第71話 星屑が降り注ぐ前に

「もうひとつの質問です。『スターダスト・ネットワーク』という言葉に聞き覚えはありますか」


 壁も床も天井も不気味なほど白い隔離部屋で、天刺あまざしはガラス越しのれいに問いかける。

 今度は『ゴーストタウン』の時とは違い、反応があった。意外そうにピクリと眉を持ち上げる。


『へぇ……まだあったんだ、ソレ』

「何か知ってるようですね」

『良くも悪くも「知ってる」止まりだけどね。「スターダスト・ネットワーク」っていうのは、個人の犯罪者や大小様々な犯罪組織が繋がっているネットワークの事さ。それと同時に情報、兵器、人員、あらゆるものを取引できるネットワークシステム自体の呼び名でもある』


 白緑色の目をうっすらと細め、彩月さいづき澪は犯罪者として過去に得た知識を語る。


『悪人限定の売買ネットワークにして犯罪者達の繋がりそのもの。それが「スターダスト・ネットワーク」さ。僕も存在としては知っているし、数年前には一度加入を持ちかけられた事もあった。でも』

「私が知らないって事は、『私達』に話すまでもなく断ったんですね」

『その通りさ。僕の計画に利用できなくも無かったけど、制御しにくい人員を増やすのも面倒だったし、何より胡散臭さかったからね。ボイスチェンジャーで声を隠して、その癖こっちの事は探りを入れて来るものだから』

「ボイスチェンジャー……」


 星天学園を襲ったテロリストたちの脳内記憶では、『スターダスト・ネットワーク』を名乗るボイスチェンジャーの声が確認された。澪の証言と一致する。きっと手がかりだ。


「その人物の特徴について覚えている事があれば話してください」

『そうだなぁ……一人称は「僕」だったね。基本的に接し方は好意的だった。少しおどけた話し方だけど、歩み寄るというよりどこか見下されてるような感じだったかな。話し方からしても、ネットワークに繋がってる犯罪者の事は仲間どころか道具とすらも思ってなさそうだった。真の意味で何とも思ってないって感じ? きっと彼の思惑にとってはどうでもいい存在なのだろうさ。後は、ネットワークについてよく知ってるみたいだったから、少なくとも交渉用に雇われただけのネゴシエーターやゴロツキじゃあない。ネットワークの運用に関わっている人物か、もしかしたら管理人かもね。敵を増やしそうな高慢な態度を取れるのは、敵を増やした所でどうとでもなる力を持ってる証だ』


 記憶を探るように目を伏せながら、流れるように語る澪。一度会話しただけの相手の事をよくそこまで記憶しているなと驚きながら、天刺は余すことなくスマートバンドに記録していく。


『ああそれと、もうひとつあった。これは僕の個人的な予想であって事実じゃないんだけどね』

「聞きましょう」

『深層機関。亜紅あくちゃんはもちろん知ってるよね? 国が裏で糸を引いている能力研究機関。非人道的な実験を笑顔で進めるようなおぞましい国家の闇さ』

「名前を知ってるのはサイクキアだけですけどね。それが何か関係が?」

『過去に調べた事なんだけどね、実は深層機関には、前身となる組織があったみたいなんだ』

「前身……?」


 天刺は深層機関について詳しく知っている訳ではない。いくら実働部隊の隊長だとしても、本来ならば知る由も無い機密だからだ。

 妹の居場所を必死に探した過去の澪によってサイクキアの存在を知ってしまった彼女だが、まだまだ澪の方が詳しく知っている事も多い。それこそ、天刺が澪のもとを訪れる理由の一つでもある。


『その名は「スターゲート」。どうやら特殊能力が発見される二〇三〇年以前から、「超能力」という名の異能の力に関する研究を行っていたみたいなんだ。今はもう深層機関としてバラバラになってしまったそうだけどね』

