第33話 二人きりの忘年会

寒い寒いと思っていたら、雪が降ってきましたね。

仕事場は暖房が効いていますので、冷えることはありませんが、年末の追い込み時期で書類に押しつぶされそうです。


「阿部さん。この書類なんですけど」


さすがにこの時期はショールームの利用者はほとんどいません。

三島さんも事務仕事の手伝いをしてくれるので、三人で追われるように送られてくる書類の整理をしています。

声を掛け合うのも仕事の内容ばかりです。


なんとか目処が立ち、日を越える前には終わらせられそうです。

三島さんは子供さんの関係で、先に帰られました。

矢場沢さんにも声をかけなければいけませんね。


「矢場沢さん。残りは私がやっておきますので、どうぞ上がってください」

「もう少しでキリがいいので」


終電がなくなる前に出てくれれば良いのですが……私は追い込みをかけるために栄養ドリンクを飲んで気合いを入れました。


ふと、ミズモチさんの顔が浮かびました。

本日は帰れないことを告げているので、ミズモチさんがお腹が空かないように大量の食料をおいてきました。

温かい食事を一緒に食べられないのは寂しいですね。


「ハァ~なんとかなりましたね」


積み上げられた書類をなんとか一週間で片付けることができました。

後は急ぎではないので、年が明けてからでもなんとかなりそうです。


「阿部さん」

「えっ?矢場沢さん帰っていなかったのですか?」

「はい。つい集中してしてしまって。それに」


矢場沢さんの視線を追いかけると、雪が強くなっていました。


「あらら、家は暖房を付けてきましたが、ミズモチさん大丈夫ですかね?」

「スライムって寒さに弱いんですか?」

「私が愛読しているアンジェさんと言う方のブログによれば、スライムさんたちは冷たくてジメジメしているところが好きだそうです。

この間、お風呂場で空にした浴槽にミズモチさんを案内したら嬉しそうにしていました」


あっ、ついミズモチさんの話をしてしまいました。


「ふふ、本当にミズモチさんが大好きなんですね」

「ええ。今の私にとっては心の癒やしです」

「これからお帰りになるんですか?」

「それが実は……」

「???」


私は年越し前になると会社に泊まり込む勢いで仕事をします。ただ、そのときに楽しみにしている店があるのです。


「実は、飲み屋を予約しています」


今年はミズモチさんとの時間を過ごしたいと思って、仕事をいつも以上に集中してやっていました。

そのお陰で余計な仕事が残ることなく、時間を作ることが出来たのです。


「えっ?こんな時間にやっている店があるんですか?」

「それが、深夜から営業を開始するおでん屋さんがあるです。おでんとモツ鍋を提供していて、そこでお酒を飲んで会社に戻ってきて寝るつもりでした」

「あの!私もご一緒してもいいですか?」

「えっ?おでん屋さんにですか?」

「はい。阿部さんの行きつけの店に行ってみたいです」


予約しているので問題はありませんが、飲んで帰って寝るためのソファーがありませんね。

まぁ、タクシーを呼んで送ればいいですかね?


「わかりました。三島さんが帰ってしまいましたが、忘年会と行きましょうか?」

「はい!」


私は矢場沢さんと連れだっておでん屋さんに向かいました。おでん屋さんまでの道のりだけでもスゴく吹雪いていて……


「矢場沢さん大丈夫ですか?」


そっと風避けになるように寄り添います。


「ありがとうございます」


矢場沢さんも気付いてくれたのか、私の腕を掴んで来ました。二人で寄り添いあっておでん屋さんに入ります。


「いらっしゃいませ!おっ阿部ちゃん。女子連れかい?いいねぇ~若い者は」

「オジサン。私は若くないですから、矢場沢さんに失礼ですよ」

「ガハハハ、あんたも良い男なんだけどな。お嬢さん、いらっしゃい。奥へどうぞ」


深夜にもかかわらず賑わっているおでん屋さんは、美味しいのと、オジサンの人柄が繁盛の秘訣だと思います。


「ここの大根のおでんが絶品なんです」


私はおでんの盛り合わせとモツ鍋を頼みました。


「同じで」


矢場沢さんも私に習って一緒にモツ鍋を突きます。


「美味しい!」

「でしょ!ふふ、ここのは絶品です」


熱々のおでんに冷たいビール。寒い時期でも美味しいですね。


「こんな店を知っているなんてズルいです」

「はは、ミズモチさんが来る前はよく来ていたんですよ。ミズモチさんが来てからは、家に帰ることを優先していたので、私も久しぶりです」


美味しい食事に、美味しいお酒、目の前には若くて綺麗な女性が座っている。


ふふ、昨年の私では考えられない状況ですね。


「うん?何がおかしいんですか?私の顔、変ですか?」

「変なんてことはありませんよ。むしろ、綺麗だと思っていますよ」

「へっ!もっもう、こんな場所で何言ってるんですか~飲み過ぎですよ」


舌っ足らずで飲み過ぎなのは矢場沢さんだと思いますよ。


私には過ぎた幸せを噛みしめているだけです。


「矢場沢さんそろそろ帰りますよ~」

「まだ飲めますよ~」


この間のように我を忘れて飲んではいけませんからね。

今日はセーブしました。


「おやっさん。タクシーは?」

「おう。外で待ってるよ。雪が積もり出しているから、早めに出な」

「ありがとうございます」


私は矢場沢さんに肩を貸して外へ出ました。

外は地面が凍り出して、足下がスベって危ないです。

頭は滑りませんよ!ニット帽装着済みです!


「すみません。二人で、よろしくお願いします」

「はいよ。地面が危ないからゆっくりいくよ」

「はい。矢場沢さん住所言えますか?」

「え~なんですか?はは、私は矢場沢薫です!」

「はい。わかってますよ。ハァ~すいません。ここに」


私は矢場沢さんを自分の家へ連れて帰ることにしました。


あっ、ちゃんとお酒が抜けてから送りましたよ。何もありません。




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