第30話 その時のカルム

(あ~、この顔か。まあ、緊張と言うか、顔が緩むのを抑えているのだろうけれど、これはな)



姉上の世界一可愛い上目遣いにやられている彼に、同情しながらも苦笑する。



視線を感じて見ると、シスもおそらく僕がしているであろう顔と同じ顔をしていた。事前にシスから話を聞いていたハルマンも、武骨で不器用な元同僚を思い浮かべたらしく、以下同文だ。



シスは上手く誘導して生徒会でも接点を増やしてくれているようだが、姉上の思い込みを変えるには至らないらしい。先日の生徒会での顛末も聞いて、さすがに彼に同情してチャンスをと思い、この買い物企画をした訳なのだが。



この顔を見ると、納得してしまう。


姉上も頑固なところがあるしなあ。


純粋過ぎても拗れたりするものだしな。でもまあ、僕が本気で何とかするのは、姉上が彼を選んだら、だけどね。



「あの、ではこちらへ」



そんな僕達の生温かい視線には気付かず、彼はギクシャクしながらサロンのような部屋に案内してくれた。異国情緒に溢れながらも落ち着いた部屋だ。さすがヘンドラー家のセンスだな。



「わ、あ。素敵なお部屋ですね。珍しいものがたくさん。この織物、とても繊細で素敵。藍国のものかしら?」


「ありがとうございます。さすがシャルリア様ですね。お察しの通り、この部屋は藍国風にしております」



さすが、姉上のご慧眼。で、彼も仕事柄絡みだと普通の顔で話せるんだよな。これがこれで余計に周りに誤解をされるのだろう。



「お菓子もお茶も、彼の国の物です。お口に合えばいいのですが」


「お花の香りのするお茶なのね。とても美味しいわ」


「良かったです」



姉上の言葉に、ホッと笑顔を浮かべる彼。それ!その顔だよ!もう、彼は常に何事も仕事だと思えばいいんじゃないか?……いや、それもアレか。仕事と同じに思われても微妙だよな。



「お三方も如何ですか?」



うん、こっちにもちゃんと話題を振るね。合格。



「僕も好きだな。シスとハルマンは?」


「私も好きです」


「お、私には少々、香りが強く感じますね。すみません、武骨で」


「いえ!様々なご意見はありがたいです。参考にさせていただきます」



うん、商人としても合格。



アズさんの話し方からすると、少なからず子爵家ってことを気にしているみたいだけれど、これからは爵位だけがものを言う時代でもなくなるだろうし、ヘンドラー家の躍進ぶりはなかなかだ。


アウダーシア公爵家うちも落ちぶれるつもりはないけども。



いろんな意味でも悪くない。



まあ、結局。姉上の気持ち次第なんだけどさ。



それにルト様とフォンス様だって、悪くないどころかかなりの優良物件だ。



今思えば、従兄弟の為に身を引いたとは言え、ルト様は婚約者をなかなか決めずにいた。無意識的に、姉上たちが正式に結婚するまでは……とかいう想いもあったんじゃないかなと思う。


昔も、とも言ってたみたいだし、前世でも姉上に惹かれていたのだろう。うん、姉ちゃんも可愛かったからな!


一途と言えば一途。なのかな。



フォンス様に至っては、姉上の為に国の仕事から一線を退いたし。飄々としているけれど、姉上の傷に考慮してくれたのだろう。そして一線から引いたとは言え、彼の有能さはいろんな場所で引く手あまただ。年上で包容力もあるし、武術も達者。



二人共に非の打ち所がない。シスコンとしては、少々気に入らないが。



でも、昔から知っているせいなのか、姉上がイマイチ踏み込まないんだよな。口説かれまくって、慌ててはいるけども。そんな姿もまた世界一可愛いが。



(まあ別に。姉上が誰も選ばなくても、うちに残ってもらっても僕は本気で構わないしね)



幸せになってくれるなら、どんな協力だって惜しまないけれど。



「慌てる必要もないしねぇ」



今回も微妙に空回りな彼を見ながら一人言る。



「何か言った?カルム」


「いいえ。姉上も気に入ったなら、こちらの茶葉を買って帰りましょうか?」




これからも邪魔にならない程度に、立ち回らせてもらうとしよう。

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