第17話 狂信的な乙女たち
「は?
いきなり連れて来られた校舎裏で、カツアゲでもされるのかと思えば、全然違う要求が来た。
「何、教えられないっていうの?」
「いやそんなので良いなら言うけど……」
マリーゴールドの髪を肩まで伸ばした女子生徒が凄んで来たので大人しく従う。
「確か好きな食べ物が麵類と豆腐で、趣味は筋トレで好きな動物は……」
「ああーちょっと待ちなさい! 最初から順番に!!」
俺が言い始めた途端、彼女は慌てたようにスマートバンドを操作して、メモアプリを起動し書き留めていく。何なんだこの子。まあ取りあえず思いつく限りの志那都についての情報を――
「って、そんな簡単にいくと思うか?」
「なっ!?」
俺を害しようという要求ではないと分かった今、わざわざ言いなりになってやる道理はない。我ながら情けないとは思っているが、相手によって態度を変えるのも処世術だ。うん。
「どこの誰かも知らない人に、どんな使われ方されるかも分からない個人情報を教える訳ないでしょうが」
「た、確かに、言われてみればそうね……」
まるで今気付いたかのように腕を組んで考え込む。そんな反応されても困るんだが。
「私は
「え?」
「え? じゃないわよ。自己紹介よ自己紹介。どこの誰かも知らない人に教えられないって言ったのはあんたでしょ?」
「いや、どこの誰かを明かせば全部喋るとも言ってないんだけど……むしろそうまでして情報を集めるとなると余計に怪しい」
「じゃあどうすりゃいいのよ!?」
詰め寄って来る女子生徒に、俺は言葉に詰まる。どうって言われても、むしろ俺だって聞きたい。この場合はどうするのが正解なんだ。
「まあでも、とりあえず話を聞かせてくれないか? 俺も友達の情報を悪用されたくないだけだし、お前が悪いやつじゃないって分かれば、志那都の好きな物くらい普通に話すよ」
「う、うーん……」
「ここで言いよどむってことは怪しい理由なんだな? 帰らせてもらおうか」
「分かった……分かったわよ! 確かに今のは私が強引すぎたかもしれないし」
不服とはいえ彼女自身も納得したようで、マリーゴールドの女子生徒――双狩は渋々と言った様子で口を開く。まさにその刹那だった。
「見つけた! 見つけたわよ!!」
横合いから、そんな声が響いた。
「やば」
ビックリしたように声のする方を向く双狩。視線の先を追うと、何やらただならぬ気配で十人ほどの女子生徒がこちらに走って来ていた。おそらく学年もバラバラの彼女たちは、部活の集まりか何かだろうか。その誰もが、その敵意むき出しの視線をある一点に向けている。
「裏切り者のあの女を今すぐ捕らえるのよ!!」
「「「「うおおおおおおおお!!」」」」
先頭を走る女子がそう叫び、後に続く少女達も声をそろえて呼応する。あまりに異様な光景だが、疑問を挟む余地は無かった。
続いて飛んで来たのが言葉ではなく、能力による攻撃だったからだ。氷や石の礫が少女達から俺達に――主に双狩に向かって山なりに飛んで来た。
「なになに、何だこの状況!?」
俺は考えるより先に前に出て、それら能力攻撃を打ち消した。咄嗟の行動だったのだが、それもまずかったのかもしれない。能力を放った彼女たちは立ち止まり、強気な視線を俺にも向けた。
「なるほど……
「敵対ぃ? ちょっと待て何の話だよ。一から順に話してくれ」
俺が彼女たちの能力を打ち消したのは、あのままだと双狩に当たっていたからだ。彼女たちと敵対だなんて思ってすらいない。そもそもどこの誰かも、どんな集団なのかも分からないのに。
「その女の味方をするって事は、私たちの敵となる事と同じ。私たち『
「風守隊? 何だそれ」
俺の問いに、背後から双狩が面倒そうな声で答える。
「……志那都さんの親衛隊、もといファンクラブよ」
「あいつのファンクラブか……」
心当たりはあるな。存在自体は噂程度に聞いた事があるし、この前の俺と志那都のランク戦の時もいたような気がする。
志那都は
「で、どうして双狩はそのファンクラブに狙われてるんだ?」
「……」
双狩にも問いかけてみるが、彼女は答えない。答えたくない事情があるみたいだ。
なら、なおさら俺がどうにかしないと面倒なことになる気がする。俺は両手を広げて、あくまで友好的な姿勢を見せて謎の集団に話しかけた。
「俺に戦う気は無い。だからどうして双狩を狙うのか教えてくれないか? 俺も巻き込まれちゃったぽいし、無視はできない」
「巻き込まれた、ね……そもそもあなただって当事者なのよ、芹田君」
「え、俺が……?」
俺、志那都のファンクラブと関わった覚えなんて無いけど……まさかあいつに負けた生徒は問答無用で加入とかいう裏ルールがあるのか……!?
