第15話 聖戦士レイル
王都
魔王城へと続くダンジョンから逃げ帰った勇者パーティの一人、聖戦士レイルは暇をもてあましていた。
「こうも暇なら腕がなまってしまう。魔物退治でもいかないか?」
同じく王城でゴロゴロしている勇者ウェイと聖戦士ソフィアを誘うが、すげなく断られてしまった。
「別にいいじゃないか。治療魔法なしで戦いに出かけるなんて無謀だろう。俺たちは魔王がせめてきたときのために、万全の状態で王都に待機しているべきだぞ」
「そうですわ。それに騎士のあなたと違って私は援助してくださっている貴族たちとの交流でで大変忙しいのですわ」
二人はそういって、魔物退治を断ってきた。
「だ、だが……魔物の攻撃はますます激しさを増している。こうしている間にも罪のない民が……」
「知るかよ。勇者だからってそこまで面倒みられるか」
「彼らは私たちを頼らず、自分でなんとかすべきでしょう。私たちの役目は魔王を倒すこと。今は準備が整うのを待つべきですわ」
そんな彼らに対して、レイルは怒りの声を上げる。
「準備が整うまで待てって。お前たちは遊んでいるだけではないか。知っているぞ。ウェイは毎日街で女遊びを、ソフィアは貴族の令嬢たちとお茶会をしているだけだ」
鋭く指摘されて、ウェイとソフィアは決まり悪そうに目をそらす。
しかし、反論を思いついたのか、ウェイが笑いながら言った。
「だけど、どうやって魔王のダンジョンまで行くんだ?そもそも転移石はもうないぜ」
ウェイの言葉にレイルは言葉を詰まらせる。たしかに転移魔法がなくなった現在においては転移石は貴重な物になり、何度も負けて逃げ帰ってきた勇者パーティには簡単に支給されなくなっていた。
「次に魔王ダンジョンに行くのは、準備が整ってからですわ」
「だからその準備とはなんだ!」
レイルが激昂したときに、王から使者がやってくる。
『聖戦士レイル様。王がお呼びです」
呼び出されたレイルは、しぶしぶ玉座の間に行くのだった。
「おお、聖戦士レイル殿。早速だが貴殿に頼みたい。あなたの故郷であるマッスル村に行って、『生命のオーブ』を提供していただきたいと頼んでほしい」
王からはそんな依頼が来て、レイルは驚いてしまった。
「『生命のオーブ』はこの世でたった一つしかない宝です。私が何を言おうが、村長は絶対に提出しないと思います」
「だが、治療魔法がなくなった現在、その代わりになるものはポーションしかない。それは生命のオーブをもってしなければ作り出せないのだ」
王は厳しい目でレイルをにらみつける。
「そんな!他にも方法はあるはずです。例えば水の精霊ウンディーノどのに頼るとか!」
「残念だが使者を使わせたところ、ウンディーノどのはすっかり力を失ってひきこもりになっておる。「ルピン怖い」とつぶやくばかりで、姿を見せなかったようだ」
王はそういうと、周りの騎士たちに合図する。
それを受けた騎士たちは、一斉にレイルに槍をつきつけた。
「断るというなら、村ごとほろぼすしかない。世界を救うために」
「そんな……」
王の非情な命令に、レイルは打ちのめされる。
「心配するな。ずっと取り上げようというのではない。魔王を倒すまで借りるだけじゃ。使者としていってくれるな?」
「……はい」
長い沈黙の後、レイルはうなずくのだった。
「なるほど。そう来たか」
天空城から勇者たちを見下ろしていた俺は、思わずニヤリと笑ってしまう。
転移魔法の消滅で流通が破壊され、治療魔法の消滅で医療も失われた。
国中の経済的・心理的不安は増大しているだろう。
せめてポーションだけでも確保しておかないと、王国内で民による暴動が起きるかもしれない。
「だけど、ポーション作りはレイルの故郷である『マッスル村』の収入源だ。簡単に手放すとは思えない。無理やり取り上げようとすると、村のモンク僧と王国の騎士の全面戦争になるだろうな。そのとき、レイルがどう動くか……」
