第四章 フリ素オレ、簡単だったと気づいたようです

4-1 危機


 。エマとアリアとシャードが、『ザンダン』禁止に対し別案を提示した会議の次の日、オレは元の世界に戻り――一週間が、経とうとしていた。

 GWゴールデンウィークが明け切った、月曜。オレは久々の学校に向かう。優稀ユウキ は勿論、朝練だ。一人でのんびり、自転車で走り、校門をくぐる。下駄箱を通って、階段を昇り教室へ。リュックを床に置く。



「しゅーちゃん。元気?」



 隣の席の真深マ ブカが気づいて声を掛けてきた。周りもその言葉でオレを見つけたらしく、数人が机に近寄ってくる。「よう」「GWならぬGMゴールデンマンスだったね」「課題、机に溜まってる? あれ、ないじゃん」

「課題はユウに病室まで届けてもらった」先週の金曜日は平日だったし、オレは普通にこちらの世界にいたのだが、学校は休んだ。理由は、あるといえばある――、というか。。学校に行かないための言い訳めいているから、とりあえず謎の病気のせいにしておいたが(ちなみに学校に確認したら、医師の診断書を持ってくればいろいろ便宜を図ると言っていた)。そして彼女にまた、借りを作ってしまったとオレは後悔した。

「え! お見舞に行けるの? しゅーちゃん、次はいつ昏睡する予定?」

「嬉々として訊くなよ」

「というか病院に呼びつけてんのかよ。病院デートかよ」「何そのつまらなそうなネーミング」「病院は楽しいだろ」

「何でもいいだろ……」というか、確かに呼びつける必要はなかった気がする。家が背中合わせなのだから、オレの家に届けてもらった方が彼女は楽だろう。後は親に届けてもらえばいいし、分からないことがあれば、ラインで誰かに訊けばいい。まあ――次は、上手くやろう。

「あ、優ー。おはよー」

 優稀が朝練から戻ってきたらしい。彼女は、「おはよー」と返しながらこちらへ近づいてくる。

「おはよ」

「はよー」「おは」「おはよう」「おはよっ」「おはおは」オレの周りに集まっていたクラスメイトたちはめいめい挨拶を返す。その中で、真深は、



「優稀」と。「やっぱり、しゅーちゃんのお見舞に行ってたんだね。教えてくれてもよくなかった?」



 少々、怒りモードのようであった。というか、彼女たちは単純に知らなかったのではなく――優が、意図的に情報を隠した。一体なぜ。久間クマガイの言うところのみたいに思われるのが嫌だったのか――それはないか。部活をサボって来ていた訳ではないから、後ろめたさがある訳でもないだろう。では何か他の理由が。

「えっ……とね」

 優は言葉に詰まる。真深はじっと、彼女を見つめる。



「――オレが、頼んだんだよ。言わないでくれって」



 オレは、そう言った。一同の視線が、オレに集まる。優稀もオレを見た。

「というと?」

 真深は続きを促す。

「さっきの貴垣キ ガキみたいに、お見舞に行きたいって人が、何人も何人も来られると対応が面倒だから、口止めしてたんだ。謝るよ」

「何だよそれ」「折角、課題持っていってやろうと思ったのに。僕の分」「俺も渡しに行くわ」

「……そ。ごめん優、言い方キツかったね」そう言って真深は、優稀に膝を差し出した。彼女はそこに座り、真深に抱きつかれる。

「男子ー、なに凝視してんの」「してねえだろ」「ケイはしてました」「おい」周りの奴らはぎゃあぎゃあと騒ぐ。




     ○




 正しい選択だったかどうかは分からない。それを規定するのは彼女ただ一人だ。彼女が迷惑だと感じたならオレは間違っていたし、助かったと思ったならオレはある程度は、よい方向へ進めたのだろう。目下の問題点は、本当の答えを聞くのが怖くて学校から逃げ帰ったこと。ラインも見ていない。

 自室に戻ったオレはリュックを床に転がし、ベッドに倒れる。久々の部活。随分と体が鈍っていた。人形の中に入っていても、病院のベッドにいても、基本的に動き回らないから、もう動き方を忘れてしまった。その割に、自転車は普通に漕げたけども。



 向こうの世界のことを考える。あれから一週間。一体どうなっていることか――オレがいても

いなくても、できることはあまり変わらないだろう。とはいえこうしてしばらく顔を見ないだけで、なんとなく寂しい気持ちになる。向こうに行った当初は、夢の世界だと思い、いろいろと冷めた目線で見ていたが――ここまで感情移入することになるとは。正直驚いている。こうなると、どうにも移動の条件が厄介だ。オレの気持ちだけではなんともならない。とりあえず、シャワーを浴び、晩ご飯を食べ、それから考えることにした。



 ご飯の後、ソファに座ってTVを観る。とある農家の夫婦の一年を追ったドキュメンタリー番組だ。父親がこういうジャンルを好きなのである。オレはぼーっと画面を見る。

 都会に出たが、結婚してUターンしてきた長女の話。

 長男の幼馴染が継いだ近所の果樹園が、倒産の危機に陥る話。

 作物を安く買い叩こうと企む悪徳業者に騙されそうになっている父親を、きょうだいで協力して撃退する話。



 オレの意識はどんどん落ちていく。オレの体は――完全に、ソファに預けられた。



「――呼んで来るもんでもないかあ」

「ハルさん?」

 オレが意識を取り戻した場所は――医務室だった。ベッドのハルさんは、体を起こして驚いたようにオレを見る。

「……ザンダン」

「まだ入院してたんだ」オレはとりあえずそう言い。「今、ハルさんが呼んだの? というかエマは?」そう尋ねた。この間のように、見舞に来ている者はいないようだ。

「――えっとね、近頃は忙しくて」

 彼女は歯切れ悪く言う。銃規制のことではないと――直感的に理解した。何か重大なことがあったのは明らかだが――、というのは一体。

「いや、教えてほしい。別に情報を外に漏らせる訳じゃないから。エマは今、何を。アリアは? 上の二人は?」



 ハルさんは、ふーっと息を吐いて、口を開く。「見ての通り、ずっとここに閉じ込められている身だから、全ての情報を得られている訳ではないんだけど――――もう何日も目を覚まされてないそうなの」

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