給湯室ラプソディー

深波あお

第1話 謀反?

「ちょっと、キミ、お茶入れてくれるかい? 3人分。お客様が来ているから、応接室にお願いね」

部長に言われ、私は

「はい、承知いたしました」

と、素直に立ち上がり、給湯室へと向かう。

世間では、お茶出しを女性だけにやらせるのはナンセンスだ、女性差別だ、なんだと言われて久しいが、この会社ではそんなのどこ吹く風である。

何せ入社して最初に教えられたのが、「給湯室の使い方」である。お茶やコーヒーの淹れ方、茶葉やコーヒーの保管場所、食器の並び、使用する食器(季節によって異なる)、社長以下重役達のマイカップ、洗剤やスポンジ、布巾の置き場所とストック場所、布巾の洗い方、流しの洗い方、ごみの処理方法等……これらを初めてに最重要事項のごとく覚えさせられた。

ちなみに、新入社員は男性3名、女性2名の5名だったが、この「給湯室の使い方」講座を受講したのは、私と女性の同期の2名のみであった。

茶葉やコーヒーはとても良いものが揃えられているらしい。らしい、というのは、私と一緒に「給湯室の使い方」講座を受講した同期の女性がそう言っていたからである。

「げっ! こんな良い茶葉買っているの?」

と、彼女は驚愕していた。良くわからないが、とても高級な茶葉らしい。コーヒーも値が張る有名ブランドのものなのだとか。

「こんなところに金かけて意味あるのかね」

聞こえないと思ってぼやいた彼女の声は、しっかりと担当者の耳に届いており、私も一緒に苦い顔でお説教を受ける羽目になった。


給湯室に入り、ポットのお湯を確認。残量は十分にあるので、追加で沸かす必要はなさそうだった。春用の湯呑(ピンクの桜の柄が入っている)を取り出し、まずはお湯だけを入れる。その間に、急須に緑茶の茶葉を入れる。少し待ったら湯呑に入れていたお湯を急須に入れる。茶葉が開くのを待つ。茶葉が開いたら、お茶を数回に分けて丁寧に湯呑に注ぐ。

他にも何か色々言われたような気もするが、この程度できていれば十分だろうと思う。

「給湯室の使い方」講座をしてくれた担当の先輩によれば、お客様から「この会社のお茶はいつも美味しい」と、評判なのだとか。

「美味しくないお茶より、美味しいお茶の方が気持ちが良いでしょ。そこから、会話が良い方に向かって、結果的に会社の利益になる可能性もあるじゃない」

と、いうのがその先輩の理論であった。

確かにそうだと思う。不味いものを飲みながら楽しい話はできないだろう。

でも、だからと言ってお茶を入れるのが女性だけ、という理屈にはならにと思う。男性だってお茶を入れることはできるはずだ。

そう思いつつも、口には出さないようにしていた。それが平和に過ごす術であるからだ。それに、初日のようなお説教はもうこりごりである。


緑茶の良い香りが漂う中で思い出したのが、漫画だかテレビドラマだかで見た、「嫌いな上司のお茶に雑巾のしぼり汁を入れる」というものである。

お茶出しを頼んできた部長のことは嫌いではないが、人に頼むということはそういうリスクをはらんでいる。きっと、部長は私を信頼してお茶出しを頼んでくれたのだろう。

ただもし、ここで私が部長に対して謀反を起こすとしたら……

雑巾のしぼり汁は入れない。それは、お茶に対して失礼である。謀反を起こすにしてもお茶を粗末にするのは良くない。

部長は割と年配で流行りものには詳しくなさそうだから、突拍子もないトッピングをして「これが最近の主流なのですよ!」と、いうのはどうだろうか。

例えば、くし形に切ったレモンを淵に飾ってみるとか。レモン風味のさわやかな緑茶になるはずだ。それか、メロンソーダのようにアイスクリームを乗せるとか。抹茶フロートがあるのだから、おかしくないはずだ。ただ、分量には気を付けないといけないかもしれない。もしくは、コーヒーのように砂糖とミルクを添えるとか。お好みで味変ができる。

きっと部長は驚くだろう。お客さまも目が点になるかもしれない。そして何か言われたら

「あら、これが最近の主流のお茶の飲み方なのですよ」

そう、清々しく言ってのければ良い。堂々としていれば強く言われることはないはずだ。


「ねえ、お茶淹れたなら早く持っていったら? 冷めるよ」

給湯室の入り口には冷ややかな目をした同期が立っていた。

「あ、うん。ごめんね」

私は湯呑をつやつやしたきれいなお盆にのせ、応接室へと向かう。


所詮、私の謀反など、給湯室の妄想で終わるのだ。



おわり

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