第10.5話 意外な一面

 今日の昼食を外食にしようと考えたのは二限が終わってすぐのことだった。

 二柱の女神と一緒にいる謎の男という話題性と先日あった学食の一件も相俟って、学食では変な風に注目されてしまっていた。

 であるならば……と、ほとぼりが冷めるまでは大学の外で昼食を取ろうという流れになり、佐々木、田中、緋川、若月の四人は大学近くの飲食店に行こうと思ったのだが……


「……マジか」


 大学近くのファミレスにて。

 佐々木が店内に入ってすぐにある予約表を見て愕然とした。

 予約表には端から端までびっしりと名前が書かれていて、とてもじゃないが一時間やそこらで入れるとは考えられない。


「どうする? 近くで空いてる店探すか?」

「まぁ、今日はみんなもう授業ねーんだし、ゆっくり探せばいいんじゃね?」


 佐々木の提案に田中が同調し、緋川も頷いて見せた。

 するとそこへ。


「あ、待って。だったら私の家くる?」


 若月がさらりが爆弾を投下する。


「ちょっ、詩織——!?」

「えぇええええ——っ!? マジ、いいの?」


 驚愕と戸惑いが入り混じったような表情を浮かべる田中。

 そんな田中を見ても、若月はあっけからんと答えた。


「いいよいいよ。別に男子と二人きりってわけでもないんだし。それにこの炎天下の中を歩き回るのは辛くない?」

「たしかにきつい! 今日めっちゃ暑いしな!」


 本日も記録的猛暑らしい。


「若月がいいなら、俺はお言葉に甘えるかな」

「俺もー!」


 佐々木と田中は若月の家に行くことを決めたが……


「…………」


 緋川だけは少し渋ったような顔をしていた。


「な〜に〜理佐。私の家に行くの嫌なの?」

「前に行ってすごく後悔したからね……」

「今回は大丈夫! 理佐に怒られてからはこまめにするようなったし! それにさ……」


 若月は緋川の耳元に近づいて、耳打ちをする。


「理佐が来てくれないと……私自分の家で女一人なんだけど……」

「分かった、いく」

「よーし! じゃあそうと決まればしゅっぱーつ!」


 ここに若月家行きが決定した。

 若月はマンションの一室を借りているらしい。外観は真新しく、セキュリティもしっかりしている。おそらくは高級マンションに入る部類だと思うのだが。


「若月、お前の家ってお金持ちだったの? あんまそんなイメージなかったんだけど……」


 案外忘れがちだが、櫻崎大学は名門校だ。

 普通に接していた相手が、実は大企業の社長の息子だった、などという話は意外

 とあるらしい。

 てっきり若月もそういう感じかと思っていたが。


「ううん。違うよ。お父さんは高所得者だけど社長とかではないし、おじいちゃんが組合の会長やっててね、それのおかげでここに住めてる感じかな。おじいちゃん、私のことすごく可愛がってくれるからさ」

「く、組合……?」


 まさかヤクザとかそういう……?

 佐々木の脳内にイマジナリー若月祖父が浮かび上がる。

 真っ白のスーツ着て、葉巻をスパスパさせて、グラサンかけてて、脱いだら龍とか虎みたいな刺青が入ってて……


「なんか変な想像してるでしょ? 海岸組合のことだからね?」

(若月のお爺さんごめんなさい)


 佐々木は速攻でイマジナリー若月祖父を消し去り、まだ顔も知らない相手に深く謝罪した。

 そんなこんなで若月の部屋の前についた。

 若月は自分のカバンの中を漁ると、鍵を上下ある鍵穴にさす。

 ガチャ、と音と共に鍵が開くと同時に、佐々木は後ろからゴクリ、と生唾を飲み込むような音を聞いた気がした。


「ここが私の家! ゆっくりしてってね!」

「「「…………」」」


 扉が開けられるそこは……典型的なゴミ屋敷だった。


「まぁちょっと散らかってるけど、気にしないで?」


(((これが……ちょっと……?)))


