第10話 袖振り合うも多生の縁? その4
「はあ……何だかものすごく疲れたわね」
衝撃のお茶会が終わり、ようやくの帰路。馬車の中でぐったりと背もたれに体を預ける。
「はしたないですよ、お嬢様。でも本日は大変でしたからね。大目に見ましょう」
「ありがとう~」
はあ~~~!と、甘えついでに大きくため息を吐く。さすがにシスの視線が強くなったが、気にしないことにする。
「それにしても。驚いたわね、お二人」
「全くです」
「袖振り合うも多生の縁、ってこういうことかしらかと思ったわよ……ちょっと違うかしら……?まあ、いいわね、それにしたって、こんなに覚えている人達が揃ったりするもの?」
「まあ、そんなこともあるのでしょうね。お嬢様以外は未練や後悔の塊がおありでしたから、それもあるのでは?」
「なるほど?……でもまさか、これ以上はいないわよね?」
「………………」
私の乾いた笑いと共に出たセリフに、無言の笑顔を見せるシス。ちょっと、冗談のつもりなんですけど?
「シス?何か知ってるの?ねぇ?」
シスが笑顔固定で何も答えぬまま、馬車は自宅に到着した。
「ただ今帰りました」
「お帰りなさい、姉上!お待ちしておりました!」
そんな言葉と共に、ぎゅっとハグされる私。
「カ、カルム?どうしてここに?」
カルムは私の可愛い弟だ。三つ下なので、フリーダと同い年。外交担当のアウダーシア公爵家の跡取りの為、何ヵ国かに留学していて、今は隣国にいたはず。
「どうして、って。姉上がめでたくあのクズと別れたって聞いたから、夏休みを前倒しして帰って来たんじゃないか!」
カルムが私を抱きしめる手に力を入れる。ちょっと苦しい。
「カルム様。お嬢様が苦しそうですが」
「ああ、ごめんごめん、つい。それで?」
冷静なシスの言葉に、慌てて手を緩めるカルム。けれどまだ、私は抱きしめられたままだ。
「ねぇ、シス?君がいながら、何でこんな事になってるの?君が大丈夫と言ったから、僕は留学を開始したんだよ?」
「……面目次第もございません」
「って、八つ当たりか。僕も騙されたからなあ」
「カ、カルム?シス?え、何?」
二人の会話にいまいち入れない私は、カルムの腕の中で一人ジタバタしていた。
「ああ。姉上には話してなかったよね。できれば思い出して欲しくなかったから、ずっと黙って見守っていたのに……あの野郎……一瞬でも信じた自分も殴りたいくらいだ」
「カ、ルム?」
「僕もね、覚えているんだよ、姉上。前世をね」
曇りのない笑顔でサラッとカミングアウトする、可愛い弟。……って。
「えっ?えっ、え~~~っ?!」
今日はなんて日なの!!
「さて、どこから話す?シスは?」
「私は既に。カルム様のことは勝手に判断できませんでしたので、お話は控えておりました」
「そうか。分かった」
制服がシワになるからと、着替え終えてからの私の部屋で、三人でお茶を囲む。何度目だろうか、この光景。
「姉上。僕はあっちの関係者じゃないよ?……思い出せない?」
「カルム」
そうは言っても、カルムはちょっぴりシスコンの、可愛い弟で。……ん?弟?まさか。
「
「正解!思い出してくれた?」
カルムが嬉しそうに立ち上がり、また私を抱きしめる。
「お、もい出したっていうか、何と言うか……」
「ですからカルム様。強すぎます」
「あ、またごめん。嬉しくて」
へにゃっ、と眉を下げて子犬みたいに笑う、今生の弟。
悠希斗は、前世での弟だ。でも、なぜ?
仲が悪い訳ではなかった。どちらかと言うと、良かったと思う。けれど異性だし、年齢を重ねるにつれて徐々に距離は開いていっていた。仕方のない距離感だったと思う。お互いに突き放すこともなかったけど、いつまでも一緒には遊べないもんねぇ。
ともかく、こんなにスキンシップを取ってくる子ではなかったのだ。
「カルム」
「何?姉上」
カルムが私をハグしたまま、首をこてんと傾ける。あ、あざと……っ!けど、かわっっ!かわいい!
