過去編 その3 思い出②

専門学生としての生活も2年目を迎え、三日月は一つの岐路に達していた。


「お前は東京の有名なレストランに行くべきだ!俺が推薦しといてやるから、な!」

そう言って三日月の肩を強く叩くのは、三日月が所属するサークルの顧問であり、かつて料理人として名を馳せた古田だった。

古田は東京のレストランを転々としながら腕を磨き上げたの料理人だった。


「お前にはセンスがある。頭も良い。これだけの原石をリゾートのぬるま湯になんて浸からせる趣味、俺には無いんだよなぁ。」

そう言って怪訝な顔を浮かべて三日月を見る古田。

三日月は彼とは対称的に、ホテルで地道に腕を磨く選択をした。


それには色々な理由がある。

1つは、兄と同じ道を進まないという三日月のプライドだ。

2つ上の兄は、専門学校までずっと同じで、周りから兄の後を追っていると思われたく無かったからだ。

兄は東京の一流ホテルに就職した。

おそらく、そちらに行けば周りからも「兄の後を追った」という認識が強くなるだろう。


2つ目は、朱音の為でもある。

朱音は数日会えないだけでも寂しがる様な人だ。

そんな中時間の作れない東京に行っても、お互い耐えられなくなってしまうのは明白であった。

そのため2人で相談し、将来朱音と同棲する事も含めて地元から近い場所への就職に決めたのだった。



「まあ、確かにレストランは休みも少ないし、残業も多い。大きい所のホテルは福利厚生も確りしてるけど……。お前の将来からは離れるぞ?」

三日月は少し眉を曇らせたが、決意した表情は何一つ変わらなかった。


「そこまでの決意なら止めないけどな、織部。

ジジイのアドバイスだがな…。」

そう言ってグッと胸に親指を押し当てながら古田は続けた。

「誰の為じゃなく、自分の為に決めろよ。周りは色々言ってくるかもしれないが、結局は他人だ。やるのはお前だし、後悔するのもお前だ。俺は現場で辛い時いつもこう考えていた。」

押し当てた手を強く握り、三日月の胸元へそっと当てる。


「俺は今、何がしたいのかってな。」

そう言ってニカッと笑った恩師の表情は、4年以上経った今でも脳裏に焼き付いて、苦しい時にいつでも声を掛けてくれたのだった。

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