第11話
それからはわたしも小佐田さんもじっと黙っていた。小佐田さんはわたしの胸元に顔を突っ込んで熱い息を吐いていた。くすぐったいから止めてほしい。あ、なめるのもダメだって。
「わたしね、悟君のことが好きなの」
小佐田さんはぽつりぽつりと話してくれた。小学生のころ、初めて透さんが悟さんを家に連れてきた時のこと。遊んでくれて嬉しかったこと。いつしか恋をしたこと。でも三つ年上の悟さんはその頃の彼女にとってあんまり大人で、想いを伝えることはできなかった。
「悟君と同じ中学校に通うの、楽しみにしてたの。でも、わたしが中学生になったら、悟君は高校生になっちゃった。当たり前なんだけどね。分かってはいたんだけど、縮まらないんだなぁって。やっと実感したっていうか。……ばかだよね」
小佐田さんはその頃から、悟さんに控えめながらアピールを開始した。けれど悟さんはいつも透さんと一緒だったから、二人きりになれることもなくて、あまり進展はしなかった。もしかしたら既に、悟さんと透さんは互いを意識し合っていたのかもしれないけれど。
二人が付き合っていることを知ったのは中学二年生の冬のことだそうだ。悟さんが県外の大学を希望していることを知って、このままだとただの親友の妹のまま終わってしまうと危機感を覚えた。そして、兄にからかわれるのを覚悟で兄の部屋の扉を開けた。怪しい体勢で慌てて距離を開けた姿に、全て悟ったという。
「実の兄に初恋の相手をとられた妹の気持ち、分かる?わたしが恋にときめいて悶々としてる隣の部屋で、幸せにぶちゅぶちゅくちゃくちゃしてたんだって知った時のこの怒り、分かりますか?」
「うん、分かる。分かるから止めて。痛いのってあんまり趣味じゃないみたい」
お尻をぎゅーっと摘ままれて涙目になりながらわたしは言った。小佐田さんはわたしの胸に埋めていた顔を上げてじとっと睨む。
「あなたなんかに何が分かるの?」
流石に理不尽だと思う。つねるのは止めてくれたけど。
それにしてもそうか、小佐田さんは悟さんのことが好きだったのか。
わたしのことが好きであんなことしてきたのかなって、思わないことはなかったけど、それにしては対応が雑過ぎたから、そんなに期待もしていなかった。だからショックというより、納得いったという気持ちの方が大きい。
まあ、ちょっと残念ではある。でもわたしだって別に小佐田さんとどうこうなりたいなんて思わないから、いいんだけどね。
恋に破れた後も、小佐田さんは悟さんへの気持ちを吹っ切ることができなかった。びっくりして逃げてしまったのだというし、結局気持ちを伝えることはできなかったんだから、仕方ないような気もする。
ずっと胸の内にもやもやした気持ちを抱えていて、同性に恋する気持ちもよく分からなかった小佐田さんは、修学旅行でクラスメイトの裸を見て、触れてみたら、何か分かるかもしれないと思いついた。そしてみんなが寝静まった後で、たまたま隣の布団で寝ていたわたしに狙いを定めた。
「え~……。じゃあ誰でもよかったの?」
「まあね」
小佐田さんはさらりと頷いた。なんだか面白くなくて口をひん曲げたわたしを見て、ふふっ、と軽い調子で笑い声を漏らす。
「一番、安全そうだとは思ってたよ」
「何それ。貞操観念ゆるゆるで、文句も言わずに黙って触られそうって意味?」
「事実そうだったじゃん」
そうして口封じと兄への当てつけを兼ねて、そして悟さんが、もしかしたら手を出してくれないかなという一抹の期待を込めて、わたしを家に呼んだというわけだ。
「でももうお終い。きっぱり諦めます。ちゃんとフラれてきました。手作りのクッキーも受け取ってもらえませんでした」
小佐田さんはぐりぐりとわたしの鎖骨に額をこすりつけながら言った。きっぱり諦めると言った割には、一度きりの使い捨て女を連れ出して抱くくらいには未練たらたらに見える。