いやいや、ここは姉の威厳を持って行かねば。
「コホン。カルムが悠希斗って聞いても、何だかピンと来なくて……こんなに、感情豊かな子だったっけ?」
「……思い出してくれないの?」
「ち、違うわよ!悠希斗は思い出したわよ?でも、イメージとかけ離れていて……」
「ああ、そういうこと」
カルムは安心したように微笑んで、私から腕を解き、自分の席に座り直す。そして私の手を握りながら、真剣に私を見つめた。
「今度は後悔したくなくて」
「後悔」
「そう。後悔。……僕はねぇ、姉上。姉ちゃんの事が大好きだったんだよ」
「そ、そうなの?!」
「うん。知らなかったでしょう」
「嫌われてるとは思わなかったけど、そんなに好かれているとも思ってなかったわ」
「だよね。そういう風にしてたもん。恥ずかしいじゃん、シスコンとか」
下を向いて首筋をカリカリ掻きながら、ちょっと顔を赤くして話す弟。尊い。
「自覚があったんですよね」
「シス、うるさいよ」
「でも、お嬢様でしたら仕方がないです」
「そうだろ?……でも、大事な姉ちゃんに変な虫が付くのが嫌で、自分なりに警戒してたのにさ……ちょっとした隙にあんなのに捕まって」
昔を思い出したのか、苦々しい顔をするカルム。えっ、でも待って、何でそんなことを知ってるの?
「悠希斗は何で知って……」
「姉ちゃん元気なかったから。ちょうど心配してうちに来てくれた玲子さんに聞いたんだよ」
「そうだったの……」
本当に、前はみんなに心配かけたなあ。嬉しいけど、恥ずかしいわ。弟にまで心配されるとか。
「聞いた時はマジ殺そうと思ったよね。姉ちゃんを犯罪者の家族にしたくなかったから踏み止まったけど。あのまま付き合いを続けられていたら分からなかったよ」
まだあどけない美少年の輝く笑顔で、そんなこと言わないで!
わ、別れて良かった~!弟の愛が重い!!
「同感です」
し、親友の愛も重い!本当に良かった、二人を犯罪に走らせなくて!
「な、なんかごめんね……?」
二人の迫力に、なんとなく謝ってしまう。
「本当だよ。だいたいさ、姉ちゃんは人が良すぎるんだよ」
「同感です」
「人の長所を見つけられるのは、姉ちゃんらしくて好きだけどさ、そこで絆され過ぎてもダメなんだよ」
「同感です」
「誰にでも愛想がいいし」
「そこも素敵なのですが、心配ですよね」
「そうなんだよ!それに……」
……あれ?何だか急に私の悪口大会が始まってない?いや、仕方ないけど。分かるけど。迷惑をかけた自覚はあるけれど!
「ちょっと酷くない?二人して!」
私はぷくっと頬を膨らませて、精一杯の怒りの表情を作る。
「ほらこれ。普段は見せないこの愛らしさ……」
「無意識に出された方がやられるんですよね……」
私は怒っているのに、二人に肩を抱かれながら頭をよしよしされる。
「私は怒っているのだけれど?」
「身内になっちゃうと、姉上の怒ってるなんて、かわいいしかないんだよ。自覚ないでしょ?もう危ないから、ずっとうちにいなよ。僕が面倒見るから」
「何言ってるの!そんなこと出来るわけないでしょ!」
「そうですよ。次期公爵様が何を世迷い言を。お嬢様は私が面倒を見ますので」
「……シス、それも違うと思うわ」
あれ?話がすり変わってない?まあいいか。二人が大切に想ってくれているのが伝わってくるから。ますます私、自分を大事にしなきゃよね。大切な二人を犯罪者にさせられないし。
「ともかく!しばらく留学は休みにして、僕は学園に戻るから!今度こそ後悔しないように、姉上を変な虫から守るからね!」
「あ、ありがとう……?」
大丈夫なのかな、これ?
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