第90話 魅入ラレル

「うっ……ぐすっ……」


 トイレの三番目の個室に隠れて啜り泣いていると、


「あっ、絶対あそこだよ」


「ふふっ、馬鹿だね」


「どうせ見つかるのにさあ」


 いじめっ子たちの声が、足音と共に近付いてきた。


 ——―コン、コン


「ねえ、いるんでしょ?」


 ——―コンコンッ


「出てきなさいよ、ねえ」


 ——―ドンッ!


「出て来いっつってんだろ!?ほらぁ、早くぅ!」


「ううっ……」


 耳を塞いで、下を向く。

 素直に出て行ってどうなる?どうせ、いじめられるのがオチだ。

 だったら、閉じ籠っていた方がマシだ。いつかみたいに、上から水を掛けられるだろうが、はたかれたり、髪を引っ張られたりするよりも、びしょ濡れになる方が、まだいい。


 ——―ドンドンドンッ!


「ほらぁ!早く出ろっつーの!あんたは私たちのオモチャなんだからさあ!オモチャは黙って大人しく言うこと聞いてりゃあいいんだよ!」


 耐えろ。耐えるんだ。耐えるしかない。耐えるしか……。


「ほら!早く!出ろ!一緒に遊ぼうっつってんだろ!」


 と、その時、


「は~い」


 突然、間の抜けた声が響いた。

 この場にいる、誰のものでもない声が。


「……はぁ?」


「何して遊ぶ?何して遊ぶ?」


 謎の声は、やけに近くで響いていた。

 まるで、私の隣に誰かがいるかのように。


「何、ふざけてんの?早く出ろよっ!」


 ——―ドンッ!


 個室の扉が蹴られる。と、その瞬間、


「おままごとしない?」


 今度は外で、声がした。


「あ?あんた、どこから―――」


 ——―ザグッ、プシャアアッ!


「きゃ、きゃああっ!」


「いやあああああっ!」


 悲鳴が上がった。と思ったら、


「なわとびは?」


 ——―ビタンッ!ビタンッ!ビタンッ!


「い、いやっ、ぐっ、がっ!」


「きゃああああああああっ!」


「げ、げえっ、げふっ……」


 ——―メリメリ、ブヂンッ


「ドッジボールは?」


「い、いやっ、来ないでっ……いやあああああああっ!」


 ——―ゴチャッ!ゴトンッ、ビチャッ……


 トイレ中に響いていた阿鼻叫喚が、止んだ。

 何が起きたのか分からず、ガタガタと震えていると、


 ——―キィイイイ……


 鍵を掛けていたはずの扉が、ひとりでに開いた。

 血と臓物と、バラバラ死体に彩られたそこにいたのは―――、


「あなた、オモチャなの?」


 時代遅れの格好をした、ボブカットの女の子だった。


「……う、うん」


「じゃあ、今日からあたしのものね」


 女の子から笑顔で抱きしめられ、撫でられながら、私は不意に、自分の口元が暗い笑みに歪むのを感じた。

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