第58話 通ジル

「飛ばせ飛ばせーっ」


「無茶言うなって。夜に知らない道走るの、結構怖いんだから」


「今、怖いのかよ。さっきの廃ホテルにいた時の方が怖かっただろ」


「うん。でも、なんか噂と違ったよなあ。雰囲気はあったけどさ」


「確かに。本当にホテルだったのかよってくらい、見る影も無かったなあ。ボロッボロに荒れ果てちゃってさ。こんな山の上にあるから、そこそこ高級なとこだったと思うんだけどなあ」


「でも、あそこだけ綺麗だったな。最後に立ち寄った、五角形の部屋」


「は?何それ?」


「ほら、出る前に寄ってみたじゃんか。ロビーの奥にあった、扉に赤いスプレーで落書きしてあった部屋だよ」


「ああ、あそこな。そんなに綺麗だったっけ?」


「何言ってんだよ。めっちゃ綺麗だったじゃんか。人が燃えてて、黒いヤギが鳴いてて、大鎌の刃先が血に染まってさ」


「……はあ?」


「浅瀬には邪念が蠢いてるから、深みに行くには幼子の舌を踏みにじらなければならないって、美しい考えを説いてくれてさ。俺も目の鱗が落ちた気がしたよ。この現世にいるからには、決して辿り着けない領域があるんだなあって」


「お、おい、さっきから何言ってるんだよ。あの部屋には、床に星形の落書きがしてあっただけで、他には何も無かっただろ」


「何もって……はーん。さてはお前、気が付いてないな?」


「何だよ?」


「もう、通じちゃってるんだよ。思考と脳髄の狭間には揺らぎのステージがあるから、地面を割って現れる真実を偶像と捉えるか、実体と捉えるかは俺たち側の問題なんだ」


「意味分かんな――おい、そんな飛ばすなよ。危ないって」


「血管を流れゆく五角形のひずみに、はらわたは狂喜乱舞して迎え入れる準備をしてるはずだ。だから、だから、だから……」


「お、おいっ!スピード落とせって!」


「だから、だから……門は開かれるんだ」


「曲がれな―――」


 ——―ギィ、キキキキキキーッ!ガン!ガゴンッ!ガギギギッ、ガンッ……




 死亡事故を起こした車両に搭載されていたドライブレコーダーの音声記録より。

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