第7話裏の顔
愛美は顔を上げ夏目の顔をみると、安心感を与えてくれるような表情で、頷いてくれた。
「僕が選んだ人に、魅力がない人なんていない」
その夏目の瞳は、マッドとは違う温かみのある優しい微笑みだった。
マッドの時と違う穏やかな心に戻してくれる。
この人が、自分を選んでくれたんだ。
そんな自分を誇りに思おう。
選ばれたからにはやるんだ、憧れのステージをやりきる使命が今日生まれたんだ。
愛美は決意したように、強く頷いた。
「夏目さん…ありがとうございます」
そんな愛美を見守るように、夏目は微笑んだ。
そんな二人の様子を、気づかれぬよう、黒い影がまた見つめていた。
「じゃあ、私、そろそろ戻ります。ありがとうございました」
「うん、稽古頑張ってね。また見にいくよ」
愛美は今度は本当の笑顔を見せ、早歩きで教室へ戻って行った。
愛美がいなくなったのを見計らうと、夏目は冷たい表情になり、黒い影に視線を写した。
「マッド、いるんだろ?」
そういわれ、マッドは姿を現した。
「アザゼル、随分と人間らしい表情をもっているんだな」
マッドは皮肉をいい鼻で笑う。
「お前より、記憶もあれば、この人間界で過ごす時間も長いしな」
夏目は気を抜いたように、ピアスをとると、姿がみるみるうちに、背中から悪魔の翼が生え、黒いツノが額上に二本生えて、首すじに模様が浮き上がった。
「その姿の方が話しやすい」
「そりゃどうも、でも、まさか、人が作ったとはいえマリア像の前で悪魔の姿を晒すのは気がひけるな」
夏目の本当の姿は、神話で語られる有名な悪魔アザゼルだった。
「それで、あの女だろ?あいつの心を奪い尽くしたら、俺は全ての記憶が戻る」
夏目は怪しく微笑み頷いた。
「お前を失楽園へ戻すために、やっと巡り会えたんだ。探すのにこんなに時間かかるとはな。あいつと出会うために、卒業生で有名な脚本家として人間界で生きてるんだからな」
「心の奪い方はもう身についた。狂気しかない俺に、演技しろっていうのは、至難の技だが、お前がくれたこれのお陰で少しはまともに話せるようになった。やってみせるさ」
マッドの耳についたシルバーのイヤカーフは、アザゼルが感情を知らないマッドのために作った感情装置だ。
この世界を生きるには、少しは感情が必要だ。
「心がないから、演じることが楽なんじゃないか。いわれた通りの仕草をし、言葉を発したらいい」
そう夏目がいうと、遠くからチャイムの音が聞こえた。マッドは怠そうに、マントを広げると、
「はいはい、じゃあ、俺も稽古とやらに参加してくるよ」
そういって、マントを広げると姿を消した。
「心を作られるなよ、マッド」
夏目は、真剣な表情でマッドが去ったあとに呟くと、飛び立っていった。
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