3-4 弓


 ここまでの話し合いを整理すると、テロリストの件について、

①コーラスさん=団長さんが、シャードに怒られている。

②シュロウさんはもう反省している。

③シャードさんに賛成している人がいる。

④シャードさんの主張は、とりあえず正しい。

 という感じである。確かにあの場面で、ハルさんを気にして王を呼んで、それで王が撃たれたなんてことになれば、国全体が揺らぐ。ハルさんが撃たれても仕方ないと割り切って、犯人を取り押さえるべきだったろう。それをすぐに決断できなかったのは、シャードの言う通り、

 同僚であったり、

 義孫まごであったり、

 幼馴染であったり、

 感情が、理性を抑え込んでいたからだ。オレがその決断をできるとは言わないが──国全体のことを考えるならば、やはり、ハルさんが犠牲になるのはむを得ないことだ。



「失礼します。ハルキ殿を連れてきました」



 そこで、誰かが入室してくる。聞き覚えのある声だった。確か──一昨日、オレがバルコニーから落とされた時に受け止めてくれた、グィーテさんのパートナー。そう、ファイリースさんだ。コーラス団長の娘だという。ハルキという人は、誰だか分からなかった。

 と、ガタッと椅子を引く音。オレがさっきまでいた場所から聞こえた──つまり、シャードが、席を立ったのだ。

 カツカツと、靴の音。訪問者の元へ歩いていっているらしい。一体、何をしようというのか──



「申し訳ありません。先生の娘さんを傷つけるような事態となってしまいました。現在、抱えの医師に治療に当たらせています」



 ……え?

 シャードさんが──丁寧な言葉遣いを?

「痛み入ります、しかしどうか顔をお上げください」低音アルトの女声が、そうシャードに言う。「シャード様は、正しい選択をされた。ハルレアも、かようにするしかなかったことは理解しているはずです」

 ハルさんの、義理の親にして、シュロウさんの、義理の娘。

 とは、一体どういうことなのか──しかし、あのシャードが敬語を使うとは、かなりレアケースな気がする。

「皆々様、ハルレアが大変なご迷惑をお掛けしました。わたくしはシャード様と同じ考えですが──ミスエル卿、並びに義父ちち上への処罰は、どうか寛容にお頼み申し上げます。事件の根本的原因をなくさない限り、事態は好転いたしません」

 ハルキさんは、すらすらと言う。一同は、静かに聞いていた。

「して、その原因とは?」

 長男が、そう問うた。



「──我が国における、の遅れです」



 そうして、更なる議論が始まる。




     ○




「恐れながら、リオフランの銃隊は今どちらへいるのでしょうか、ミスエル卿」

 ハルキさんは、団長に問う。

「い、今はグーヴとの合同訓練で、第一師団全員が国外にいます。各隊の正確な位置は、把握できていませんが」団長が答えると、



「まだ分かってねえのか、コーラス。今までの話の流れで」元の粗雑な口調に戻ったシャードが、そう言う。席に戻ってきているようだ。「正確な位置などに興味はねえ。貴様は今、『』という先生の質問の主語を、『』にすり替えた──リオフラン陸軍において、銃隊が第一師団にしかねえからな」



 そういう──話か。

 武器の進化に、軍の形態のアップデートが間に合っていないのだ。そして今回のような事態が起きる。銃は手元で撃つことができ、間合いは殺す必要がなければ剣や槍より断然遠い。暴漢を囲ったのが槍隊ではなく銃隊だったら、すぐ相手は投降しただろう。今後の銃の発達を考えれば、対応策の考案は喫緊の課題である。

「その通りです、シャード様、しかし娘の前で父親に恥をかかせるのではありませんよ」

 ハルキさんは穏やかに言い。

「次にこのようなことがいつ起きるかは分かりません。できるだけ早く、対応してくださいますよう進言いたします」そう、締めくくった。



「ちょっとちょっと」そこで──誰かが、割り込んでくる。「結構なお言葉ですねえ。まるでこのエーエル家をないものとして扱っているようだ」



 エーエル家?

