第108話 風紀委員会のやり方

 要するに、力業だ。

 前もって策を練って犯行を防ぐのではなく、犯人が動き出したタイミングで取り押さえる。それができるだけの実力があると確信しているが故の作戦なのだろう。


 おしとやかな雰囲気の岸華きしばな風紀委員長だが、案外この人も脳筋なのかもしれない。


「それで、君達にどう協力してほしいかだけど……芹田せりだ君と彩月さいづきちゃんには、体育祭実行委員会を守ってほしいんだ」

「実行委員会を……?」

「あー、なるほど、そういう事ね」


 首をかしげる俺の隣で、彩月は一人で納得したように笑みを浮かべていた。


「そういう事ってどういう事だよ」

流輝るき君は『体育祭を破壊する』って聞いて、どういう手口が思いつく?」

「要はイベントとして成り立たなくさせるって事だろ? そうだな……機材を壊すとかグラウンドを荒らすとか、あとは競技中に乱入して暴力沙汰にするとか」

「結構パワフルだね。でも一番手っ取り早くて危ないのが抜けてるよ」

「……あ」


 実行委員会を守ってほしいという言葉の意味を考えると、その選択肢はすぐに出てきた。


「実行委員を襲って、進行を狂わせる……?」

「その通りです。理解が遅いですね」


 声が返って来たのは、一言多い七実酉ななみどり副委員長。彼女はタブレット端末を操作しながらこう続けた。


「企画と運営を進める実行委員会は行事の司令塔です。そこを瓦解させれば、大なり小なり機能不全を起こすはずです。重要な人物であればなおさら」


 確かに、皆をまとめている実行委員長のたちばな先輩とかが不在になったりしたら、進行に支障をきたすはずだ。


「犯人がどう出るかが分からない以上、あらゆる手段を警戒する必要があります。当然、生徒への襲撃も。それが委員長の考えなのですよ」

「なるほどな。やっぱり犯行の手口だけでも絞った方が良いかもとか思ってたけど、むしろ下手に推測して視野を狭めるより全方位を守った方が確実、って事か」

「今度は理解が早かったですね。委員長には及びませんが」


 だから一言多いんだって。委員長好きすぎだろお前。


 いつも通り吐かれる彼女の毒は置いといて、何となく風紀委員会のやり方っていうのが分かって来た。力押しの脳筋戦術だと思ったけど、万が一にも被害が出ないよう効率よりも確実性を取っているだけなんだ。

 これも学園の風紀と秩序を守るため。そう考えると、身を粉にして事に当たる姿はむしろ尊敬できる。


「そういう事でしたら、了解しました」

「ボクもそれでいいよ。せっかくの体育祭が台無しにされちゃ困るしね」

「ありがとう。やっぱり君達に頼んで正解だったよ。力だけじゃなく志もある人は強いからね」


 委員長は満足げに頷いて、椅子から立ち上がる。その際に机の引き出しから何かを取り出した。


「犯人がいつ誰を狙って来るか分からない。ここまで手の込んだ犯行予告を送る相手だ、目に見えて怪しい行動はしないはず。それでも怪しいと感じた人がいたら、君達の判断で捕まえてここに連れて来てほしい」


 俺達の前まで進み出た岸華先輩は、手に持っていた物を俺と彩月へひとつずつ手渡す。


「これは?」

「風紀委員のバッジだよ。君達二人は私が認めた正式な協力者だからね、体育祭が終わるまでは臨時メンバーとして風紀委員の権限を行使できる」


 言いながら、先輩は自分の左二の腕をトントンと指でつついた。そこには手渡されたものと同じバッジが袖についており、そこから風紀委員である事を示すホログラムの腕章が浮かんでいた。委員長だからか、七実酉の腕章とは少し違っていた。


