第12話 フォルテロ家とリッターナ辺境伯家 その1

馬車内で私は想定外のダメージを受けたものの、馬車は滞りなくフォルテロ家に到着した。


お隣の辺境伯邸ほどではないものの、貴族のお屋敷と言うよりは要塞に近い感じに造られているお家だ。


「シャルリアお嬢様!カルムお坊っちゃま!よくお越し下さいました!アネシスお嬢様、お帰りなさいませ!」


フォルテロ家の執事長が満面の笑顔で迎えてくれ、周りのメイドさん達も頭を下げる。


「じい、お久しぶりね。弟共々、しばらくお世話になるわ」


私の返事に、じいは恭しく頭を下げる。


「お荷物をお運びしますね。皆様は応接室でお寛ぎください。片付けが終わりましたらお声がけをいたしますゆえ」


「ええ、ありがとう」


じいの言葉に笑顔で返して、私たちはシスに連れられる形で応接室に向かって歩き出す。


フォルテロ家には何度かお邪魔しているが、このお屋敷の中はちょっとした迷路のような造りになっているのだ。慣れれば覚えられない程ではないのだけれど、最後に来たのは学園入学前なので、うろ覚えだ。


「懐かしいわ、この造り」


「辺境の地だからと言って、そう拘らなくてもとも思うのですがね。お祖父様は凝り性だったようです」


「いいじゃないか。僕は楽しい」



「おう!アネシス!帰って来たか!」


三人で話しながら歩く後ろから、大きな声でシスを呼ぶ声がした。振り返ると、アネシスを呼んだらしき屈強そうな男性と、「ハルマン様!」とその方を追いかけるじいが目に入った。


「ハルマン……」


その方を見て、シスは額に手を当てため息を吐いたあと、彼をキッと睨み付けた。


「ようやく顔を見せやが……っぐほぉ!!」


そして彼の言葉を遮るかのように、そのお腹に拳をめり込ませた。彼はうめき声を上げてその場に蹲まる。こんな屈強そうな男性をこんな……。改めてシスってすごいのね。


「おおー、さすが!急所に命中だね!」


「カルム様。ありがとうございます」


悶絶している彼の前で、二人は満足そうに会話をする。

そして後を追いかけて来たじいがようやく追い付いて、必死で彼の背中を擦り始めた。はっ、私も感心している場合ではないわね。


「もう!二人とも。さすがじゃないでしょう!大丈夫ですか?」


「いや、はは、お見苦しい所を……油断しました」


「放っておいて構いませんよ、シャルリアお嬢様。お二人がいらしているのに、失礼なのはそれですので」


シアは冷たく突き放す。じいも困り顔だ。


確かに、公爵家の私たちがいて取られるべき態度ではないけれど。じいの制止も振り切って来たのだろうし。


でも、ハルマン、と呼ばれていた。と言うことは。


「それ、って、相変わらずつれないなあ」


「ハルマン?もう一発入れましょうか?」


シアが額に血管を浮かばせた笑顔で彼に言う。

彼は慌ててビシッと背筋を伸ばした。


「大変失礼致しました!アウダーシア公爵令嬢、アウダーシア公爵令息。じいも悪かったな。……隣領のリッターナ辺境伯が次男、ハルマンでございます」


うん、辺境伯のご子息よね。確か、シアの幼馴染みで、次男のこの方は歳もシアと同じだったはず。私も小さい頃に何度か遊んでもらった記憶がある。


「ご挨拶ありがとうございます。ですが、辺境伯様と言えばこの国の守りの要。我が公爵家と同格と存じております。そう畏まっていただかなくとも」


「さすが我等が妖精姫!お話が分かる!」


「よ、妖精姫……?」


何だかまた不思議なワードが出てきたけれど。



「皆様、ずっと立ち話も……。お部屋に入られてはいかがでしょう」


「ええ、そうね」


じいのスマートな案内で、私たちはようやく応接室に入り、それぞれソファーに腰掛ける。


フォルテロ家は全体的に装飾を少なくしているお家だけど、応接室は花もたくさん飾ってあって、寛げるようになっている。


「改めて先ほどは失礼しました。アウダーシア公爵令嬢。アウダーシア公爵令息」


フォルテロ家の侍女さんが淹れてくれたお茶を四人でいただき、一息ついてハルマン様が改まって謝罪してきた。


「いいえ。もうお気になさらずに。その、少し驚きましたけれど(シアの強さも)。それに、私のことはシャルリアで結構ですわ」


「僕もカルムで構わないよ」


「ありがとうございます、私のこともハルマンと」


「リアお嬢様。不敬と取っていただいてもよろしいのですよ」


「シス!お前は何でそうなんだ!お嬢様がいいって言うんだから、いいだろ!と、すみません」


シスの冷たい突っ込みに、ハルマン様が地で返してしまってから、慌てて訂正する。


「ふふ。ハルマン様、いつも通りで構いませんのよ。二人は幼馴染みなのよね?私も幼い頃に遊んでいただいたのを覚えていますもの。妹のように思って下さって結構よ」


「そうですか?助かります。どうも貴族らしくいるのは苦手で……」


「ハルマン!」


「シス、本当に構わないわ。道場にしたって、普段通りを見たいし」


「……畏まりました」


シスは渋々引いてくれた。本当は私も砕けたいけどね!シスとカルムが私にも自分にも厳しいから仕方ない……。


「シスのお嬢様第一主義は相変わらずだなあ」


「当然です」


シスはつーんと澄ましているが、明らかに爵位が上の相手に珍しい態度だ。ツンツンしていても、気の許せる相手なのだろう。無意識に呼び捨てにしているし。


「ふふっ、二人は仲良しなのね?」


「そんなことは……」


「おっ、そう見えますか?お嬢様!そうなんですよ、実はずっと口説いているんですけどね、お嬢様が落ち着かれてからって、なかなか首を縦に振ってくれなくて……」


シスの言葉を遮るように、ハルマン様が嬉しそうに語り出した言葉に、シスがガチャンとティーカップを置く。


そしてシスの体から冷気が漂ってくる……ように感じる。要するに、怖いわ、シス。


「って、スマン!口が滑った!久しぶりに会えたもんだから、つい!」


その雰囲気を察して、ハルマン様が慌てて謝ってるけれど、更に事実確認みたいになっている。シスの顔がますます怖い。


「ハル……」


「え~っと、申し訳ございません、急用を思い出したので、お先にお暇致します!」


私が更に聞こうとした所で、ハルマン様はすくっと立ち上がって逃げ出すように帰ってしまった。

シスはハルマン様が出た後も、ドアを睨み付けている。

カルムは、やれやれと言った感じで澄ましてお茶を飲んでいる。ハートが強いわ。




……で。これはあれよね?私が二人の進展を邪魔しているってことで合ってるわよね?




シスにはずっと傍にいて欲しいけれど、シスの幸せを手放してなんか欲しくない。きっと私が前世からずっとずっと、心配させすぎたから、拘ってくれているのだ。情けない。ますます反省案件だわ。


ちゃんと、シスと話をしないと。



……いろんな意味で、ちょっと怖いけど。

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