にゃんにゃん、こにゃらら、にゃんにゃんにゃん!

琥珀 忘私

少女とネコ

 ネコ

 それは私の存在意義。ネコと結婚するのが私の夢だ。

 そんなことを考えながら、今日も会社まで通勤途中にあるペットショップの前で立ち止まってしまう。

「はぁ、ネコ飼いたいなぁ」

 私、犬岡 壱華(いぬおか いちか)は大の付くほどネコが好きだ。これは小さい頃からそうで、野良ネコをみるとどうしても触りたくなってしまうが、出来ない。

 私がまだ幼稚園に通っている頃、おぼれているネコを助けたことがあった。しかし、ネコに抱き着いた瞬間、呼吸が出来なくなり、救急車に運ばれた。病院で検査したところ重度のネコアレルギーと診断された。そこからは地獄だった。大好きなネコに抱き着けない。好きで好きでたまらないのに。そのせいか、日に日に私のネコに対する愛情は高まっていくばかり。

 そんな地獄のような毎日を過ごしているうちに私は幻覚を見始めてしまった。たぶん。

 確証が持てないのはその幻覚があまりにも現実的だったからだ。

 いつも通勤している道。いつも立ち止まるペットショップ。そんないつもの光景の中に、一匹の黒いネコが、歩いている。二本の後ろ脚で。よく海外のネコの動画で見るようなふらふらしている立ち姿ではなく、バランスをとり、さも当たり前のようにこっちに向かって歩いてくる。

「あなた様が犬岡様ですね?」

 しゃべった。ネコがしゃべった! 語尾、ニャンじゃないんだ……。

「わたくし、ネコの国からまいりました。ニャンドルと申します。このたびあなた様は『ネコの国 にゃんにゃんパラダイス』へ当選いたしました!」

 私の驚きと落胆など関係なしに、ネコ、ニャンドルはその黒い前脚を広げてそう告げた。

かわいい……。そんなことを思っている場合ではない! 自分にそう言い聞かせ、状況の把握に全神経をまわす。

1. ネコが歩いている

2. ネコが喋った

3. ネコがかわいい

 あれ……?

 結局、私の頭では分かる訳もなく、もうあきらめることにした。

「あのぉ。言いにくいんですけど私、ネコアレルギーで、ネコに触れられないんですよぉ。なのでお断りさせていただいてもいいですか?」

 この時ほど自分のアレルギーを恨むことは金輪際ないだろう。

「それなら心配ありませんよ! アレルギーのある人間様でも安心できるように、我が国の科学者たちが作った『ネコと遊べ~る!!』がありますので!」

 私の長年の苦悩はその一言で一瞬でどこかに飛び去ってしまった。

「そ、そ、そ、そんな神のようなものが!?」

思わずニャンドルの手? を握りしめそうになるが、寸でのところで踏みとどまる。

「は、はい! 『これを飲めばアレルギーなんて一生バイバイ!』がこの商品のキャッチコピーですので! 来ていただけますか……?」

 ネコの上目づかいにあらがえる者がこの世に存在するだろうか。否、存在しない。

「行きます! 行きます! どこにでも連れて行ってください!」

 こんなのもう行くっきゃないでしょ!

「ありがとうございます! ではこちらにどうぞ!」

 会社へ連絡をするのも忘れ、ニャンドルの後ろをドキドキしながら付いていく。

 裏路地を抜け、塀と塀の間を抜け、土管をくぐり抜けどこかもわからない森の入り口についた。

「少しこちらでお待ちください」

 そういうと、ニャンドルは近くにあるひときわ大きな木に近づき、

「にゃんにゃん、こにゃらら、にゃんにゃんにゃん!」

と、唱えた。

 か、かわいすぎる。

 すると、木の幹の部分がぽっかりと抜け落ち、トンネルのような空間が出来た。

「どうぞこちらへ! ネコの国へはもうすぐです!」

 木のトンネルを抜けると、そこは温かい日に包まれた楽園のような場所だ。私にとっては別の意味で。

 ネコ、ネコ、ネコ! 視界いっぱいにネコがいる! あっちにもこっちにも!

 ニタニタと笑っている私の近くに、一匹の白衣をまとったネコが歩いてくる。ネコが歩いている姿を見るのも慣れてきた。

「犬岡様、こちらをどうぞ。私どもが開発した『ネコと遊べ~る!!』でございまする」

 お盆に乗せられた瓶のラベルには、さっきニャンドルが言ったキャッチコピーと商品名がでかでかと書かれている。栄養ドリンクのようだ。

「こ、これが例の……神アイテム!」

 手に取り、キャップを開け、一気に飲み干す。その動作には三十秒もかかっていない。そして、すぐさま近くにいたニャンドルに抱き着く。もがくニャンドル。しかし、私はそんなことお構いなしだ。

 もふもふ! すべすべ! ぷにぷに!

 今まで触れなかった分、ネコに対する愛情が爆発してしまった。

「もう、死んでもいい。わが生涯に一片の悔いなし」

「そ、そんなこと言わないでください! もし死なれたらあなた様への恩返しが……」

 え?

「いえ! 何でもないです!」

 私の疑問が伝わったかのように、ニャンドルはごまかすが、そうはいかない。もふる手をさらに強め、問いただす。

「恩返しってなんなの? 私何かした?」

「白状しますから! も、もうおろして!」

 にゃーん! と悲鳴を上げ、ニャンドルはぐったりしてしまった。

「あれは五年前です……」

 ニャンドルはそう話始めた。

「五年前の大雨の日、野良ネコだった私は、川に落ちてしまったんです。それを助けてくれたのが犬岡様でした。アレルギーがあるにも関わらず、私を抱き上げ、救ってくださったんです」

「あー、そんなこともあったねぇ」

 私がネコアレルギーと分かったあの時のことだろう。

「その後、私は近くの野良ネコを集め、この国を作りました。そして、あなた様に恩返しできるようにと、いままで思ってきました。そしてあなた様の夢を叶えるために!」

「そ、それってつまり……!」

「わたくしと結婚してください!」

「はい! 喜んで!」

 即答だ。即答に決まっている! 今までの苦悩のみならず、私の夢まで叶えてくれるというのだ。そんなもの断る理由はない!

「ありがとうございます! わたくし、わたくし!」

「あぁあぁ泣かないでぇ。私も泣きたくなっちゃうぅ」

 その後、一部始終を見守っていた博士になだめられ、その一件は無事? に終わった。



~後日~

 私たちは結婚をした。もちろんネコの国で。日本でネコと結婚すると言えば、変人扱いだ。親を説得するのにも時間がかかった。ニャンドルを見せていなければ救急車を呼ばれていただろう。頭の病気だ、とか何とか言われて……

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にゃんにゃん、こにゃらら、にゃんにゃんにゃん! 琥珀 忘私 @kohaku_kun

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