第33話 それぞれの挑戦(4)






 綿貫君に、『斎君と結婚するの?』と聞かれて、私は、思考停止に陥って固まった後に、大きく息を吐いた。


「実は、私ね……誰かを好きになったことがないの……」


「え?」


 クラスのみんなが、好きな男の子の話を嬉しそうにしているのを、いつも羨ましく思いながら聞いていた。誰かを好きになるってどんな感情なのだろう?

 ずっと不思議だった。


 ――瑞樹の好きな人って誰?


 周りからそう聞かれる度に、焦っていた。

 高校生にもなって、自分には、好きな人どころか、恋愛の経験さえない。

 好きな芸能人を聞かれても、答えられないし、好みのタイプを聞かれても答えられない。


 常に、私の興味の対象は、バイクだった。

 バイクに乗っている時が、一番幸せで、一番苦しくて、一番つらくて、一番生きてる実感がある。

 でも、それは、斎君だって同じだと思う。きっと斎君だって、バイクが一番だ。他に好きなんてない。

 私は、綿貫君を見ながら言った。


「たぶん、斎君は、『私のことが好きだから』とかっていう理由で、結婚しようと思っているって言った訳じゃないと思うよ」


「え? いやいや、そんな訳がないよ。工藤のことが、好きだから結婚したいって言ったに決まってるよ」


 綿貫は、必死に言い返していたが、私が困ったように言った。


「斎君も、誰かを好きになったこと……ないと思う。ただ、私と結婚すれば、ずっとバイクに乗れる環境にいられるって思ったんだと思うよ。斎君も、私と一緒でバイクしか興味ないし……」


 斎君にとって、大切なのは、バイクだ。

 それはきっと間違いない。

 だからこそ、私と結婚して、工場で働きながら、山を整備して、好きなだけバイクに乗って、子供を育てるもいいかもしれないとでも思ったのだろう。


 綿貫君は、信じられないという顔で、私を見ていた。


「そんな……わけ……くっ!!」


 すると、綿貫君が、私の肩を両手で掴んだ。


「じゃあ、工藤は? 工藤はどう思ってるの? そんな……工藤のことを好きなわけじゃない、斎君とこのまま結婚するの?」


 綿貫君の真剣な瞳に吸い込まれそうだった。

 なぜ、綿貫君がこんなに傷ついた顔をするのだろう。

 私は、たまらず綿貫君から視線を逸らせながら言った。


「わからない……」


 誰かのことを真剣に好きになったこともない。 

 これまで、バイクに乗ることしか考えてこなかった私には、結婚なんて、全く、わからないことだった。

 

「わからないなら、俺でもいいよね?」


「え?」


 思わず綿貫君を見ると、綿貫君が、真剣な顔を向けながら言った。


「俺は、工藤が好き。誰よりも大切」


 え……。

 綿貫君……何言ってるの?


 好きって……。

 

 私が思わず、立ち尽くしていると、綿貫君が困った顔で私から離れた。


「本当は、もう少し、工藤と仲良くなって距離を縮めてから、告白しようと思ってたんだけどさ……斎君でも伝わってないなら、俺なんて絶対、気づかれないだろうし……もう伝えておくことにするよ。返事とか、今はいらないからさ……少しは、俺のこと……男として、意識してよ」


 返事はいらない。

 意識してほしい?

 それって……もしかして……。


 私は、急に顔に熱が集まるのを感じた。

 すると、綿貫君が嬉しそうに笑った。


「あ、少しは意識してくれたんだ? 顔、赤くなった。……麦茶飲む?」


 綿貫君は、何もなかったかのように冷蔵庫に向かった。


「……いる」


「了解」


 私は、綿貫君に麦茶を貰うと、2人で麦茶を飲んだのだった。







 その頃、リビング前の廊下では……。

 斎と、瑞樹の父親が、偶然通りかかり、2人の話を聞いていた。


 黙る斎に向かって、瑞樹の父親が、斎の顔を覗きこみながら言った。


「だってさ……。そうなの? 斎?」


 斎は、眉を寄せて苦しそうにしながら言った。


「ん……なわけねぇだろ……あの、鈍感!!」


 瑞樹の父親は、頭を掻きながら言った。


「あ~~家の娘がすまないな……」


 斎は、大きな溜息をつくと、片眉を上げながら言った。


「別に……これから、イヤでも気付かせますよ……俺がどれだけ、想っているかを、あの鈍感に!! 俺、明日も早いので寝ます。おやすみなさい」


「おやすみ」


 その場を去る斎の背中を、瑞樹の父親が見送った。


「近すぎると気付かないもんなのかね~~」


 瑞樹の父親は、溜息をついて、娘を見つめた後に、その場を去ったのだった。


 

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