第16話 王国一の社交上手

フォルテロ領に滞在予定は二週間。私達は、せっせと領地視察に励んだ。特にメインの道場視察は、かなりためになるし、とても楽しい。


驚いたことに、現世の格闘術と前世の合気道を合わせたような新しい体術を作り上げたのはシスらしい。シスに合気道はどうやって説明したのと聞いたら、「夢で見た、と、ごり押ししました」と、とてもいい笑顔で言われた。さすがだわ。そしてシスと無事に婚約が決まり、浮かれポンチになっていたハルマン様を何度も投げ飛ばしていた。


シスが強いのは嬉しいけど、ハルマン様もカルムの護衛になったのだから、それでいいのか心配だわ。カルムは全く気にしていないようで、笑って見ているけれど。





そして、日程も中盤に差し掛かった頃。



「お邪魔するよ~!戦女神と妖精姫が御座おわしているって?」


本日もシスのお稽古の傍らで見学をしていると、綺麗な一人の男性が入って来た。


「フォンス様!」


ハルマン様の声に、皆が立ち上がり頭を下げる。私も淑女の礼をとる。


「ハルマン。固いのはやめてくれって、いつも言ってるだろ?皆も、楽にしてよ」


「そうは申されましても」


「アウダーシア家にとってもだろうけど、にとってもフォルテロ家は恩人だよ?こちらがへりくだりたいくらいなのに」


優しい穏やかな笑顔で、でも周りを制するようなオーラのある方。


フォンス=グランツール公爵令息。


先王弟殿下の末っ子長男、25歳だ。つまり、彼のお父様がシスのお祖父様に助けられたということで、まあ、うちと同士と言えば同士。「うちは王位継承権は放棄してるからね~」と言ったって、いざ、本当に何かがあったりしたら、知らぬ存ぜぬではいられない方だ。


そして。


「シャルリア嬢、うちのイトコオイが迷惑をかけたね~!」


そう、彼は現王の従兄弟なわけで。ルトハルト様とクズロイエのイトコオイにあたる。


博学で、見識が広くて、行動力もあり、更に社交上手。そして王族あるあるの美形で、婚約者なし。完璧な優良物件とも言えるのだけれど。


「ダメだよねぇ、あいつ。本物の遊び人は女性を泣かせないものだよ」


フォンス様はウインクしながらそう言って、さらりと私の右手を取り、手の甲にキスを落とす。


そう、彼は社交がのだ。


「ウインクが嫌味に見えないのって、ある意味才能よね」


彼の一連の流れるような仕草に、思わず本音を一人言る。


「ん?すまない、聞き取れなかった」


「いえ、私は泣かされてはおりませんので、お気になさらずと」


今生ではね、と、心の中でぼやきつつ、微笑んで見せる。


「フォンス様、ご無沙汰しております」


「やあ、カルム。君も立派になったね」


「ありがとう存じます。こちらで立ち話も何ですので、場所を変えませんか。お茶の準備をさせますので」


カルムはそう言いながら、フォンス様の手から私の手をさらりと取り返す。


「わあ、相変わらずだねぇ、カルム」


「お褒めいただき、ありがとう存じます」


「はは。何だか悪いね。皆の稽古の邪魔をしてしまったかな?せっかくの妖精姫の見学もあったのに。ねぇ、ハルマン?」


「いえ、そろそろ朝稽古終了の時間ですから。なあ、シス?」


「そうですね。そうお思いになるのでしたら、もう少し遅い時間にいらしていただきたかったですけれど。しかも先触れもなく……お嬢様との楽しい時間を……」


「こら、シス!」


「あはははは~、そうだよね、ごめんて。戦女神様も相変わらずブレないねぇ」


シスが失礼な事をぼやいているが(先触れがないのは確かにあれだけど)、フォンス様は全く意に介さず笑って受け流されている。南のグランツール公爵家は、フォルテロ家から見るとリッターナ家と逆隣なので、幼馴染みの妹のように親しいのだろう。


「その、戦女神も止めてください。お嬢様の妖精姫は間違いないですけれど」


シス、そこは私のそれも止めるように言って欲しいわ。


「ええ!君にぴったりじゃないか!美しくて強くて、辺境騎士団の女神じゃないか。可憐な妖精姫を守る、美しい戦女神……!最高だよね」


シスは氷のように冷たい目線でフォンス様を見ているけれど、周りのお弟子さん(騎士)達は、こっそり頷いていた。


「私の妖精姫も、かなり恥ずかしいのだけれど……」


「何を仰いますか!可憐で凛としていてお優しいお嬢様は、間違いなく妖精姫です!」


「そうですよ。姉上が妖精姫じゃなかったら、誰が妖精姫ですか」


私の一人言に、シスとカルムが食い気味に被せてくる。二人の過剰評価が恥ずかしすぎる。弟よ、私以外にそう呼ばれるべき人は沢山いると思うわよ。


「小さい頃に行儀見習いの休暇に付いてきて、シスにとてとてくっついているシャルリア嬢、愛らしすぎたもんなあ。辺境伯も男爵も、騎士団長も団員も一瞬でメロメロだったよね。それに礼儀正しくて、皆に平等に笑顔を振り撒いて。しかも、成長しても全く驕らずで。そりゃ、妖精姫と命名するよね」


「「そのセンスは認めます」わ」


シスとカルム、気が合いすぎよ。そして命名はフォンス様でしたか……。


「あの頃は、ふぉんすさまとけっこんするの~!って、可愛らしすぎたしね。こんなことなら、イトコオイなど差し置いて、私が婚約者に立候補しておけば良かったね?私の可愛い妖精姫」


わー、キラキラした笑顔がまぶしーい。さすが王国一の社交上手~!これは本気になる人もいそうなもんだけど、不思議と揉めないんだよなあ。人を選ばないからかしら。誰にでも優しい方なのよね。


「ふふっ、ありがとう存じます。子どもの頃の戯れ言を覚えていただいたなんて、光栄ですわ。でも私、他のお姉様方に恨まれる覚悟はございませんわ」



ついでに、背中に氷山をしょっているように見える弟と侍女も怖いので……。



それに、優しい方だけど。



やっぱり一途な人に憧れるのが乙女心よね。

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