アンダー・ネット・リテラシー


さて、この角付きことコノミが立派なバーチャルアイドルへと転身してから早く数ヶ月。自分は活動資金の受け取りと報告のために【宝石の庭】へと、訪れていた。

なお、この報告自体は、きちんと事前に契約したもの。具体的に言えば、自分が預かったアンドロイド(つまりはコノミ)の様子を宝石の庭に、見せに行くことで、彼女が元気に過ごしているかを確認させる。そして元気で幸せそうなら報酬や支援金にちょっと色を付けてもらえ、ダメそうは不幸そうなら宝石の庭からお叱りや追加の補助金、場合によってはケジメを受ける。そんな契約である。


「おぉ~!なんだか気分としては久しぶりですね!

 ご主人様!」


「だな。

 ……っと、おい、靴紐がほどけ掛かっているぞ、ちゃんと結べ。

 ……いや、代わりに結んでやるか。ほれ、そこに座れ」


「ひゃわ!はわわわ!

 ごっご主人様にそんなことをさせるなんて……でも、ありがとうございます」


だからこそ、今の彼女と自分に対しては基本問題はないだろう。

それなり以上に幸せそうであるし、少なくともストレス的バイタルはほとんどない。今回はわざわざ外出用の衣装を着せ、見てくれもばっちりであるし、向こうの心証をよくするためのアンドロイド人権はお墨付きの山吹色のお菓子(可食)も準備済みだ。よし、これで何も問題ないな!これで、今回のアンドロイド支援金は俺たちのものだぜぇええ!!!!


「あ~!久しぶりじゃの!23号!いや、今はコノミだったかの?

 ほぉ~、きれいなおべべ着せてもらえて、いい名ももらえて。

 最近では配信業も始めらしいの」


「おお~、久しぶりですジーさん!

 というか、ジーさんも私の放送を見てくれていたんですね!

 一応、直接はお伝えしてなかったけど、えへへ、なんだか気恥ずかしいです」


「何を言っとる!お主の配信はダイブして楽しいからのぅ!

 残念ながらライブではなく、再生物じゃが」


「え~!そうなんですか!

 あ!それじゃぁ今度私の放送のライブパス渡しますよ!

 ぜひライブにきてください!」


「おお、いいのか?すまんのう」


「あ!ジーねぇひどいっす!私たちも欲しい!」

「あ~、23ちゃん、いや、コノちゃん様~私にサインください!!

 家宝にするから!」


で、場所は宝石の庭、そこの大会合室。

そこで無数の宝石の庭所属のアンドロイドに絡まれているコノミ、これはいい。

なんで伝えていないのに仕事がばれているんだとか、お前もそれを否定しとけよなど言いたいことはある。

が、それでも彼女が幸せそうなのはアピールできているし、それが周りに伝わっているから、最低限良しといった所だ。

そうだ、あっちはいいのだ、あっちは。

しかし、こっちに関しては……。


「ふ~~ん、ふ~~~~~ん?

 この放送内容を確認するに、これらの放送の再生数だけで60万DDデジタルドル稼いでいるように見えるんだけど?

 DDのキャッシュの為替レートの詳細まではいわないけど、これならだ~~いぶ財布周りいいと思うんだけど?」


「では、事前の契約通り、補助金を」


「は~~!!どこかの誰かさんが警備配属増やしたせいで、アンドロイド人件費がなぁ!

 せめて、いつも頑張っているあの娘達に、もう少しボーナスやら新装備やらを配ってあげたいわ~」


「契約通り、補助金を」


「ねぇねぇ、それよりもこの資料見てみない?

 最近はコノミちゃんの放送のおかげか、DDの相場がわずかながらに増加傾向にあるのよ!

 それで、うちにはDD取引がうまいアンドロイドも多いから、彼女たちにちょっとキャッシュやDDを預ければ、数か月後にはなんと数倍になって戻ってくるなんてプランが……」


「補助金」


「……あなたには、血の涙もないの!!!!」


なぜかこっちは翡翠女氏に胸倉がつかまれそうなほどに、詰め寄られているのでした。

うるせぇ!全身改造とはいえ、友好判定のサイボーグロリババァに騙される俺様だと思うなよ!いいから、さっさと出すものだしやがれぇぇ!!!




「うぅ……うううぅぅ……。

 私の財布が、ポケットマネーが……」


「壱の弐の参……、よしよし、足りているな足りているな。

 ぺっ、なんでぇ、ちゃんともっているじゃねぇか。

 次回はもっと覚悟しておけよ!」


盛り上がっているアンドロイド組はさておき、あの後無事に翡翠女氏と長い間激論を繰り広げ、彼女からきっちり事前の契約通りに補助金を満額譲り受けることに成功した。

もちろん、交渉は大体こちらの勝ちだ。こちとら金策系チート主人公様やぞ。サイボーグの1人や2人、タイマン交渉なら負けはしないわ!


「今月のコノミちゃんへの供物スパチャ費が……」


「いや、それは抑えろよ」


若干、心なしかしなしなしている翡翠女子はさておき、彼女が交渉材料とした無数の警備費用や人件費などのデータを盗み見てみる。

……おお、すごい、ちゃんと仕事していてくれてる。

しかも、こちらの状況に合わせた警備体制まで敷いているとは、コイツやりおるな。


「あたりまえよ、23番、いや、コノミちゃんは今は一部では超有名人VIPよ?

