第92話 見込マレル

「あのー、すいませーん」


 返事が無いので、耐えかねてインターホンを押した。

 すると、しばらくして、


「はい……」


 老齢の女性が、扉を開けて顔を出す。


「ああ、すいません。私、タクシーの運転手なんですが、先程、娘さん?を乗せてきたんですけど、精算をされないまま、中に入って行かれてしまって……」


「娘が?……ああ、そういうことですか。すいません、中へどうぞ」


「え?あの……」


 こちらの出方も伺わず、老齢の女性は家の中へ消えて行った。

 仕方なく、中へと入ると、和室へと通される。


「あの、精算だけして頂ければ……」


「あなたが乗せてきたのは、この人でしょう?」


 老齢の女性は、仏壇に飾られている写真を指差した。そこには、先程まで乗車していた若い女性の肩から上が写っていた。


「……え?」


「三年前に亡くなった娘です。乗せたのは、駅前の通りじゃありませんでしたか?」


「え、ええ……」


「ああ、やっぱり。これで、四回目です。娘は、あの通りで交通事故に遭って、亡くなったんですよ」


「そ、それって……」


「どうか、線香のひとつでも上げてやってくださいませんか」


「……は、はい」


 言われるがままに、仏壇の前に座り込む。

 タクシー運転手として働き始めて、まだ日は浅いが、まさか、こんな怪談じみたことが本当にあるとは……。


「……娘は、結婚する前に亡くなってしまいましてねえ。本当に、残念でした」


 線香に火を着けていると、老齢の女性——母親が、ポツポツと語り始めた。


「いつかきっと、綺麗なウェディングドレスを着るんだって、張り切っていたんですけどねえ……。私よりも先に死んでしまうなんて……。でも、やっぱり、未練があるんですかねえ。たまに、気に入った人を連れてくるんですよ」


「……気に入った人?」


 ——―ゴンッ


 不意に、頭に鈍痛が走った。横向きに、倒れ込んでしまう。


「ぐ、ぐうっ……」


「娘はね、死んでも尚、結婚したいようなんです。だから、一緒になりたい人を、うちに呼んでくるんですよ。私はそれを、手伝っているんです」


 痛みに耐えながら見上げると、母親は赤黒いものがこびりついたハンマーを手にしていた。が、頭を触っても、出血はしていなかった。

 これで、四回目です。

 その言葉が差す意味は―――、


「今度こそ、長続きするといいんですけどねえ」


 顔面目掛けてハンマーが振り下ろされる直前、母親の肩越しに、嬉々としてこちらを見つめている娘の姿があるのに気が付いた。


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る