第162話 気恥ずかしさ
眩しいほどの光に照らされる、夢を見ました。
光の先には何があるのか……、とても大事な物があるような気がして、私はそれを欲しいと前に進みます。
ですが、それは掴むことができないまま、他の人がやってきて掴んで行きました。
その姿を見て、私のこれまでの人生のようだと思ってしまいます。
何度も何度も光の先に進もうとしても、上手くいかずに先には進めないのです。
思いは叶わない日々でした。
初めて光が私に微笑み、光が消えて行くのが怖くて、先に進むことができました。
光の先には何もなくて、特別な場所ではなかったことを知りました。
光が失われた後には暖かさと温もりがあって、側に誰かがいてくれる幸せを感じるのです。
「ヒデオさん。ヒデオさん」
声をかけられて、私は暖かな物を手放したくないと手を伸ばしました。
その手を誰かが握り返してくれます。
「カオリさん?」
「はい。おはようございます」
「おはようございます」
目が覚めると、隣にカオリさんの顔がありました。
手を握ってくれていて、暖かさ手から伝わってきます。夢と現実が重なり合うように、光とカオリさんが重なり合いました。
「そろそろ起きてください。朝食を用意しましたので、一緒に食べましょう」
「はい。ありがとうございます」
身体を起こすとテーブルには二人分の朝食が用意されていました。
母以外の人が作ってくれた朝食を、家で食べるのは初めてではないでしょうか?
「あ、あの」
「顔色が良くなりましたね」
私が昨晩の出来事に対して何か話そうとして、気恥ずかさと、気落ちしていた気持ちの和らぎを感じて、不思議な安らぎが心に満ちています。
喪失感をカオリさん埋めてくれたのですね。
「ありがとうございます。ご心配をおかけしました」
私の方が年上ですが、カオリさんの方が落ち着いていて余裕を感じます。
前にカオリさんが、家に泊まって朝チュンを一緒に迎えた時とは違って、二人の距離が近いです。
「勝手に台所を使わせてもらいました」
「それは全然大丈夫です」
テーブルの前に座れば、朝食は和食でした。
ご飯にお味噌汁、それに焼き魚です。
ミズモチさんはすでに食べ終えた様子で、満足そうに窓際でスラソックをされております。
「豪華ですね」
「朝食はご飯派なんです。大丈夫ですか?」
「もちろんです!むしろ、嬉しいです。いつもパンで簡単に済ませてしまっていたので」
普段の食事を思い出して、全く手間がかかっておりませんでした。こんなにもまともな朝食は正月以来ですね。
「休みの日なら、泊まりに来てもいいかもですね」
笑顔でさらっと素敵な提案をしてくれるカオリさんにドキッとさせられます。
新発見ダンジョンのために予定していた調査は、昨日で一旦終わりを告げました。
本日は本当に何もない休日へと変貌を遂げたので、こんなにも穏やかなおやすみを過ごせています。
「お口に合いませんか?」
私が考え事をして食事を止めていると、心配をかけてしまいました。
「いえ、なんだかいいなって、思ってしまって」
「何を言っているんですか、もう」
カオリさんと普通に会話をして過ぎていく時間は穏やかです。
私たちは準備をして、一緒にお出かけをすることにしました。今日は二人で過ごす時間を大切にしようと思ったので、ミズモチさんにはお留守番をお願いしました。
どこか遠くにいくわけではありません。
ただ近所を歩いて、近くの公園に向かいます。
葉桜に変わりつつある、桜の木を眺めながら公園の並木道を歩いて少し広がった場所で腰を下ろします。
「公園って、見てはいますが入る機会がないんですよね」
いつも通り過ぎていた大きな公園に来る機会がありませんでした。
「そうですね。不思議なもので、公園は一人で来てもいいのに、誰かと訪れる人が多いかもしれません」
日曜日なのもあって、大きな公園には子供を連れた家族や、ご高齢の方々がベンチに座って話をしておられます。
誰かと共に訪れる人が多い場所なので、一人で来ることはないのかもしれない。
「そんな場所にヒデオさんと二人で来ているんですね」
「そうですね。嬉しいです」
誰か、その人であるカオリさんが隣にいる。
私は初めて味わう恋人と過ごす時間に、戸惑いを感じかと思いましたが、すんなりと受け入れている自分がいました。
「今、何を考えていたんですか?」
何気ない会話の一つ一つが嬉しいと感じます。
「カオリさんと過ごす一つ一つのことが、嬉しくて幸せだと思っていました」
「私もです」
同じだと言われてまた嬉しくなりました。
「ミズモチさんにお肉のお土産を買って帰らないといけませんね」
「はい。本日は一人にさせてしまったので、たくさん買いましょう」
一緒に散歩に出て買い物をして家に帰りました。
家に帰ってミズモチさんの本日は焼肉パーティーです。三人で食べるゴハンは最高です。
『肉ウマ〜!』
「美味しいですね」
「はい!」
こんな穏やかな時間がずっと続けば良いのに……
ふと、スマホの画面が光っているのを見つけました。
B級冒険者パーティー行方不明により、B級以上の高ランク冒険者に救援要請。
そう、記された冒険者ギルドのアプリを見て、私は目を閉じました。
「カオリさん」
「お仕事が入ったんですね」
「はい、行かなければ」
「わかりました! 必ず帰ってきてください。片付けをして帰ります」
悲しくもありますが、受け入れてくれるカオリさんに私は合鍵を渡しました。
「いつでも来てください」
「はい!」
装備を整え、ミズモチさんをリュックへ。
「ヒデオさん!」
カオリさんは私を抱きしめてキスをしてくれました。
「行ってらっしゃい。どうか無理をしないで」
「わかりました!行ってきます」
彼女に見送られて、私は家を出ました。
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