第三話 ゴーレムが人型だって誰が決めた?
「ゴーレムの軍勢が突破されたぞおっ!」
「逃げろ! どこでもいい、とにかく逃げろ!」
「グズグズしてたら全員、食い殺されるぞ!」
町のなかで怒号とも悲鳴ともつかない叫びが連鎖した。
見てみれば町を囲む高い防壁をその身ひとつで軽々と跳び越えて、鬼たちが次々に町のなかに飛び込んでくる。そして、目に付く端から人間を襲いはじめる。
町の人間たちは一斉に逃げ出し、我先にと門へ殺到した。戦えるものは間に合わせの武器をもって鬼の群れに立ち向かった。
人々が逃げる時間を少しでも稼ぐために。
しかし――。
訓練を受けた正規の兵士たちでさえ数人がかりでようやく倒せるという相手。素人が間に合わせの武器をもったぐらいで倒せるはずもない。かの人たちの時間稼ぎは――。
自分自身が鬼に食われるという形でしか為し得なかった。
一方、その頃。
町の外ではようやくゴーレム――魔法によって仮初めの生命を与えられた石造りの人形たちが向きをかえ、町へと向かいはじめていた。
しかし、遅い。
遅すぎる。
『のたのた』という音が聞こえてきそうなその鈍さ。石造りの人形特有のぎこちない動き。ゴーレムという便利ではあるが融通の利かない魔導人形の弱点がさらけ出されていた。
町を守るために防壁外に配置されていたゴーレムの軍勢。
その軍勢がようやく町のなかに到着したときにはすでに遅かった。町の人という人はあるいは食われ、あるいは『食料』として連れ去られ、誰ひとりとして残ってはいなかった。
そのありさまをひとりの男が呆然とした様子で見つめていた。
男の名はシバキ。
人形使いのシバキ。
鬼部に対抗するためにゴーレムの軍勢を配置することを提言した男。
「あなたには失望しました、シバキ」
「はっ……」
巫女女王の静かな、しかし、それだけに深い悲しみと怒りを込めた声でそう言われ、シバキは頭を垂れるしかなかった。
何の言い訳も反論も出来はしない。
自分の配置したゴーレムの軍勢が何の役にも立たなかったのは事実なのだ。
責められて当然。
無能呼ばわりされて当然。
シバキはひとり、自分自身を責める思いに耐えているしかなかった。
その宮廷でのことだった。
宮廷とは言ってもそこには巫女女王を守る兵士ひとり、魔導士ひとりいはしない。居並ぶものは文官のみ。それも、年老い、すでに武器をもって戦うことの出来ないような年代の文官たちばかりだった。
兵士や魔導士は最後のひとりまで国民を守るために前線の町に派遣された。文官たちでさえ、若くて体力のあるものたちはペンを捨てて剣をもち、前線に赴いた。すべては、国立を守るため。そのために生きて帰れる保証のない戦いに身を投じたのだ。。
――だから。
シバキはギュッと拳を握りしめながら心のなかだけで呻いた。
――だから、自分はゴーレムの軍勢を提言したんだ。それなのに……。
身を切るようなくやしさがシバキの心を責めさいなむ。
そんなシバキの頭上に巫女女王の静かな声が降りかかる。
「三度目。これで三度目ですよ。シバキ。あなたがゴーレムの軍勢を配置した町はすでに三度にわたって
「はっ……」
巫女女王の言葉に――。
シバキは深々と頭を垂れた。
――仕方がない。
仕方がない?
