MAD〜心をあなたに〜

羽音衣織

第1話美しき死導者

ビルの屋上にひとりの青年がいた。


彼はマッド。


黒のハットから、ピンクのアッシュ色の髪が耳もとで揺れている。白い肌に髪と同じ色の瞳をもち、怪しげで妖艶な雰囲気を醸し出していた。


左手にはリンゴを弄ぶように上に投げては受け止めて、自分の手の中で転がされるリンゴを妖しげな笑みを浮かべ見つめると、リンゴを上に投げると、今度は受け取ることなく、そのりんごは無惨に屋上のアスファルトに叩きつけられた。


その様子を、満足げに微笑み黒のスーツにマントを翻して、夜景を眺めていた。



「マッド」


そこへ、目が虚ろになり、この世にはマッドしか目に入らないかのような、盲目な視線をマッドに送る女性が、妖しく微笑みながらマッドの方へ歩み寄ってくる。



「待ってたよ」


マッドも企んだような笑みを浮かべて、女性を受け入れた。マッドの腕の中にいる女性は生気を吸い取られたような、虚ろな瞳でマッドを見つめた。


マッドはそれに答えるように頷くと、女性の手を引き、屋上の端へいくと、女性を淵に立たせた。


「さあ、あなたは今から自由を手にするんです。すべての感情を僕に預けたあなたは、その権利がある。さあ、ここからあなたの一番行きたかった快楽の場所へ誘いましょう」


「やっと、自由になれるのね。ストレスもない世界へ」


マッドは女性の手の甲に口づけをした。


女は気づいていない、マッドが宙に浮き、女性は今にも落ちてしまいそうなほど、淵に立たされていることを。


彼女の目にはマッドしか映らない。

狂気の瞳は、狂気しか映せないのだ。


「では行ってらっしゃい」


そういって、不敵な笑みを浮かべ、マッドは女性の手を離した。すると、女性も抗うことなく、地面へと落ちていった。


数秒後、ドサっと落ちた音が聞こえても、この廃墟となったビルには誰も駆けつけてはこない。


「さあ、これでまた次のターゲット見つけないとな」


マッドは落ちた女性を顧みることなく、再び、ビルの屋上に足をつけた。


満足そうに赤いリンゴをかじりながら、その場から立ち去っていった。



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