成長は格差を呼ぶ

 それから、身体計測を終え、放課後となった。身体計測を終えたからといって、兵役の義務に課せられることはない。ここは日本だ。21世紀の日本においては、勤労・納税・教育の義務さえ果たしていれば問題ないのだ。


 須藤は部活動見学に向かい、笹野の家は駅とは反対方向にあるらしい。


 ……結果として、僕は何故か佳菜と一緒に駅まで向かっているのだ。何故だ?


「おかしい、そんなわけない……」


 と、佳菜は先ほどから何やら拗ねた様子で僕の脇腹を弱々しくパンチしているのである。最初は全て回避していたのであるが、どういうわけか避けたら余計に怒られたので、今はなすがままになっている。


「何でさっきからそんなに拗ねてるんだ?」


 僕は意味もよく分からないまま、質問してみる。


「拗ねてなんかない。……ただ、身長が2ミリしか伸びてなかったことが不満なだけ」


 完全に理解した。佳菜は低身長なのがコンプレックスということらしい。


「あと、胸も全然大きくなってなかったし……」


 あと、貧乳であることもコンプレックスらしい。


「……って、そんな話を男に対してすんな」


 胸の大きさの話は男の前でするものではない。僕が理性的な自由市民で助かったな。


「瑛人だったら信頼できるし、瑛人に対してなら問題ない」


 ……僕が、理性的な自由市民で、助かった、な。


「ま、別に身長が高いとか、胸が大きいとか、だからといって即ち良いということにはならんだろ」


 僕は攪乱しそうになった精神を補佐しながら、思いのままを口にする。何を隠そう、僕は低身長貧乳の女の子の方が好みなのだ。そんな女の子が胸の成長の話をしてきたとなれば、動揺しそうになるのも仕方ないことだろ。


「麻切教諭曰く、適格体型だと兵役の義務を課せられるらしいしな」


 それが嫌なら身体計測の時に足腰を曲げておこう。きっと、白黒の風刺画のモデルに抜擢されるぞ。


「……瑛人は、どうだったの?」

「まあ、全盛期に比べたら大した成長ではないけど、普通に成長してたかな。身長はようやく170に乗った」


 厳密には171.1だった。ちなみに視力はAA。……アスキーアートではない。


 するとまたか弱いパンチが飛んでくる。


「また瑛人だけずるい。昔からそうじゃん……」


 ……昔?


「僕はその記憶はないから何とも言えんな」


 きっと、ライデルハイトとやらもそこそこの身長だったのだろう。そして、エミリアとやらもそこそこの低身長だったのだろう。……もしかしなくても、前世からコンプレックスだったというのだろうか? 写像さんもびっくりの写像である。


 「まあいいもん。この調子で伸び続けたらあと104年もすれば瑛人と同じくらいまでは高くなってるから……」


 ふーん……。149.2あるいは149.3だったのか……。


「いや、後何年成長し続けるつもりだよ……」


 人生百年時代とはいうが、第二次成長期はせいぜい5年くらいのものである。ただ、0歳児の平均余命のみが伸びているだけなのだ。健康寿命が延びているかは謎であるが……。


 ところで、夢の中の自分は、時に理想の自分であったりすることがある。例えば僕の場合であれば、4階からでも飛び降りて安全に着地できる運動神経を持っていたり、住宅ローンをポンと払いきるだけの大金を稼げたり、好きなアプリゲームのアイドルたちと同棲していたり、夢の中ではそんな自分になっていたりすることもある。

 このことを、佳菜にも当てはめてみよう。佳菜の場合、その小柄な体躯がコンプレックスであることは既に自明である。よって、佳菜はより高い身長とか胸囲とかを望んでいるというわけだ。であるにも関わらず、夢の中に登場する佳菜の前世(だと本人が主張して疑わないもの)は、依然として低身長である。

 つまり、こういう結論を示すことも出来よう。……本当にエミリアは佳菜の前世であるということだ。単なる夢であれば、身長にも補正がかかっていてもおかしくはない。にもかかわらず、彼女の身長は特に変わらない。つまり、夢の中の彼女は理想ではなく、ありのままだという可能性に辿り着いたのだ。


 ……ま、そんなの世迷言だ。今の論理は前提からして完全に破綻しているのだ。そもそも、夢が理想の現れというのは、ごく一部のお話だ。前提が杜撰であれば論理も杜撰となるということのいい例だ。金字塔も堅固な地盤なくしては立たぬというわけだ。


 ともあれ、夢と理想と前世といった話はまた興味深い話題だな。


「……また今度笹野とでもお話してみるか」


 僕がそう呟くと、何故かまた佳菜に叩かれるのであった。

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