とんでもない。信じられないほどに寛容な処分だ。自分が提言したばかりに三つもの町が鬼どもに襲われ、全滅の憂き目に遭った。それなのに、処罰ひとつせず、役職を解くだけとは。
気性の荒い王であれば百回ぐらい、縛り首にしても飽き足らないと思うだろう。自分はそれだけの罪を犯したのだ。それなのに――。
巫女女王の寛容さには感謝しかなかった。
シバキはいま一度、頭をさげると、その場を退出した。
「くそっ……!」
シバキは場末の小さな酒場で杯を叩きつけながら叫んだ。
すでにかなり酔っている。飲まずにはいられない。自分の提言のせいで三つもの町が滅びたのだ……。
「おれは……おれは、この国を守りたかった。救いたかったんだ。だから、おれに出来ることをしようとした。ゴーレムの軍勢を町ごとに配置すれば町を守れると……それなのに……」
星詠みの王国オウラン。
大陸最強の国家レオンハルトの東方に位置し、代々、星詠みを使命とし、予言の力を持つ巫女女王に治められている。それ故か全体に女性的な国であり、穏やかな気風で知られている。その洗練された文化は大陸でも秀逸とされ、各国から一目、置かれている。
その反面、軍事力においては他の国々にはるかに劣る。巫女女王の予言の力も起こる事態に対処する力がないのでは役に立たない。
その軍事力の低さからレオンハルト王国国王レオナルドからは対鬼部戦役の戦力としてはほとんど相手にされず、出征を要求されることはなかった。そのかわり、助けを求めても顧みられることはなく、オウランは乏しい軍事力をやりくりして自分たちだけの力で鬼部の侵攻に対抗しなくてはならなかった。
「オウランの乏しい兵力では鬼部の侵攻から国民を守り切れない。だから、だから、おれはゴーレムの軍勢を提言したんだ。それなのに……」
シバキの悔恨は深い。
それはひとえに鬼部の侵攻の動機を見誤ったことによる。
鬼部はなぜ、人間を襲うのか。
なぜ、人間の町を襲い、人をさらい、国を滅ぼすのか。
食うためだ。
人間を食うために襲うのだ。
鬼部にとって人間はあくまでも食料。町とはその食料がいくらでもうろつく絶好の狩り場。そんな鬼部たちであれば目の前に展開する軍が人間であれば戦いもする。これを食らい、食料として持ち帰るために。
しかし、そこにいるのが食うことも出来ない石の人形だとしたら?
相手にするわけもない。
鬼部はその脚力にものをいわせてゴーレムたちの脇をすり抜け、頭上を飛び越え、剛力ではあるが鈍重なゴーレムの軍勢を易々と突破し、町へと侵入した。そして、虐殺の限りを尽くし、生き残りを全員、食料としてさらっていった。
剛力で堅牢、正面から戦えば人間兵士二〇人分にも匹敵する力をもつが、動きそのものは鈍重なゴーレムでは鬼部の敏捷な動きについていくなど不可能だった。その結果、シバキの提言を入れてゴーレムの軍勢を配置した町は無防備も同然となり、滅び去ったのだ。
「……努力はした。努力はしたんだ。ゴーレムたちの動きを速くしようと出来るだけことはやったんだ」
シバキのその言葉を嘘だと言えるものはこの世にいない。
実際、シバキはその通りのことをした。限界が来るまで眠ることすらなく、ゴーレムの改良に没頭した。しかし――。
石造りの人形を魔法によって無理やり動かす。
その仕組みからくる限界はどうしようもなかった。
結局、動きの鈍重さという欠点は解決出来ず、鬼部の
「……これ以上、生きて顔向けなど出来るか」
そう思う。
自分を信じて提言を受け入れてくれた巫女女王。
やはり、自分を信じて町の防衛をゴーレムに任せてくれた町の住民たち。
そのすべてを裏切る結果になってしまった。
もう顔向け出来ない。
死んで詫びるしかない。
そのための最後の一杯だった。
「……一度ぐらい死んだところでおれの罪は消えはしないが」
自嘲の笑いと共にそう呟く。
そんなことはわかっている。わかっているがしかし、シバキにとってそれ以外の責任のとりようは考えられなかった。
――これで最後。
この一杯を飲み干したらどこか、適当なところに行って自ら生命を絶とう。広い場所がいい。人の目につく場所がいい。自分が死んだことが人々に知られ、石を投げ付けることかできるように。
シバキはその思いと共に杯に残った酒をグイッと飲み干した。そのとき――。
「何か、何かあるはずなんだ!」
酒場の台を叩きながら熱い思いと、それ以上の苛立ちを込めた声が聞こえてきた。
「もっともっと強力な防壁で城を囲む方法が。そんな方法さえあれば兵に頼らなくても鬼部の侵略から国民を守れる」
