第31話 それぞれの挑戦(2)




「猪のお肉って、どうやって食べたらいいのかしら?」


 猪の肉を貰って、母が首を傾けると、夏生さんが、楽しそうに笑った。


「下処理はしてありますから、そのまま炭火で焼けばいいんじゃないですか? 猪のステーキ、美味しいですよ~~。薄く切った方が旨いですよ。やりましょうか?」


 夏生さんが、楽しそうに言った。


「お言葉に甘えてもいいかしら?」


 母の言葉に、夏生さんが笑顔で答えてくれた。


「もちろん」


 そして、夏生さんは、慣れた手付きで、お肉を薄く切ってくれた。

 手慣れた様子で、猪の肉を切り終わると炭の上に置いた。

 網の上で、焼けるお肉から美味しそうな匂いがしてきた。


「美味しそう」


 斎君が目を輝かせながら言った。


「俺、猪を食べるの初めてかも」


 綿貫君も真剣にお肉を見ながら言った。

 私も、猪のお肉を食べるのは初めてだった。


「私も初めてだわ」


「俺もだ」


 母と父も珍しそうに、猪のお肉を見ていた。


「それは、よかった」


 それから、しばらくして夏生さんは、焼きあがったお肉に、塩と胡椒を振りかけた。


「さぁ、どうぞ」


「いただきます」


 私たちは、初めて食べる猪のお肉を口に運んだ。


「美味しい!」


 思わず、私は、お肉を見た。

 

「本当に、美味しいわ。臭みがあるのかと思ったけれど、全然ないんですね」


 母も驚きながら言った。すると、夏生さんが照れたように言った。


「そう言って頂けると嬉しいです。猪は、煮込み料理も美味しいですから、また持ってきますね」


「ありがとうございます」


 もしかして、この猪は、夏生さんが獲ったのだろうか?

 驚いて、夏生さんを見ていると、夏生が嬉しそうに目を細めた。


「喜んでくれて嬉しいです。でも、本当にこんな若い子が、山の仕事をしてくれるのは嬉しいな~~~。あ、そうだ。話を聞いた時に思ったんだけど、瑞樹ちゃんと、斎君は、苗字が違うよね? まだ籍を入れていないの?」


「ゴホゴホ……え?」


 私は、夏生さんの全く予測していなかった問いかけに動揺して、思わず、むせてしまった。


 籍……って。

 結婚ってこと?!

 私が、斎君と?!


「ちょっと、瑞樹ちゃん、大丈夫?!」


 斎君が、私の背中をさすりながら、お茶を渡してくれた。


「あ、ありがとう斎君」


「どういたしまして」


 斎君は、至って普通の態度だが、夏生さんは、私と斎君が結婚を前提にしていると、勘違いしているのではないだろうか?

 すぐに訂正した方がいいだろう。


「あの……」


 すぐに訂正しようとしたら、斎君が笑顔で言った。


「あ~、俺としては、いつ籍を入れてもいいんですけど……瑞樹ちゃんは、まだ早そうなので、瑞樹ちゃんのタイミングを待ってます」


「はぁ?」


「はぁ?」


 斎君の言葉に、驚いたのは、私だけではなかったようだった。

 綿貫君も私と同じ声を上げていた。


「あはは、そうなんだ。瑞樹ちゃんの返事待ちなんだ。それは、急かしてしまって悪かったね~」


 すると、夏生さんが楽しそうに言った。


「まぁ、若い子のことに口出すなんて、野暮だよな~~あはは」


 吉田さんも、とても楽しそうだ。

 父や、母も「2人のことは、2人に……」となんだか、結婚を認めている雰囲気だった。


 思いがけない展開に、私はどうすればいいのか、わからずにとりあえず、食べることに集中したのだった。


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