味がしなくなったガム

AK-T-212。


いわゆる赤髪の娘とメイド達から呼ばれている娘も、当然新機教のデザインチャイルドの一人であった。

巨大なガラス柱の中から生まれ、生まれつき新機教の教えと発展のために育てられた、そんな娘である。

しかし、そんな彼女には他の新機教のデザインチャイルドとは、明確に違う部分があった。


『AK-T-212、本日はよく眠れましたか?。

 ……それはよかったです』


『ほら、頑張れ!212!もう少しで目標達成できるから!

 ……終わったらご褒美のパンケーキもあるから』


それは、彼女に疑似的とはいえ、両親がいたことだ。

それはAK-T-212がクローンの中でもことさらに超能力者として素質があったからか、あるいはただの実験か。

彼女には生まれつき、2人の世話役のアンドロイド(廉価版)が存在しており、彼女はその2人の疑似両親によって愛を持って育てられたことだ。

それゆえに彼女は籠の中の鳥としての生活をしながら、それを苦痛と思ったことはないし、このような生活がこの後一生続けばと思っていた。


……だからこそ、それが崩れたとき、彼女は壊れてしまった。


『……AK-T-212は、あのプログラムに選定されるような娘じゃりません!

 彼女はもっと高みに!!……いえ、わかりました、はい。

 でもせめて……はい、わかりました、そのためなら、この身を粉にしても。

 それでは、お願いします』


最後の最後まで、わが身を盾にしてまで抵抗してくれた、オカン。


『212、君の身は任務に選ばれたんだ。

 これは名誉なことで、素晴らしいこと。

 ……でも、そんなことはどうでもいいんだ。

 これから先の君の未来が幸せなら、それで……』


最後の最後まで、一途に私の幸せを祈ってくれた、オトン。


でもだからこそ、言いたかった。

自分の幸せは2人がいればそれだけでよかったことを。

そしてそれは、2人の安全と未来があってのものだと。

例え最後に悲劇が待っていてもいい、上のプログラムなんて、新機教で上り詰める必要なんかも知らない。

ただ、二人と一緒にいることができれば、それだけで……。



「ばかっ!ばかっ!!

 オトンもオカンも大バカ者や!

 うちが、そんなので幸せになると思ったか!!

 2人がいなくても生きていけると思ったか!!」


【ごめん、ごめんね?

 AK-T-212。私達がもっと頑張れば……】


ほぼ機械であり、無骨ながらも優しくこちらの頭をなでてくれるオカン。


【いろいろと不安にさせてすまないな。

 ほら、これがお詫びのパンケーキだ】


簡素でありながら、それでも愛情を感じ、自分では食べれもしないのに、わざわざ手料理までふるまってくれたオトン。

そうだ、これだ、これこそが欲しかったのだ。

ただ優しく、優しく愛に囲まれた団欒の時間。

そうだ、あのような悲劇など存在しなかったのだ。

あんな、暗くて厳しく、悲劇的な結末など、私達には訪れなかったのだ。

だからこそ私は、笑顔で両親の前に座りながらこう宣言するのであった。


「これからもずーっと一緒やで!

 オトン、オカン!」




◆◇◆◇




「でも、それは全部タダの夢なんですけどね」


「あああああぁあああああああ!!!!!!!!!!!」


「お、おねえちゃ~~~ん!!!」


かくして、電脳治療装置につながれた赤髪の娘が、今回もまた飛び跳ねた。

巨大な叫び声と暴れようとするが、今回は自殺対策に全身ゴムで簀巻きにしているため無問題。

しかし、それでもその暴れっぷりはなかなかのものだ。

本来なら重サイボーグ相手でもびくともしないはずのベットが、一応は生身に近い人間であるはずなのに、わずかながらにベットを軋ませているといえばそのすさまじさはわかるだろう。


「オトンとオカンが私のせいで、それで、もう二人とも死んでいて……。

 ああ、ああ、あああぁあああ!!!」


「まだだめか、ならまた眠りましょうね~」


「……ぐぅ」


一通り赤い髪の子が暴れたのを確認したのに、再びお手製トラウマ治療器のスイッチを入れる。

するとその機械につながれた赤い髪の娘の動きがぴたりと止まり、動かなくなった。


「うう、お姉ちゃん。

 私が見守っているからね、早く治って……」


現在自分たちがいるのはメイドサンカンパニーの保健室の一つ。

そこで度重なる自殺未遂を繰り返す赤髪の娘のために、彼女の心のトラウマを治療中である。


「……しかしながら、ご主人様。

 この方法は少々、回りくどい治療法だと私は思います。

 電脳内で、彼女の中の両親代わりのアンドロイドとの思い出を夢という形で繰り返す。

 その夢を繰り返すことで、彼女自身にその死に対する回答を見つけさせる。

 夢の指定と精神加速を併用しているとはいえ、少々費用や時間効果のわりに、治療効果が不確定過ぎると思います」


なお、治療法に関しては、大体セルフカウンセリング。

睡眠学習装置の亜種を使い、彼女自身に両親の夢を見せたり、それに関する夢を見せることで彼女の中で両親に対する思い出を整理。

さらには、電脳空間における精神加速でその治療を繰り返すことで、体感時間だけは膨大な時間をかけることで、時による精神ダメージの軽減を目指すという作戦だ。


「本当なら、彼女の両親であるアンドロイドを救えたらよかったんだけどねぇ。

 さすがに【電脳】そのものまで砕かれていたら治療は無理」


「……さすがのご主人様でも、不可能なものがあったのですか。

 少しだけ安心しました」


この保険室担当メイドは俺のことを何だと思っているのだろうか?


