第51話 染ミ付ク

「ねえ、王様の耳はロバの耳って話、知ってる?」


 彼女は僕を家の裏庭まで連れ出すと、唐突に切り出した。


「知ってるよ。確か、王様の耳はロバの耳だって秘密を隠すことに耐えられなくなった床屋が、地面に穴を掘って吐き出した後に埋めたら、それが漏れ出してバレちゃうって話だよね」


「そう。でも、その話には色んなバリエーションがあるのを知ってた?穴から漏れるっていうパターンの他に、その地面から生えた葦が喋り出してバレちゃうっていうパターン、その地面から生えた木から作った笛を吹いたら、王様の耳はロバの耳ー!って鳴ってバレちゃうっていうパターンもあるんだよ」


「へえ、知らなかった」


「それとね、こういうのもあるの。地面に掘った穴じゃなくて、古井戸に叫んだら、町中の井戸と繋がってたせいでバレちゃうっていうパターン」


「古井戸?」


「そう。こんな感じのね」


 彼女が指差した先には、古めかしい石造りの井戸があった。


「……私ね、子供の頃、いじめられてた時、よくこの井戸に向かって恨み言を叫んでたの。誰それ怪我しろとか、誰それ死ねとか」


「あ、ああ、そうなんだ」


「そしたらね、なんか井戸の底から、この庭全体に私の恨み言が染みついちゃったみたいでさ。土とか、草とか、木とかが、私の為に動いてくれるようになったの」


「……え?」


 どういうこと?と訊こうとした瞬間、突如として、足がズブズブと地面に沈んだ。別に、ぬかるんでもいないのに。


「わわっ」


「ねえ、コウくん。今年の初めから、バイト先の子と浮気してるよね?」


「は?な、何言ってるんだよ」


「誤魔化さないで。全部、知ってるんだから。LINEでイチャついてることも、先週の土曜日にその子を家まで送っていったことも」


「ら、LINEはただの業務連絡で、送っていったのは、夜遅かったから――」


「黙ってよ」


「ぐぶっ!?」


 口に何かが巻き付き、塞がれる。

 これは……木から伸びている蔦?


「この庭は、私の領域なの。何もかも、私の為に動くの」


 ざわざわと、庭中の草木が揺れ動く。まるで、意志を持っているかのように。


「コウくんみたいな浮気者なんてもういらないから、いつもみたいにやっちゃって」


 彼女がそう言った途端、蔦という蔦が伸びて来て、身体中に巻き付き、ギリギリと締め上げられた。

 どうにか逃れようと藻掻いていると、


「許さない、コウくんなんか死んじゃえ」


 蔦が、耳元でそう囁いているのが聴こえた。

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