第45話 嵐の前(3)




「え……もう、ない……」


 カップ麵コーナーに行くと、すでにカップ麺は全て売り切れていた。


「お湯を入れるだけで食べられるものね……」


 母が困ったように言うと、隣で綿貫君が何かを思いついたように声を上げた。


「あ、じゃあ、インスタント味噌汁とかどうですか? おにぎりを作って置けば、冷凍庫から出して、電気が来ていれば、電子レンジで温めたり、電気が止まったら、焼いて食べられると思うんです」


 すると、母が嬉しそうに笑った。


「確かに!! 卓上コンロはあったから、ガスを買って置けば電気やガスが止まったとしても焼けるわ。じゃあ、お米はあるから……コンロ用のガスと、インスタントのお味噌汁を買いましょうか」

 

「じゃあ、冷凍の自然解凍でもいいっていうおかずでもいいんじゃない? 後やっぱり、そのまま食べられると言えば、お菓子とか?」


 私も提案してみた。すると母が声を上げた。


「お菓子か……そうね! じゃあ、おせんべいとか、いいかもしれないわ」


 綿貫君も頷いた。


「ですね」


 こうして、私たちは、カップ麵をあきらめて、インスタントのお味噌汁コーナーに向かった。

 インスタントのお味噌汁は、まだ残っていたので、私たちは、お味噌汁を買って、お菓子コーナーに行ったが、お菓子もかなり品薄になっていた。

 やはり、みんな考えることは同じなようだ。

 

「おせんべい、買うね」


「ええ」


 そして、私たちはカゴにおせんべいを入れた。

 今度はペットボトルのお水のコーナーに行った。

 やはり、水の備蓄は必要だ。


『ご家族様3本まで』


 大きく手書きで書かれた紙はあったが、その張り紙に2重線が引かれて、『ご家族様1本まで』となっていた。確かに、水はかなり少なっていたのでそれも仕方ない。


「お水は、みんなが必要ですものね……でも……これじゃあ、足りないわよね……どうしようかしら……」


 母が1本だけをカゴに入れて、眉を下げた。


「そうですね……」


 綿貫君も眉を寄せながら言った。

 そして、私は以前、斎君とここに来た時のことを思い出した。


「あ、そうだ!! ここに水を保管する容器が売っていたの。それを買って、浄水器の水を入れて置くのはどうかな?」


「そんなものがあるの? じゃあ、行ってみましょう」


 私たちは、水を保管する容器のコーナーに急いだ。

 するとまだ数個水を入れるタンクが残っていた。


「よかった~~残っていたわ~~」


 母がほっとしてように、タンクを手に取った。

 他にも食材だけではなく、懐中電灯や、電池や、ロッジにあったランプ用の油なども購入した。


「これだけあれば、大丈夫かしら?」


 母が、ほっとしたように言った。


「そうですね……熱中症対策はいいですか? 停電になってエアコンも扇風機も使えなくて、雨と風で窓も開けられなかったら、まだ今の時期は、熱中症が心配じゃないですかね?」


 綿貫君が、首を傾けながら言った。


「確かに!! 窓も開けられない。クーラーも扇風機も使えなかったら、熱中症心配かも」


 そこで、私たちは熱中症対策の飲み物と、電池で動く扇風機と、水で濡らすと冷たくなるというタオルも購入することにした。

 そして、レジに向かう途中、私はトランプを見つけた。

 私はふと、トランプを手に取ると、母に尋ねた。


「これも買っていい?」


 母は少し考えた後に、笑いながら言った。


「そうね。笑いが免疫力を高めるというものね。みんなでトランプなんて、楽しそう。台風の不安が吹き飛ぶかもしれないわ」


 あまり台風には関係なさそうな、トランプまで買って、私たちはお店を出たのだった。




 ん?

 お店の外に出た途端、先程まで感じていなかった風を感じた。

 見上げると、空も青空ではなく、どんよりとした雲が広がっていた。


「あれ……さっきまで、あんなにいい天気だったのに……」


 私が呟くと、母が真剣な顔で言った。


「本当ね……とにかく、ガソリン入れて、帰りましょう」


「うん」


 私たちは、荷物を車に積み込むと、お店のすぐ隣にあったガソリンスタンドで、ガソリンを満タンにして、家に向かった。


 車の中で、母が呟くように言った。


「買い物、2人が来てくれてよかったわ。私だけだったら、お水のタンクとか、熱中症対策とか思い浮かばなかったわ」


「熱中症対策は、確かに全く頭になかった。ありがとう綿貫君」


 私も運転しながら頷くと、綿貫君が困ったように言った。


「いえ……でも、お母さんの事前のメモと、工藤の案内もかなり助かったから、本当に、みんなで来てよかったですよね」


母が笑いながら言った。


「人って本当に不思議で、面白いわ。みんな普段、自分の興味のあることが中心になって目に入るから、同じ景色を見ていても違うように見えていると思うの。だから、みんな知っていることや、考えていること、出来ることが違うのは当然なのよ。だから、こんな風に、もし何かあった時は、みんな集まって協力して、良い考えとか出し合えば、上手く行くのね」


 人と人との関係は、いい関係だけとは限らない。

 どうしても、自分とは分かり合えない人はいる。

 

 でも弱くて強い私たちは、一人では生きていけないので、なんとか考えて、協力して、生きて行かなければならない。


 私たちは、少し天気が崩れてきた中を、家路に急いだのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る