疑問が顔に出ていたのか、ファンクラブの先頭に立つ青いセミロングヘアの女子生徒は、腰に手を当ててこう言った。
「私たち風守隊は、志那都様の事をずっと見ていた。志那都様が授業を受けている時も、ランク戦をしている時も、寮でトレーニングをしている時もね。だからこそ志那都様の事は志那都様自身の次に詳しく知ってるわ」
「ストーカーじゃん」
バチッ!! と、俺の目の前で稲妻が弾けた。実際には、俺の顔面めがけて飛ばして来た電撃能力を、俺の能力が打ち消したのだ。いきなり過ぎて声すら出なかった。
顔面は駄目だろ顔面は。いくら打ち消せるからってツッコミ感覚でどこにぶつけてもいいってもんじゃないんだぞ。
「そして志那都様は今まで、誰とも慣れ合う事をしなかった孤高の存在だったのよ。けれど最近は、あなた達と仲良くされているそうじゃない」
「まあ、そうだな」
一度戦ってから、あいつは俺たちに少しは気を許してくれている気がする。元々ランクが低いからって人を見下すような奴じゃなかったけど、ランク戦で能力をぶつけ合ってからは俺の事を競い合う仲間として認めてくれているような、そんな感じだ。
「もしかしてお前たちファンクラブは、あいつと仲良くしてる俺達が羨ましいって事? もしくは気に食わないとか」
「もちろん、羨ましくないと言ったら噓になるわ。でも、私たちはあくまで親衛隊。志那都様の身に万が一が無いよう陰からお守りするのも使命の一つ。だからあなたのように隣に立つ存在になる必要はないの」
でもね、と言葉を区切り、風守隊の女子生徒は双狩を指さした。その瞳には刃物を突き付けるかのような鋭さがあった。
「その女は違うのよ。風守隊に入りたいって言うから受け入れてあげたのに、今はどう? 私たちを出し抜いて、志那都様の友人であるあなたから志那都様の情報を聞き出そうとしているじゃないの」
そう言えば、確かにそうだ。双狩は俺を捕まえるや否や、志那都の好みについて事細かく聞き出そうとしていた。彼女たちの言い分は間違ってなさそうだ。
「あなたが『当事者』だって言うのはそういう事よ。あなたは志那都様についての情報を一番多く持っていそうな人物だから」
「……そんなに言うほど持ってないぞ、志那都の情報なんて」
「量は問題じゃないのよ。私たちが知らない志那都様の一面をあなたが知っているという『可能性』があるだけで、それは決して無視できない事なのよ」
「お前たちにとって志那都は何なんだよ……」
話を聞くに、あまり関わり合いになりたくない種類の人達であるという事は分かった。なるべく距離を置きたい。
まあつまり、話をまとめるとこう。
志那都ファンクラブの一員である双狩は抜け駆けして俺から志那都について情報を得ようとし、ファンクラブの怒りに触れた、と。
「……正直、微妙な所だな」
ファンクラブの彼女たちからすれば、双狩は裏切り者。でも第三者である俺から見れば、風守隊の考えは少々極端だ。さっきも躊躇なく能力をぶつけようとしたし、志那都に熱狂的なあまり裏切り者には容赦が無いのかもしれない。それはまるで、教えを信じない異教徒を糾弾する宗教か何かのよう。
「まあそう言う事だから、大人しく制裁を受けなさい、裏切り者」
鋭い言葉と共に、再び能力をぶつけようと構える風守隊の女子達。続いて先頭の彼女はこうも言った。
「それと芹田君。話を聞いたから分かってると思うけど、今あなたが持つ志那都様の情報は未知数。いつ、そこの女のような裏切り者に『利用』されるか分からないわ。だから、事が治まるまで私たちが保護する事になったの」
「……は? 保護?」
「ええ。具体的には、常に風守隊の監視をつけるわ。志那都様の情報という神秘の宝を狙う輩が現れた場合には、あなたを秘密の隠し部屋に閉じ込めてでも守り抜くつもりよ」
「いやそれ監禁だろ」
……とんでもない事言ってるって自覚は無いのか? 無いんだろうな。
今のでほぼ確信した。彼女たちはヤバい。話し合いこそ可能だが、価値基準がそもそも違うので論争は一生平行線だ。
そして最終的には、数に物を言わせての実力行使。きっと俺が持っていると勝手に思われている志那都の情報の保護という名目で、情報の独占でも企んでいそうだ。
「……悪いが、お前達には付いていけない」
双狩に向けられた能力の矛先に割って入るように、俺は一歩前に出た。自然と双狩を守るような立ち位置になる。
「今までの話は志那都には言わないでおく。だから今日の全ては無かった事にして、お互い解散という事で――」
「悪いけど、あなたにこの場を治める権限は無いのよ」
先ほどまでとは打って変わって、語気の冷たい一言が浴びせられた。それは彼女たちが俺を敵とみなしたという事。彼女の一言で皆の意思が固まったかのように、それぞれの瞳が耀きを帯びる。
「最初からこうなる事は決まっていたのかもね……もうなりふり構わず実力行使よ!! 芹田君は捕らえ、裏切り者は断罪する!!」
先頭にいる女子生徒の、その声が引き金となった。
色とりどりの能力攻撃が、俺と双狩に向かって炸裂した。
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