「学園端末と接続すれば位置情報の共有や救援信号の発信などもできる。好きに使っていいよ」

「わあー、カッコイイ!」


 彩月はさっそく袖に付けて起動している。問題児扱いされてる彩月が風紀委員会の腕章を付けてる姿はなんか違和感あるな。


「どう流輝君? 風紀委員だよ! 威厳に満ち溢れてるかな?」

「威厳かぁ……身長があと十センチは必要だな」

「えー、でもあざみちゃんも同じくらいだよ?」

「確かに。じゃあ身長は関係ないのか」

「首の骨折りますよ二人とも」


 少し離れた所から殺気が飛んで来た。割と本気で折られそうだから怖い。


「ですがまあ。威厳とまでは言いませんけど、腕章それがあるだけで誰も近寄らなくなるのは確かですね」

「風紀委員って嫌われてるの?」

「少なくとも不良生徒には。不良でなくとも好意的に接する人は多くありませんね」

「そっかぁ。ちょっとかわいそう」

「同情なんていりませんよ。恐れを抱かれない刃では脅せませんので。これが風紀委員会本来の機能ですから」


 素っ気なくそう口にする七実酉は、心なしか疲れているようにも見えた。

 さっきからあまり目を合わせようとしないし、委員長席の隣に立ったまま動いていない。協力関係を結んだ程度で心を開いてくれる訳ではなさそうだ。


「まあ、その話は俺も何となく頷けるかな」


 それはそれとして、彼女の言葉はおおよそ正しいものだった。


「転入してきた彩月は馴染み薄いかもだけど、風紀委員が違反者を制圧した話とかは、学園でただ過ごしてるだけでも耳に入る。そういう物騒な話を聞いてたら、自然と距離を置きたくなるもんさ」

「ここに来てからそういうの聞かないけど、不良いなくなっちゃったの?」

「今年は彩月ちゃんが学園中を引っ掻き回してくれたおかげで多少は落ち着いてるけど、去年まではもう少し不良生徒が多かったんだよ?」

「ボクそんな大きな事したかなぁ」


 可愛らしくコテンと首をかしげる彩月。自分がどれほど大きな嵐を巻き起こしたのか分かってない様子。


「……転入早々、一年や三年の高ランク能力者を片っ端から倒してただろ。入学して幅を利かせようとした矢先に鼻っ柱をへし折られた一年の不良もいたと思うぞ」

「そうだよー。私のクラスにいる三年のランク5位だってね、去年まではやんちゃしてたけど、彩月ちゃんに完敗してからは少し大人しくなったんだ」

「ほえー」


 彩月が今まで風紀委員会に捕まらなかったのは、結果的には不良更生に貢献していたからって可能性も出てきたな。本人は自覚が無いみたいだけど。


「じゃあなおさら、ボク風紀委員に向いてるんじゃない?」

「ふふ、気に入ったならこれを機に入ってくれてもいいんだよ? 今はお試し期間ってことで。芹田君もどう?」

「やっぱり勧誘してきたよこの人……」


 体育祭実行委員会代表として風紀委員会に協力する事になった以上、この件が解決するまでは手伝うつもりだ。けどその後もここにいるとは言ってない。お試し期間とかいう話もひとまず無視しよう。


「彩月ちゃんが来てくれたら千人力だねぇー」

「彼女は向いてないですよ絶対」


 岸華先輩に気に入られたのか動物を可愛がるように頭を撫でられている彩月へ、七実酉は若干嫉妬の混ざった眼差しを向けていた。


「どうせ団体行動とかできないですよ彼女。一人で突っ走って全部破壊して現場をめちゃくちゃにするのがオチです」

「そんなことないよ! ボクだってその気になればピシッとできるよ。一位だもん。優等生だもんね」

「優等生ですか。じゃあこれからずっと居眠りせずサボりもせず毎日授業を受けられる自信はありますか? ちなみに善良な模範生としての最低ラインですが」

「…………毎日はちょっと厳しいかなー」

「おい自称優等生。そこは頷いてほしかったよ」


 思わず俺がツッコんでしまった。七実酉も呆れて声も出ない様子だ。

 まあ彩月にちゃんと授業受けろなんてのは酷なお願いか。授業に飽きて空を飛んだりするし。

 こいつ授業聞かなくても何だかんだで高得点出しちゃうし、素行さえ改善すれば『優等生』も自称じゃなくなるんだろうなあ。

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