第15話 悩みのトンネル(2)
バイトが終わって、家に戻ると、私はリビングに入った。
すると、斎君が、食事の手伝いをしていた。
「おかえり~~」
「おかえり」
母と、斎君が、声をかけてくれた。
「ただいま、斎君、ちょっといい? お母さん、斎君に話があるの!!」
私が、茶碗を取ろうとしていた斎君に声をかけると、斎君が、母を見ながら言った。
「いいですか?」
母は、困ったように笑うと、「突然なんなの~~? 斎君、ごめんね」と言った。
どうやら、斎君と話をさせてくれるようだ。
「いえ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
母に見送られて、私は、斎君と車庫に向かった。
そして、カワサキの前に立つと、真剣な顔をした。
「斎君、クラッチの反応が早すぎるの」
「……え?」
斎君は、突然のことに目を白黒させていた。
だが、私は話を続けた。
「あと、パワーに比重が傾き過ぎてて、速度が出せない。私の筋力では、この調整はつらい」
私は、思っていたことを斎君に告げた。
斎君は、一瞬、真顔になっていたが、ガジガジと頭をかいた。
「あ~~もしかして、瑞樹ちゃんがこの前、落ち込んでたのって、俺の調整のせい?」
バイクのせいだけではない。
だが……これまで、自分以上に自分をわかっていてくれていた相棒(カワサキ)が、全く別人になってしまったような絶望は感じた。
「斎君のせいじゃない。……私、これまで、バイクで困ったことなんてなかった。練習に行って、次の練習の時は、もっと動かしやすくなってて、練習するたび、バイクが身体に馴染んでてて」
すると、斎君が真面目な顔で呟いた。
「これまでの瑞樹ちゃんのバイク、一さんが調整してたからか……」
私も真面目な顔で頷いた。
「うん。だから、誰かにバイクのこと伝えた経験なくて……上手く言えなくて……ごめん」
私があやまると、斎君が頭をかいた後に言った。
「いや、俺の方こそ……自分の感覚と、バイクのことしか考えてなかったかも……乗るの瑞樹ちゃんなのに……ごめん。今度はさ、瑞樹ちゃんの話も聞くよ。一緒に調整していこう。発破かけるつもりで、乗りこなせって言ったこと気にして言い出せなかったんだろ?」
「違うよ……。私、本当に、これまで一さんに頼りっきりだったんだと思う」
「……最近、一さん、俺たちに何も言わないもんな~~。もしかして、試されてるのかな? 瑞樹ちゃん、俺じゃ一さんの足元にも及ばないけど……できるだけのことはするよ」
私は、大きく頭を下げた。
「ありがとう、斎君!!」
こうして、その日から、私は、自分の考えを斎君に伝えるようになった。
斎君も、練習場に一緒に行った時に、私の走りを見てくれるようになった。
ああでもない、こうでもない。こうしたらどうか、こうしようか。
散々悩んで、ようやく私は、『自分の考えは相手に伝えなけば、伝わらない』という当たり前のことを、今更ながらに気付いたのだった。
――その後。参加したレースは、これまで参加したどのレースより悪い結果だった。
だが……伝説のバイク乗りと言われた一さんに頼らずに、参加した初めてのレースだったのだった。
レースを終えた私は、吉田さんのコースで走った時に、喜一さんに言われた言葉を思い出した。
『相変わらず、瑞樹ちゃんの走りは、カッコイイな~~。若い頃の一さんを越えたんじゃねぇか?』
その時も、越えたとは思わなかったが、今の私は、心から思った。
――今の私は、一さんの足元にも及ばない。
それなら、私は、一さん以上にバイクに乗る必要がある。
私は、本格的に、新しい土地で生きていくために何をするべきかを考え始めたのだった。
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