マッスル村には生命を回復させる『生命のオーブ」が安置されていて、全世界で流通している回復ポーションの原料となっている。当然その販売は村の独占になっており、それをとりあげようとすると反抗されるのは予想がついた。
「よし。レイルが王国を裏切って村に付かないように、先回りして手を打っておこう」
そう決めた俺は、マッスル村に天空城を移動させるのだった。
マッスル村
この村にある神殿には「生命のオーブ」が安置されている。そのおかげで、村にいる人間は常に若々しく、美しい健康体を保っていられた。
まあ、それも今日までなんだが。
村の入り口に降り立った俺は、筋肉ムキムキの衛兵に止められた。
「何者だ?旅人か?」
そう問いかけられた俺は、とりあえず下手に出てみる。
「世界から治療魔法が消えたので、ポーションを買い付けにきました」
そういってみると、衛兵は値踏みするように俺を睨み付けた。
『買い付けだと?ふむ……その貧弱な身なりからして、大した商人ではなさそうだな。残念だが現在この村には国中の大商人や大貴族が集まっておる。今のポーションは貴様のような小僧が手を出せる金額ではないぞ?」
「そんな!私の村では多くの人が困っているんです!」
そういって困る演技をしてみると、彼らは馬鹿にするように笑った。
「知らんな。普段からカラダを鍛えてないから、いざという時に困ることになるんだ。さあ、かえったかえった!」
衛兵は無駄に筋肉をみせつけながら、俺に迫った。
「ま、まってください。せめて村に入れてください。後は自分で交渉しますから!」
俺が頼み込むと、衛兵はいやらしい顔をして笑った。
「ふん。どうしてもというなら、入村税100万マージを払うんだな」
衛兵は大胸筋をピクピクさせながら、一般庶民の年収分もある税を吹っかけてきた。
まったく。調子に乗った人間ほど醜いものはないな。
今の俺なら強引に入ることは可能だけど、楽しみは後にとっておくとして、素直に払うか。
「仕方がない。払います」
俺は袋から100万マリスを出して、衛兵に手渡す。
「よし。なら入ってもいいぞ。どうせポーションは手に入れられないだろうがな」
衛兵はニヤニヤしながら俺を村に入れてくれた。
村に入って最初に目に入ったのは、なぜか生命のオーブが安置されている神殿の前で土下座している人々たちだった。
その人たちを、筋肉ムキムキのモンク兵があざ笑っている。
『お願いします。ポーションを分けてください。足りない分はきっととお支払いしますから」
そんな人々に、筋肉マッチョの村人は冷たく笑う。
「だめだだめだ!今ポーションは一瓶1000万マージまで値上がりしているんだ!まあ……どうしてもというなら、あんたが奴隷になるなら考えてもいいぜ」
村人は土下座している少女に向かって、嫌らしく手を伸ばした。
「や、やめてください。娘だけは!」
「うるせえ!」
とめようとした父親らしい中年男性を殴り飛ばし、ついでとばかりに少女にもビンタをする。
彼女は抵抗する気力を失ったのか、涙を流してその場に崩れ落ちた。
この光景を見て、俺は怒りを募らせる。世界から治療魔法を奪ったのは、あくまでフローラと旧教会から力と権威を奪うためで、彼ら一般庶民に対してはその代わりとして治療ポーションがあるから大した影響はないと思っていた。
しかし、現実にはポーションの供給元であるこの村が治療魔法がなくなったことに漬け込んでポーションの供給を絞り、暴利を無差ぶっているらしい。
決めた。この村から「生命のオーブ」を取り上げてやろう。
そう思った俺は、土下座している少女に近づいて声を掛けた。
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