第28話 斎君の知られざる過去(1)






 斎君は、シャワーを浴びると、テラスにやってきた。


「綿貫君、ごめん、つい、俺だけ楽しんだ……次は、バイクに乗せるから……」


 斎君も申し訳なさそうに言った。


「あははは。2人共、気にしないでくれよ。すごく勉強が捗ったからさ」


「それならよかった」


 斎君も、テラスに置いてある椅子に座って、髪を拭いていた。


「工藤は、家族の影響で、バイクを始めたってのは聞いたんだけどさ、斎君は、どうしてバイクに乗り出したんだ?」


 綿貫君は、何気なく尋ねた。

 そう言えば、斎君は家に来た時から、バイクが好きだったが……乗ったことはないようだった。

 

「俺は、バイクに命助けられたから」


「え?」


 私は思わず、身体を乗り出した。


「あれ? 瑞樹ちゃん、知らなかったんだ。俺、バイクに助けられたことがあるんだよ」





――――12年前。





 

「すみれさんも、一さんも変わらないな~~」


「そんなことないさ。さすがに、オフロードバイクはきつくてね」


 瑞樹の祖父母である、すみれと、一は、2人でツーリングに来ていた。

 この日2人は、旅行先の昔馴染みのバイク仲間が経営するバイクショップで、想い出話に花を咲かせていた。

 この時、瑞樹の祖父、一は65歳。瑞樹の祖母すみれは、74歳だった。

 

 その時、激しい揺れを感じた。


「地震だ。これはデカいな」


 旅行中の2人を大きな地震が襲った。


「まただ!! 逃げろ」


 余震が少し落ち着くと、2人はバイクショップのオーナーと共に、避難することにした。

 避難地に行くと、地元の消防団が集まり、慌てていた。


「どうしたんだ?」


 消防団の中に知り合いのいたオーナーが、急いで尋ねた。


「実は、小川さんとこの一家の姿が見えねぇんだ。池内さんの話じゃ、家が土砂に飲まれてたって言ってたんだ」


「なんだって? 救助は?」


 オーナーの声に、消防団の人々が眉を寄せた。


「道が崩れて、車は通れねぇし、人が歩いても、時間がかかるし……。この瓦礫じゃ……」


「ヘリはどうした?」


「ヘリは、手一杯で、こっちに来るのに時間がかかるらしい」


 皆が、眉を下げていると、すみれが声を上げた。

 

「オーナー。あんたのヤマハを貸しとくれ。私が行く」


「な!! すみれさんが?! 無茶だ!!」


 すると、すみれは、怖い顔をしながら大声を出した。


「元々、モトクロスバイクってのは、こういう足場の悪い中を自由自在に走れるうようにって、作ったんだよ。今、行かなくてどうするんだい」


 すみれさんの言葉に、皆が静まり返った。


「わかった……」


 オーナーの言葉に、すみれがお礼を言った。


「恩にきるよ。さすがに、私のBMWじゃあ、瓦礫はキツイからね」


 この日、ツーリングに来ていたすみれと一のバイクは、オフロード仕様ではなかったのだ。

 すみれと一は、オーナーや、消防団と一緒に店に戻った。

 場所の説明を聞くと、すみれが頷いた。


「よし。北に真っすぐ、お宮が目印だね」


 すみれが、ヘルメットを手にしようとした時、一が、すみれの手を取った。


「すみれさん。すまんが、見せ場は、俺に譲ってくれねぇか?」


「一さんが……?」


「うん。俺が行く」


 すみれは、じっと一を見ながら言った。


「わかった……頼んだよ」


 すみれは困ったように笑うと、ヘルメットとゴーグルを一に手渡した。


「小川さんは、祖父母と、両親。そして、5歳の息子の5人家族だったな」


 一は、もう一度、消防団に確認した。


「あ、ああ。そうだ」


 一は、それを聞くと、急いでヘルメットとゴーグルを付けて、手袋を付けると、ヤマハのセローのクラッチを握った。そして、一は、戸惑うことなく、勢いよく瓦礫の海に飛び込んで行ったのだった。







 その頃。



 7歳の斎は……。


「いっちゃん、いっちゃん、大丈夫?」


「お母さん!!」


 斎は、母親に守られ、無事だったが、母親は、瓦礫に挟まれて、動ける状態ではなかった。


「よかった、いっちゃん」


「お母さん、お母さん、お母さん~~~」


 斎は、とにかく力の限り大声を出した。


「お父さん~~!! おじいちゃん~~。おばあちゃん~~!!

 誰か、誰か、お母さんを助けて~~~~~!!」


 斎は助けを呼ぼうとしたが、7歳の子供にとって、瓦礫の山の上を歩くことなど、到底不可能なことだった。

 結局、斎は、母親の手を取って、大声で泣き叫ぶように、助けを呼ぶことしかできなかったのだった。


 それから、どのくらいたったのだろう。

 不安と恐怖と、絶望で、7歳の斎はもう限界だった。


 ――もうダメだ……。


 そう、あきらめかけた時だった。

 遠くから、車よりも大きな音が聞こえた。

 まるで、福音をもたらすその、大きな音に、斎の暗く閉じてしまいそうだった心は、またしても光を取り戻した。


 その音は、どんどん、こちらに近付いて着た。

 斎は、立ち上がって、大きく手を振った。


「こっち!!! こっちだよ!!!」


 ドンドン大きくなっていくその音に、斎は『生』を感じたのだった。





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