第2話 想像していなかった未来の選択肢






 ブォン。


 エンジンを止めて、ゴーグルを取り、ヘルメットを外すと、モトクロス仲間の66歳の喜一さんに声を掛けられた。


「相変わらず、瑞樹ちゃんの走りは、カッコイイな~~。若い頃の一さんを越えたんじゃねぇか?」


 私は、困ったように笑いながら返事をした。


「それは言い過ぎですよ」


 一さんの走りは、破天荒に見えて、とても緻密な走りで、この辺りのバイク乗りの伝説になっている。

 すると、私と一緒に来ていた一さんが、こちらに歩いてきた。


「言い過ぎなもんか、瑞樹は、本当に上手くなった。あ~~俺もあと10年若ければ、瑞樹と一緒に走れたのにな」


「あはは、10年でいいのか?」


 喜一さんが笑いながら言った。


「……20年って言っとくか」


「ああ、それがいい」


 一さんは、77歳。モトクロスのレースに出るは、つらい年齢で、私が、モトクロスレースにデビューした前の年に、引退した。

 だから、走り方は教えて貰ったが、一緒に走ったことはないのだ。

 

「私も、一緒に走りたかったですよ……」


 みんなに『一さんの若い頃は、本当に凄った』と言われるが、私だって、その技をこの目で見てみたいと何度も思った。

 

 偶に一さんに、指導をして貰うが、とても計算されていて、合理的で、未だにバイク乗りの勘は失われていないように感じる。


 体力と、筋力が低下したらしく、一さんは、過去の自分が出来たことが、段々出来なくなっていく悔しさと、悲しさを天秤に掛けながら、それでも自分の出来ることを探して、モトクロスに参加していたが、ハンドルを握る筋力がなくなったと、69歳で、モトクロスだけではなく、バイクから身を引いた。


 今は、私と一緒にレース場に来て、アドバイスをしてくれている。

 私も一さんも、賞を取ったりするために、モトクロスレースに参加しているわけではなく、どちらかというと、コースを思いっきり、走りたいという理由で参加していた。

 

「おお~、一さんに、喜一さん。瑞樹ちゃんも、相変わらず、いい走りだったな~~」


 今回のレースの主催の吉田さんが、杖をつきながら近付いて来た。

 吉田さんは、確か、一さんよりも年上だった。このレース場になっている山を管理している人だ。小さい頃からお世話になっている。

 

 吉田さんは、一さんの現役時代の仲間で、今でも付き合いがある。


「ああ、吉田さん。今年で最後なんだろ? 今までありがとうな」


 喜一さんが、切なそうに笑いながら言った。


「え?」


「そうなのかい?」


 どうやら、一さんも知らなかったようで、驚いていた。


「ああ、もう年だ。正直に言うと、このレース場の管理も、他の人の手を借りて、ようやく出来たんだ。これ以上は無理だ。それに、息子夫婦には、『山の管理はできない』と言われてな……。瑞樹ちゃんが貰ってくれるなら、この山、あげたいくらいだ」


「え?」


 山を管理する?

 

 考えてもなかった選択肢に、私は戸惑ってしまった。


「あはは、困らせて悪かったな。気にしないでくれ」


 吉田さんが、困ったように笑いながら言った。


「瑞樹ちゃんが、管理してくれたら、いいな~~ああ、そうだ。瑞樹ちゃんが、ここに住むなら、そこにあるでっかい、ロッジ、俺が直してやるよ?」


 喜一さんが楽し気に言った。喜一さんは、大工だ。

 昔、日本家屋の移築を手がけていると聞いたことがある。


「もし、瑞樹ちゃんが管理してくれるなら、知り合いの山師に、瑞樹ちゃんのことを頼んでやるぞ?」


 吉田さんも、目を輝かせながら言った。


「おいおい、落ち着いてくれ。ほら、そろそろ、最後の参加者が戻ってくるぞ。そろそろ閉会式の準備があるんだろ」


 一さんが、話を逸らしてくれたが……私に山師は、無理だろう。

 山で、いつでもバイクを乗れるのは、かなり魅力的だが……。


 山に住んだら、毎日バイクに乗れるの?

 

 私は、後ろ髪を引かながらも、閉会式に向かったのだった。

 でもその時の私は、いいな~と夢物語として考えていので、全く現実味はなかったのだった。

 



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