第29話 お買い物、と

「まあ、どれも素敵ね。どれがルト様らしいかしら?ルト様はシンプルなものが好きよね」


「そうですね。立太子に向けて執務も増えたようですし、疲れにくかったりするのもいいかもしれませんね」


「あっ、そうよね。グレイさん、オススメはあるかしら?」


「それでしたら、こちらの……」



週末になり学園の休日の今日、私はカルムと共にグレイさんちのヘンドラー商会にお邪魔している。ルト様の誕生日プレゼントを選ぶ為だ。もちろん、いつものシスも一緒。そして諸々の手続きを済ませて正式にカルムの護衛になったハルマンも一緒だ。



毎年幼馴染みズの間では、お互いの誕生日には家からのものとは別に、幼馴染み兄弟姉妹からの贈り物を贈り合っているのだ。昨年はここに一人っ子のクズもいたわけだけど。ともかく、毎年恒例なのだが、ここ最近の私の気持ちが忙しく、準備をすっかり忘れてしまっていた。


それを昨日、「姉上、今年のルト様へのプレゼントはどうされますか?」とのカルムの一言で思い出したのだ。



何も考えていなかった(ルト様、こめん。だってエスコートどうしようとか、そっちが……ルト様とフォンス様、どちらと結婚しても幸せにしてくれると思うけど……いや、今はプレゼント!)私が悩むと、



「グレイさんの、ヘンドラー商会に相談しませんか?最近、彼は生徒会に入られたのですよね?商会もずいぶんと手を広げられているみたいで珍しい品もありそうだし、如何でしょう?」


「あっ、そうね!いいと思うわ。さすがカルム」


「ありがとうございます。では明日さっそく参りましょう。シス、先方に連絡をよろしく。あ、グレイさんに対応をお願いしてくれる?挨拶したいし、同世代の意見も聞きたいからね」


「畏まりました」


「さすがカルムだねぇ」


「……グレイさんとも直接会ってみたいし」


「ん?何?」


「いえ、せっかくですから、ルト様にも喜んでいただきたいじゃないですか」


「そうね!」



と、相成りまして、今ここ。



始めは初カルムに緊張していたグレイさんだったが、商品の説明が始まると商人スイッチが入ったらしく、淀みなく事を進めて行く。


ちなみに、プレゼントはまだこの世界では珍しい万年筆にした。



「こちら、職人が一つ一つ木彫りで作っておりまして……こちらはこの飾りを付けることもできます」



生徒会の仕事も黙々と誠実にこなしてくれているけれど、営業のキラキラ笑顔のグレイさんも新鮮だわ。女性と話す時も相手を商品と思えば……って、それはいろんな意味でイカンな。



「姉上?どうされました?」


「あっ、ごめんなさいね。いつもよりグレイさんが生き生きしているものだから、つい見つめてしまって」



しまった、せっかく色々説明してくれているのに、アホな事を考えていたわ。



「商品説明も丁寧で分かりやすくて、感心してしまいました。さすがヘンドラー家のご長兄ね」


「あ、りがとうございます……」



私が本心から褒めると、グレイさんは先ほどまでのキリリとした商人顔はどこへやら、一瞬で真っ赤になり、かなりの小声でお礼を言った。


アズさんには申し訳ないけれど、最近はこのギャップがかわいくて仕方ない。……彼は一途そうだから余所見はしないのだろうし、女性に褒められたら誰にでもこんな反応になってしまうのでしょうけれど。



って、私は今、何でモヤッとしたのかしら。



「僕もそう思います。それで、姉上?どれにしましょうか」


「そ、そうね。やはり木製が良いかしら。自然と手に馴染みそうですし、長く使っていただけたら味も出るでしょうし」


「そうですね、僕もいいと思います。グレイさん、ではこちらをラッピングお願いします」


「ありがとうございます。畏まりました」



グレイさんは従業員の方を呼び、ラッピングの指示をする。皆さんテキパキと動かれていて、きちんとした商会なのが伝わる。



「僕のような若造が言うのも生意気ですが、従業員の方々の動きもしっかりされていて、立派なご商会ですね」


「そんな、若造などと……!公子様にそう仰っていただけて、光栄でございます」



そう言って、グレイさんが破顔一笑する。眩しいわ。商会が本当に大好きで、誇りなんだろうな。



うんうん、と私がしみじみとしていると、グレイさんはいつもの真顔に戻り、そわそわしていた。そして、意を決したように口を開く。



「あの、まだお時間が許されるなら、お茶など如何でしょうか?珍しい藍国のお菓子がありますので。シス様とハルマン様も是非」



藍国とは、海向こうの遠い国だ。



「まあ!是非!いただくわ」


「姉上、せっかくグレイさんが天使様と呼んで下さっているのに、食べ物に釣られるようでは幻滅されますよ」


「ごめんなさい、はしたなかったかしら?実はね、私、お菓子が大好きなの……」



しまった、カルムもいるし、普段の面子に囲まれているものだから、少し地が出てしまった。ちょっと反省。


まあ、天使様扱いはこそばゆいし、幻滅されてもいいと言えばいいのだけれど。……グレイさんにがっかりされるのは嫌だなあ、とか。思……、いやいや、構わないでしょ?うん、天使だの妖精だのは恥ずかしいもの!



「上目遣い、かわ……!ん、んっ、そんな、幻滅なんて。シャルリア様は、その、どんなシャルリア様も、お、私にとっては、て、天使です」



グレイさんが、真っ赤な顔で、いつもの五割増し怖い顔でそんなことを言ってくれる。最初の方は聞こえなかったけど、噛みながらも苦手な誉め言葉を並べてくれる姿は、頑張ってくれているのが分かる。



分かるのだけれど。



私の為に笑顔を浮かべてくれることはないのだろうと思うと、胸の奥がチクリとした。

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