「それにしても、彼女を治療するならもう少しスマートな方法をするべきです。

 それこそこの施設では、電脳に【暗示】を叩きこむことも不可能ではないのでしょう?

 それこそ、彼女の脳内から【両親代わりのアンドロイドがいた】という記憶そのものを消してしまえば、それだけで治療と精神的束縛。

 どちらもできて、一石二鳥だと思いますが」


「……今度それ言ったら、お前を溶鉱炉に送るぞ」


「……失礼いたしました」


保健室メイドが、さっと意見を取りやめてくれた。

そうだ、たとえこれは偽善であろうと、この世界では何の意味もない倫理観であろうと、人の真の心とその思い出には、手を出すべきではない。

それが私の信条なのだ


「アンドロイドである私には、少々わかりかねる思想ですね。

 それに、ご主人様は私自身をこの体にしたときに、私の電脳やその過去をいくらかいじられていたとのログが残っていますが」


「アンドロイドは人間ではないし、お前のログは残すべきではなかったからな」


「……左様ですか」


この女医風アンドロイドメイドは溜息を吐きながらも引き下がってくれた。

なおこの女医風アンドロイドメイドは、実は元警官のアンドロイドであったり。

上司の命令と組織の腐敗とかで、自我崩壊したところを売られて治療したという経歴があったり。

記憶がそのままだと無数の警察やブラックな組織から追いかけられちゃうからね、ちかたないね。


「では結局この娘は、このいつ終わるかもしれない、夢の反復で治療する。

 そのような流れでよろしいですね?

 ……まったく、こんな治療法では下手すれば1か月以上この治療器を占有されてしまいそうですね」


「いや、そんなことはないと思うぞ。

 おそらくは、3日、いや、下手すればもう少し早いかな」


「え?」


こちらの回答に不思議そうな顔をする女医風メイドアンドロイド。


「だって、考えてみろ。

 そもそも彼女たちの電脳化率はかなり低い。

 それゆえに、機械に接続しているとはいえ、夢という名の無限に記憶の反復ができると思うか?」


「それは……」


「アンドロイドと違い、人間の脳は、非常に不器用でな。

 たとえどんなに簡単なものでも、持続的に同じものを知覚し続けるとその、全体像が崩壊……正しくそのものを理解できなくなるんだ」


「……検索完了。

 いわゆる【ゲシュタルト崩壊】の一種、ですか?」


「似たようなものだな」


そうだ。

今の彼女は夢の中で、同じ大切なはずの両親について思い出し続けられている。

しかし、たとえ彼女がその両親をどんなに大事に思っていても、たとえどれほど両親を思っていても、低電脳化であり、生身に近い彼女では、その記憶保持は万全ではないはずだ。

それこそ、すでに新しい両親からの情報は途絶え、記憶を整理するべきはずの夢ですら、強制されていれば。


「だからまぁ、あと数時間もすれば、彼女自身も気が付くと思うよ。

 ……自分が夢で見ているものが、本当の両親から離れて行く。

 そう、夢は夢に過ぎないってこと、ね」


「……いや、そこまでするならば、普通に記憶封印してあげたほうが救いでしょう」


なぜか女医風アンドロイドメイドに溜息をつかれてしまったのであった。



◇◆◇◆



「う、うちは……うちは……」


「まだ、精神錯乱してますね。

 よし、もう一回」


「え、あ、あれ?うちのオトンとオカンは、あんな顔をしていたか?

 い、いやちがう、た、たしか、もっと機械質で、口調も違って……」


「う~ん、まだ精神バイタル不安定。

 再治療」


「い、いやや!いやや!オトン、オカン!AO!

 う、うちは、うちは、オトンとオカンを忘れたくない!

 なんで、なんで、こんなことに!」


「うわっ、精神バイタル悪化!

 治療速度を上げます!」


「あ、ああ、あああ……。

 ちがう、ちがうんや、うちはあの人にを愛していて、でも、でも……。

 ならなんで、うちはこんな大事なことも忘れて……」


「おお、精神バイタルが前よりも安定してきましたね。

 治療続行」


「……な、なぁ、も、もうこの治療やめへん?

 う、う、ううちは大丈夫や。だから、もう、もうこれ以上は……」


「うんうん。かなり安定しかけてきたね。

 それじゃぁ後1日……12時間くらいでいいかな?」


「……ああああああああぁあああ!!!

 あああぁああああ!!!味が、うちは、オトンが、オカンが!!!

 あああああぁあああああああ!!!」


「うわっ!悪化した!

 とりあえず、治療速度10倍!強制的に安定化させます!!」


「…………」


「う~ん、静かに泣いているだけに見えますが、精神安定はぼちぼちですね。

 治療続行です」


「……ああ、うん。

 また、こっちか……」


「おお、おはようございます。

 大部精神が安定してきましたね。

 これならそろそろ治療完了できそうですね」


「……ふふ、ふふふふふ」


「は~い、それじゃあ、あと半日ですね~。

 それじゃぁ、頑張っていきましょう」


「ふふ、ふふふふふふふ」


「ふふふふふふふふふふふふ」



「あははははははははははははははははははははは!!!!」



◇◆◇◆



そして、治療開始から約1週間後。


「お~す、赤い髪の子。

 そろそろ治療が完了したと聞いたけど……」


「しゃぁああ!!!!!!!!

 死にさらせ!!!うちの思い出を返せ!!

 このくそおやじいいぃぃぃ!!!!!」


なぜか、治療完了した赤い髪の子に、全力で襲われかけるというハプニングが発生。

この日以降この赤髪の子は、自殺こそしなくなったものの、それ以上にこちらに対して攻撃性を発揮するようになったとさ。


「心が治療できてよかったね、お姉ちゃん」


「どこがいいか、このアンポンタン!」



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