 それは──どことなく、ミスエル家と名前が似ているが。

「それとも、我が家の断絶がご希望なのか? 三家の一つを、このように突然に?」

「バイアス。身勝手な発言は慎むように」

 言葉を。途中で打ち切らせたのは──執事の、声だった。

「ただハルキ。その言は正しくはあるが、エーエル家は長らく国防に尽力してくれた。踏むべき手順、為すべき議論は余さず経るものとする、というのが王のご意向だ」

「はい。全ては我が王と、この国のためでありますゆえ」

 そうして──話し合いは、終わったようだった。




 その後、シャードの部屋で。

「頭のお固えおっさんだ、エーエル卿ってのは」

 シャードがそう愚痴る。オレはまだシャードの人形の中で、アリアに持たれそれを聞いている。

が勝てる訳ねえんだよ。在野だからって諮問機関ぶりやがって」

「エーエル家ってのは何なの?」オレはアリアに問うた。

「──リオフラン武道、それを継承する代表的な三家が、つるぎのミスエル家、槍のサムエル家、弓のエーエル家。ミスエル家の現当主は、ザンダンも知っていると思うけれど、近衛師団の団長。サムエル家の当主は、王立士官学校の校長。エーエルの当主は、兄上の仰るとおり官職には就いていないけれど──他の二家と合わせて、主に国の軍備において強い発言力を持っている。ハルキ先生の言う軍の再編成などという大がかりなことは、三家と関係なくやってしまうということはできないの」

「……ちなみに、そのハルキ先生っていうのは、誰?」オレは続けて尋ねる。「シャードがあんなに丁寧な物腰になるなんて、相当だと思うけど」

「オイ、どーいう意味だそりゃあ」

 シャードが割り込んでくる。

「事実ではないですか、兄上。──なんとなく、話を聞いていて分かったかも知れないけれど、アヴの養子で、ハルの養母。そして私たちの、グーヴ語の教師をされているの」

 グーヴ語の──先生?

 グーヴとは、隣国の、アリアの嫁ぎ先、グーヴ王国か。

「あれ、でも王子が話してた言葉は──」

「アーストール様は、こちらではずっとフラン語を話されていたよ。訪問客が、訪問先の言語を使うというのは、別段おかしな話ではないでしょう」そもそもそれほど、異なる言語ではないのだけれど、とアリアはつけ足した。言語として区別はしているから、文法は似通っていてるとか、単語は一応違うがルーツが同じものが多いとか、そういうことだろう。日本語と、韓国語みたいなもの──少し違うか?

「元々捨て子だったのを、アヴに助けてもらって──彼の養子として、城の中で、育てられて。幼い頃から優秀だったらしく、順応は早かったそうだよ。その後、グーヴに留学して、グーヴの言語や文化、いろいろなものを学んで帰ってきて、今は私たちの先生という訳」

「ハルレアが進んだかも知れねえ道だな」

 シャードはいつもの通り意地の悪いことを言う。

「兄上。──ええと、それより疑問なのですけれど、銃と弓、について、たとえば毒矢はどうですか?」



「却下だな。そもそも、銃弾と矢とじゃあ威力が段違いだ。今後の銃の進化に伴い鎧の進化も求められるだろうが、そうなると、とうとう弓の出番はなくなる。それに、弓の連射速度はエーエル家が披露するもので限界だろうが、銃はこれからどんどん速くなるからな。弓矢を一本放つ間に銃弾を五発も十発も撃てりゃ、勝ち目なんてねえ」



 それは──その通りだと、思った。

「エーエル卿が、いつまで意地を張るのか見届けようぜ。ただまあ──軍隊を新たに作り上げるとして、そこまで決定的な利点がある訳ではないんだよなあ。むしろ、戦争の用意をしていると思われる可能性だってある。あくまで内憂への対策であることを、前面に出しておきたい筈だ。するとまずは法整備と外交だな──」シャードはそのまま独りでぶつぶつと喋り始める。こんなに真面目な次男を見るのは、初めてかも知れない。

「そういえば──ハルは大丈夫なのでしょうか」

 アリアが思いついたように言った。シャードはぶつぶつを一旦やめ、

「国一番の医者だ。これでムリならムリ、諦める他はねえ」

 そう言い放った。アリアは少しショックを受けたように、オレを掴む手に力を込める。

「そんな言い方──」

 コンコン、とノックがあり。

「失礼いたします──アリア様、シャード様」

 ハロルバロルさんがドアを開けた。ここはシャードの部屋だが、シュロウさんは謹慎中と言っていたしハルさんは治療中だ。ナナさんのような存在ふたりめはいないようなので、消去法なのだろう。彼は一拍置いて、



「ハルレアの処置が、終わったそうです。命に別状はない、と」



 そうオレたちに伝えた。

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