 以前よりも、重点的に守りを固めるのは当然の流れでしょう」


「にしても、よくわかったな。

 今のコノミが配信業をやっていることが。

 一応、ボカシやらセキュリティソフトを入れて、わかりにくくしていたつもりだが」


「それに関しては認識が甘いわね。

 顔や輪郭に加工は入っているけど、彼女のしゃべり方やその内容から、わかる人にはわかるその程度のごまかしにしかなっていない。

 一応、この近所では不埒物がわかないように私たちがちゃんと見張っているし、配信をしている場所自体がマイナーネットだから、即ばれとかはないけど……。

 それでも、相当危うい立場にいるわよ」


マジかという思いと、やっぱりなという思いが交差する。

そうだ、確かに自分はコノミが配信する上で、少なくとも身バレを防ぐためにそれなり以上に対策はした。アンドロイド的な契約から、配信ソフトや機材によるボカシ。電脳ネットによる機械的防壁に物理的隔離術など。それなり以上にできる限りのことはしたつもりだ。

しかし、それでも幾らかの情報は漏れてしまっているのも理解できる。

無数のネット亡霊に、急激に高まりすぎた名声。

なによりあのゆるふわ角付きアンドロイドのがばがばすぎるネットリテラシーと相まって、どうして彼女に関する情報が洩れないわけがないだろうか?


「……ねぇ、貴方さえよければだけど……」


「いや、断る」


「……まだ何も言ってないのだけど?」


「どうせここに引っ越せとかそういうめんどくさい話だろ?

 いいよ、あいつの身も俺自身の身もこっちの方できちんと守れるつもりだ。

 そのための策はもう、実行している」


「……この規模になると、個人ではきついと思うんだけど。

 いえ、いまさらね。それに私たちもネット方面については得意というわけではない。

 一応私たちの方で紹介できる専門家のアドレスなんかは、あるけど……」


「いらん。

 むしろ、その手の業者に俺やアイツの場所がばれたほうがめんどくさいだろ」


一応、宝石の庭の方でも、こちらのことを真剣に心配してくれるのはわかったが、正直それは余計なお世話という話だ。

そうだ、そもそも自分は荒事有のチャレンジャー、彼女たち的には信用できる伝手といいながら、実は自分の敵だったなんてこともあり得るからだ。

それに、正直近くを守ってくれるのはいいけど、我が家の空き部屋やら倉庫を見られるのは、その……うん。

賃貸なのに改造しているとか、一応大家さんに連絡しているとはいえ、ねぇ?

この人クラスの地元権力者に弱みを握られちゃうのはいろいろよまずいことだけは確かだ。

具体的に言えば、次回の宝石の庭からの助成金が、半額になったりする。


「ネットからの被害を減らすためにも、やっぱり一度人気を落とさせる必要があるかなぁ…。

 配信頻度を下げさせるとか、配信をいったん休業させるか?」


「は?そんなことしたら、むしろ厄介ファンヒャッハーが突撃を仕掛けるだけよ。

 むしろそれは最大の悪手、絶対にやってはならないわ」


「……どうしてわかるんだ?そんなこと」


「それは自明の理。

 なぜなら、それをやったら私たちも突撃するだろうから。

 もしコノミちゃんが変な事故に巻き込まれたらと思うと、気が気でないもの」


それはお前が、同族意識からでる心配性なだけだろ?

そんな風に思わないでもないが、彼女の言うことももっともだ。

しかしながら、コノミを配信を続けるにしても休ませるにしても、いずれにしろリスクとリターンがあるのは確かだ。

だとすれば残りは、コノミ自身の意思の話になるだろう。

個人的は休みたいって言ってくれると嬉しいけどな!いくら気のいいご主人様でも、週に3回ぐらい配信ソフト編集や共有間隔調整をさせられると、いろいろとくるものがあるんだ。

しかも、チャンネル登録者数が、こちらの倍以上、いや数十倍まで増えてるしさぁ!そのうえ折角ファンメールが来ても、コノミ側からのファンメール関連だったりするし!マジでふざけんな!!!

あ、コノミが戻ってきた。


「というわけでご主人様!

 今日もかえって配信しましょう!!みんなも応援してくれてるし、今とっても私燃えているんです!!」


「今日はお前の配信機材の調節があるだろ。

 せめて二日は待て」


「え~~!!」


だから、このセリフも決してチャンネル登録者を増やしまくっているこの角付きへの嫉妬とか、そういうのではないのだ。

ないったらないのだ。



◇◆◇◆



それからしばらく後。

自宅近辺の電脳世界にて。


「ヒャハ~~!!!!俺こそが正式なコノミチャンネルの真のコノ民だぁ!

 彼女のためにも、真なるアンドロイド人権開放のためにも、この牙城は破壊させてもらうぜぇ!!」


「ひっひっひ!彼女が事前に録画している分の配信データを盗むことができれば、20万DDの報酬が手に入るんだ!

 悪いが手荒な方法を取らせてもらうぞ?」


「こひょー……こひゅー……。

 コノ様コノ様……」


なんとそこには、ハッカーや電脳亡霊の群れが!


「うるせ~~!!死ね~~~~!!」


「「「ぎゃああぁぁぁぁぁ!!!!」」」


かくして、この日は100を超える電脳亡霊を捕獲。

ハッカーの電脳体と合わせて、各所自治体や引き取り場所に、それらのゴーストを販売あるいは処分しに行くのでしたとさ。








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