を付けたいという思想のせいで、無数のお見合い話が届いてるって話やけど……」


「しらない」


「それとパパ?

 なんか、メイド一揆をおこしてなお、無数のメイド志願者が……。

 むしろ、あの騒ぎのせいで武力を求める野心家や世界通りの生き残りから猛烈なラブコールが来てるって聞いたんだけど?」


「しらない」


『先日発生した、火星の学術地区での大規模化火災は未だ収まる様子はなく、今も立ち入り制限が……』


こうして私は、物騒なニュース音声背景に、双子の相談という体で、無数の書類や面会予定をごまかすのでした。




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