「侵入させたところで避難場所さえあれば襲われずにすむ。鬼どもだって手が出せないとなれば引き返すはずだ。そんな家、いざとなれば要塞となって住民を守れる。そんな家が作れれば……」
ふたりの男が向かい合って酒を飲みながらそんな話をかわしていた。内容から察するにどうやら都市設計者と家屋の建築士らしい。自分と思いを同じくするらしいその会話にシバキは何とはなしに耳をそばだてた。
「鬼どもから住民を守る家。そんな家さえあれば。単に要塞化して守るだけじゃない。自分から反応し、動き、鬼どもを撃退する。そんな家さえ作れたなら……」
自分から反応し、動き、住民を守る家。
建築士のその言葉に――。
シバキの頭のなかであることがはじけた。自分の杯をもってふたりの席に向かった。口から泡を飛ばすようにして叫んでいた。
「その話、詳しく聞かせてくれ!」
その町には人々を守る兵のひとりたりといなかった。
街を囲む防壁など鬼たちの跳躍力の前には何の意味も成さず、易々と侵入を許してしまった。そして、鬼たちは町の至る所を駆けまわった。家という家を破壊した。しかし――。
そのなかでただひとつ、例外があった。
町の中央に立てられた真新しいその家。
その家だけは鬼たちの襲撃にも関わらずその姿を保っていた。
鬼の一体がその家に近づく。突然、まわりに敷かれた石畳が噴火の勢いで付きだし、太い石柱となって鬼を打ちあげ、空高く吹き飛ばした。
別の鬼が壁へと近づけば壁のいたるところから石のブロックが飛び出し、鬼を打ちのめした。
また、ある鬼が窓ガラスをぶち破って侵入すればその途端、床と言わず、壁と言わず、天井と言わず、鬼を囲む家のすべてが槍となり、斧となり、鬼を切り刻んだ。
――この家の住民たちには近づけない。
自分のなかに避難し、恐怖と不安に震えている町の人々。その人々は守ってみせる!
その思いをかけて、家は戦う。
それは、まさに生きた家。
鬼たちの襲来に反応し、自ら動き、戦い、住民を守り抜く。そう。それは――。
家の形のゴーレムだった。
……すべてが終わったとき。
家のまわりには何十という鬼の死体が散乱していた。そのなかでその真新しい家だけが傷ひとつ付けられずに建っていた。
玄関が開いた。
なかから大勢の人間が出てきた。周りを見た。
信じられない。
全員の表情がそう言っていた。一瞬の自失のあと――。
歓喜が爆発した。
家の形のゴーレムは鬼たちの襲撃から住民を守り抜いたのだった。
「人形使いシバキ。家屋建築士カキン。都市設計者コウケン。あなたたちのおかげで大切な宝民の生命を守ることが出来ました。のみならず、これからもつづく鬼の襲撃に対して大きな希望を与えてくれました。全国民を代表してお礼を言います。ありがとうございます」
巫女女王のたおやかな声をかけられて三人の男たちはそれぞれに満足そうな表情を浮かべた。しかし、それは、巫女女王から感謝の言葉を述べられたからではない。
――自分もやっと、鬼部との戦いの役に立てた。
その思いからだった。
ゴーレムの動きでは鬼たちの動きについていけない。
それならば動かなければいい!
その体内に住民を避難させ、侵入する鬼を自ら打ち倒す家の姿のゴーレム。
それが、あの日、酒場で出会ったシバキたちの達した結論だった。
そして、最後の願いとばかりに巫女女王に申し立て、狙われそうな町に見本として一軒の生きた家を建てさせてもらった。そして、その生きた家は見事、その役割を果たしたのだ。
「ゴーレムハウスが町の住民を守ってくれれば兵士たちは町を守る必要がなくなる。鬼部相手に攻め込むことだって出来るようになる。形勢は一気に逆転するぞ」
「おお、その通りだ。そのためにももっともっと性能が良くて、安く作れるゴーレムハウスを設計しないとな」
「甘いぞ! 家だけじゃない。都市全体をゴーレム化してやるんだ。そうすれば町中に侵入した鬼をどもみんな、始末してやれる」
三人の男は声をそろえて笑った。
その笑い声ははじめて出会ったときの陰鬱さとは対極にある、希望と明るさに満ちていた。
人形使いシバキ。
家屋建築士カキン。
都市設計士コウケン。
かの人たち三人が作りあげたゴーレムハウスは後に来る勇者敗北後の長く辛い防衛戦において人類世界を踏みとどまらせる切り札となるのだった。
完
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