第21話 拭ウ

「いらっしゃいま……うわっ、なんですか、これっ」


 乗り入れてきた車のフロントガラスに、血の手形がびっしりと付いている。


「いいから、早く拭いてくださいよっ。給油はいいからっ」


「は、はい……」


 言われた通りに、布巾で汚れを落としていった。

 一体、何があったのだろう。まさか、こんな夜中に、近くの山の上にあるトンネルに行ってきたのだろうか?

 あそこは昔、死亡事故があって以来、心霊スポットになったのだという。

 夜中に通ると、運転手の乗っていない車が後ろから追いかけてくるとか、人が突然飛び出してきて轢いたと思ったら忽然と消えてしまったとか、誰もいないはずの後部座席から声がしたとか、そんな噂が囁かれていた。

 嘘だと思っていたが……こんなことが本当に起きるものなのか。

 ……ん?


「あの、お客さん」


「はい?」


「この手形だけ、拭いても拭いても落ちないんですけど……」


「何言ってるんですか、早く落としてくださいよっ」


「いや、これ、多分……内側に付いてますね」


「そんなこと分かってるよ。俺の血なんだからっ」


「えっ?」


 ふと、車の中から声はするのに、一度も客の姿を見ていないことに気が付いた。

 運転手の乗っていない車?

 人が忽然と消えてしまった?

 誰もいないはずの後部座席から声がした?


「いいから、早く拭けよっ。俺の血をっ。早く、早く、はやく、はやくはやくはやくはやくはヤクハヤクハヤクハヤクハヤクッ」

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