星門スターゲート星屑スターダスト……語感が似てますね」

『偶然か、はたまた何かしらの関係があるのか。何にせよ、調べてみる価値はあるんじゃないかな?』

「そうですね」


 国家直属の研究施設の前身組織と、犯罪者達のネットワーク。関連性皆無どころか真逆にも思える『スターゲート』と『スターダスト』だが、手がかりになり得る以上、調べない訳にもいかない。澪の言う通り、探るだけの価値はある。


『……さてと。僕が知ってるのはこれくらいだ。ご満足頂けたかな?』

「ええ、ありがとうございます。有用な話も聞けましたし、来た甲斐はありました」


 聞きたい事は全て聞き終え、天刺はぺこりと頭を下げた。またもや犯罪者を前にしているとは思えない仕草に、澪は頬を緩める。


『能力者の在り方を変えてしまう「ゴーストタウン」に、犯罪者の水準を底上げする「スターダスト・ネットワーク」か……亜紅ちゃんが忙しそうにするワケだ。管理局も大変だね』

「全くですよ。それに私が動くと上の方が警戒するので、捜査もやりにくいですし……」

『なるほど。犯罪者ぼくとの繋がりがあり、深層機関くにのひみつも知る若手のエリート戦闘員。上層部に目を付けられても仕方ない不安要素のオンパレードだ』


 疲れた社会人特有の重苦しいため息を吐く天刺に、澪は面白そうに笑いかけた。


『それにその分だと、実働部隊の別チームからもよく思われてなさそうだね』

「分かっちゃいますか……実はそうなんです。嫌がらせって程じゃないんですけど、陰でいろいろ言われてるみたいで。私だけなら良いんですけど、チームの皆まで悪く思われるのは少し辛いです」

『若くして新設チームの隊長に抜擢されたんだ。そんな超出世コースを嫉む人もいるだろうさ。チーム・ダイアモンドだっけ? そこの仲間とは上手くやってるみたいだし、まあ良いじゃないか。自分の事を嫌う人のためより、自分の事を好いてくれる人のために動く方が有意義だ。これは年上としてのアドバイスだよ』

「……ですね。ありがとうございます」


 思わず愚痴のようなものを零していた事を恥じながらも、澪からの真っ当なアドバイスを受け止める天刺。

 結局の所、相手が犯罪者になろうとも世話になった人間への敬意というものは変わらない物なのだろう。


「それじゃあ、今日は帰りますね」

『うむ、いつかまた会おう。光耶こうや君にもよろしく伝えておいてくれ、皆のリーダーは元気に生きてるよってね。どうせ会うんだろう?』

「どうせって何ですかもう……向こうも忙しいみたいですし、会いたくてもなかなか会えませんよ」

『へえ。会いたいとは思ってるんだね』

「……っ!?」


 天刺は顔いっぱいに動揺を露わにした。この部屋に入ってからは意識して表情を崩さないよう管理局員らしく振る舞っていたのだが、思わぬ角度からの不意打ちには対処できなかった。


『アハハ、あの頃よりは素直になったじゃないか。君もあの子も年齢的にはもう大人だからねぇー、これからに期待かな? 君達の事は夕神の次に気になっているから、次回があればそれについても聞かせてほし』


 ダンッ!! と、二人を隔てる特殊ガラスが叩かれた。

 握りこぶしこそ作っていないものの、手のひらを貼り付けながら鬼のような気迫が籠った視線の刃を向けられ、さすがの澪も口をチャックした。照れて頬が赤く染まっていようとも、その迫力はちっとも削がれていない。