彼女は頑張ったのだと思う。彼には透さんっていう心に決めた人がいて、恋人の妹で、恋愛対象にはされていないと分かっていても、それでも勇気を出して想いを告げた。
小佐田さんのことだからきっとあんまりうまく言えなかったんだと思う。みっともなくて、縋り付くようで、心を込めた贈り物も受け取ってもらえなかった。でも、立ち向かった。
そんな小佐田さんのことを立派だと思う。思う存分甘えさせてあげたいと思う。話を聞いていた限り、わたしはどうやらもらい事故の被害者に過ぎない感じだけど。
それにしてもどうしてわたしはこんなところで裸になって、下着姿の女の子を慰める羽目になってるんだろう。こういうのの相手は井上君が良かった。彼になら行きずりに抱かれて捨てられてもいい。……流石に良くないよ、そういうのは。
わたしが我が身の不幸に思いを馳せていると、小佐田さんから衝撃の言葉が飛び出した。
「あ、そう言えば。兄貴と悟さん、わたしたちのこと、付き合ってると思ってるみたいよ」
えっ、と目を剥くと、小佐田さんはさも嫌そうな顔をしてわたしを見てきた。
「まあ、今考えてみれば当然よね。だって兄貴たちにとってわたしたちって、隣の部屋でヤってた奴らだし」
言われて、それはそうだと納得した。たぶん、一般的には、お付き合いを始めてからそういう関係になるものだ。だから透さんも悟さんも、わたしに申し訳なさそうな顔をしていたのか。
「その誤解は解かなかったの?」
「嫌よ、わたし。悟さんに付き合ってもいない女を抱くような人間だと思われるの」
あまりに身勝手な言葉に、事実じゃん、という言葉を呑み込んで苦笑いした。
「別れたってことにしたら?」
「もう一度冷静になって考え直しなさいって言われた」
「はあ」
「あと、誠実に話をしてやり直すなら、きっと分かってくれるって。そうでないなら殴られて来いって」
不意に小佐田さんがわたしの乳首をぎゅっとつねった。思わず悲鳴を上げて跳び上がる。新しい扉が開いてしまったらどうするの。もうわたしは今のままで手一杯なので、結構です。
「わたしの知らない内に、随分うちの兄貴をたらしこんでくれたみたいじゃん。完全にあんたの味方だったけど」
「そ、そりゃあそうで……痛あっ」
考えてみればわたしは裸で、小佐田さんは下着だけでも着けたまま。防御力が違う。圧倒的不利状況だ。
「で、どうなの」
「え?」
「だから、許してくれるの、くれないの」
「いや、許すの許さないのっていうか……痛いって。許す。許すから止めて」
わたしが言うと小佐田さんは満足そうな表情になって、つねったところをなめてくれた。その表情には、わたしを学校から連れ出した時の切実さはない。いつもの調子を取り戻しているように見えた。
わたしはなんとなくほっとして、解かれて乱れた長い髪を撫でてあげた。小佐田さんは気持ちよさそうにぐりぐり頭を擦り付けて、わたしのおしりをそっと撫でた。
わたしがちょっと身体を震わせたのに気づいたのか、小佐田さんは顔を上げた。意地悪げにほほ笑む。
「ねえ、してあげようか」
あの時みたいな挑発的な声だった。
「今度は、ちゃんと最後まで」
身体の奥、炎が一気に燃え上がった。じんと肌と肌の触れ合う場所が敏感になって、少しこすれ合わされるだけで下腹部に響いていく。
わたしの目に熱っぽさの宿ったのに気が付いて、小佐田さんもにいと唇の端を吊り上げた。
わたしはそんな小佐田さんを意志の力を振り絞って少しだけ遠ざけた。
「ねえ、小佐田さん」
「なに?」
「結局どうだったの」
「何が」
「触れてみて、なにか分かった?」
小佐田さんは少し考えた後、不貞腐れたように唇を尖らせた。
「まあ、あんたの身体は、嫌いじゃないかな」
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