「『白夜』の施設長さんにお願いして澪さんの食事だけ賞味期限が二か月切れたものにしてもらいますよ」

『……ゴメンネ』


 脅しの内容がそこまで酷くない所に人柄が出ているが、そこを指摘しても火に油を注ぐだけだ。澪は素直に謝った。


『からかうつもりは無かったんだよ。でも彼の事も気になってるのは本当さ。まだ僕が生きてると知って、あの子が喜ぶかはさておきね』

「ええ。つつがなく呼吸していたと伝えます」

『あれれ、まだ怒ってる……?』

「ふふ、冗談ですよ」


 出口へと体を向けた天刺は顔だけで振り返り、ここへ来て初めての笑みを浮かべた。


「機会があれば、また夕神ちゃんの近況と共に会いに来ますね。お元気で」





     *     *     *





 澪の隔離室を出て、天刺は来た道を戻る。何だかんだ緊張していたのか、力の入った肩に手を当てながら歩いていると、


「よう嬢ちゃん。終わったみたいだな」

「あっ、お疲れ様です」


 正面から歩いて来たのは、黒い警備服に身を包んだ壮年の男性。ちょうど先ほど天刺が話に出していた、『白夜』の施設長だ。


「今回も監視役、ありがとうございました」

「気にすんな。上からの命令でもあるし、個人的に言われなくてもやるつもりだったからな」


『白夜』の収容者との面会は、映像音声共に監視・記録される。そして今回の天刺と澪の面会は施設長の彼が記録していた。

 本来ならば施設の長がする仕事では無いのだが、彼女達に関しては例外中の例外。二人は深層機関という重大機密を知っている人間であるため、何も知らない監視員に会話を聞かせる訳にはいかない。なのでこの二人の面会に限り、全ての事情を知っている施設長が記録の役を担っていた。だからこそ、天刺も澪も機密だらけの会話を堂々とできていたのだ。


「それより『嬢ちゃん』はやめてくださいよ。もう二十一ですよ?」

「いやいや、俺の娘とそう変わんないぞ? まだまだ子供ぶっても良い年頃だぜ」


 施設長は陽気に笑うが、目が痛くなるほど白い廊下に誰もいない事を確認すると、一転して真面目な顔になった。


「それで嬢ちゃんよ。本当に大丈夫かい?」

「大丈夫、と言うと?」


 意図が分からず質問に質問で返すと、施設長は薄いあご髭をさすりながら、横目で天刺が歩いて来た方向――澪の隔離室を見た。


「あいつと会話して大丈夫なのか、って意味だよ。ここの長として管理をしてる身から言わせてもらえば、あいつは化け物だぜ。まあ『白夜ここ』に送られてくる犯罪者なんざ総じて普通じゃねえんだがよ、あいつはひと味違う。何度も言うようだが、自分で自分の思考を操作して能力を回避するヤツなんざ俺は初めて見た。能力がダメならと普通に話をしようとしても、嬢ちゃん以外の人間には意味不明な事しか言わねぇ。強引に頭ン中覗いた奴はもれなく発狂する始末だ。それに……」

「……それに治療不可能の重篤なシスコン、ですもんね」


 施設長が険しい顔で唸るも、天刺は苦笑を浮かべてサラリと返した。


「オイオイ、俺は本気で心配してるんだぜ? 知らない所で精神的なダメージを受けてんじゃねぇかってな。嬢ちゃんみたいな子があいつと普通に言葉を交わしてるのが不思議でならねぇんだ」

「ご心配ありがとうございます。でも全然大丈夫ですよ? 確かに澪さんは面倒臭い人ですけど、話しただけで気が狂ったりはしません」

「なら良いんだが……嬢ちゃんとあいつに複雑な因縁があるのは理解してる。あいつを生かすために上層部と取引してるってのも聞かされたし、俺もそのうえで嬢ちゃんに協力してる。けどな、国相手にをするなんて、流石に他人の俺でも肝が冷えるんだ。嬢ちゃんは本当に、そこまでしてあの男を生かしたいのか?」

「ええ。危ない橋を渡っている自覚はあります。でも、約束なので」


 まだ若干の子供っぽさが残る顔に儚い微笑みを浮かべながら、しかし決して揺るがない芯を持っていると分かる目で、天刺は告げた。


「たとえどんな人だろうと、どんな形だろうと、どんな結末になろうとも。もうこれ以上『身内』を死なせない。それが、もう会えない友達との約束なんです」

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