 奇跡的に、若月以外の三人の思考が一致した。

 佐々木はチラっと、生唾を飲み込んだ張本人……緋川を横目で伺ってみる。その表情は「やっぱり……」という感じで、スン、と表情が抜け落ちてしまっていた。

 そういえば、ここに来る前に緋川が来るのを後悔したと言っていたが、まさかこのことだったのだろうか。


「お、お邪魔します……」


 このままでいるわけにもいかず、佐々木が先陣を切って中へ入る。

 その後に続いて、田中と緋川もとりあえず入室した。

 靴を脱いでリビングに向かうのも一苦労だ。足の踏み場がないとは言わないが、一般的なマンションに比べて部屋は広いのに、歩ける場所は少ないという摩訶不思議な空間が出来上がっている。


「荷物はそこらへんに置いといていいから。飲み物は——ってあれ? 理佐?」


 リビングを見渡して、一人少ないことに気付く。

 若月が玄関に戻れば……


「り、理佐……? 何やってんの……?」

「掃除」


 なんと来て一分と経たずに緋川が部屋の掃除をしていた。


「えぇぇええ!? いいよそんなの! まだ綺麗な方だし!」

「綺麗!? どこか!? どっからどう見ても汚部屋じゃん!」


 普段の冷静さはどこへやら。

 緋川がすごい剣幕で若月を説教し始めた。


「ほら! まず服拾って! 洗濯機にぶち込んで! なんで紅茶の袋がこんな所に……て賞味期限切れてるし! 何これ? アニメのグッズ? 捨てていい?」

「ダメダメダメダメ! それレアなやつだから!」

「だったら大事なものはとりあえず寝室に全部突っ込んで!」


 緋川はダンボールの中に入ったままの物を引っ張り出し、ダンボールを潰す。そして取り出したものを持って「これは何に使うのか」と若月に問い詰める。

 明らかにいらないだろ、と言いたいものがちらほら散見され、どうしてここにあるの? っていうものが次々に見つかる若月の部屋。

 そんな光景がしばらく続き、ある程度ものが片付いたら今度は掃除機を掃除機をかけ始めた。本当は上から埃を落として、という順序を追ってやりたいらしいのだが。


「そんなことやってたら、いつまで経っても終わらない」


 と一言。

 佐々木と田中は、女子に抱いていた幻想がガラガラと音を立てて崩れ落ちていくのを感じていた。

 そしていざ昼食を作ろうと緋川が冷蔵庫を開けたところ。


「詩織」

「はい……」

「卵からなにまで賞味期限が全部切れてるんだけど」

「はい……ごめんなさい……」


 一日二日過ぎているぐらいなら緋川も気にしないが、一ヶ月はさすがに許容範囲を超えている。


「アタシ掃除してるから詩織は買い出しね」

「はい……」

「田中は詩織と一緒に行って。佐々木は使う調理器具と食器類を洗って」

「「イエッサー!」」


 そうして四人が昼食を食べれたのは二時間後のことだった。




「いや〜、ありがとうみんな! おかげですっっっごい綺麗になったよ!」

「もう二度と掃除しないからね」

「ひーん、ごめんよりさー! 許しておくれー」


 緋川に抱きついて許しを乞う涙目の若月。

 なんと百合百合しく、神々しい光景だろうか。

 

「あぁ、もう! 分かったから離れて詩織」

「はーい」


 昼食後、まったりとした時間がリビングに流れる。というのが通例だろうが。


「いい機会だ! トランプをやって親睦を深めようじゃないか」


 そんな田中の一声でトランプ大会が開催された。

 どうやら昼食の買い出しの時にお菓子とジュースも買っていたらしい。

 第一種目は大富豪だった。

 田中はカードをシャッフルし、順番に配っていく。


(また微妙な……)


 強いとも弱いともとれそうな手札。

 まぁ親睦会といっても、ここに至るまであまりにも色々なことが起き過ぎてしまっていたわけで。


「都落ちしろぉおおおおおー!」

「いや、自分の力で上がろうよ……」

「スート縛りうっっっっざ!」

「やったー、革命!」

「それナイス詩織」

「ばかめ! 革命返しじゃぁあああああああ——っ!?」

「いやぁあああああああ——っ!?」


 第二種目、七並べ。


「待て! ここで皆なんのカードが欲しいか言い合わん?」

「ねぇ、スペードの八持ってる人だれ!?」

「もうパスできねぇヨォおおおおおおお——っ!」


 第三種目、ポーカー。


「どうだ、ハートのフラッシュだぁ!」

「フルハウス」

「ギャァああああああああああああ——っ!? なぜだ! なぜこうも勝てねぇ!」

「みんなはアタシの養分」

「待って!? これロイヤルストレートフラッシュじゃない!?」 

「うぇええええええええええええ——ッ!?」


 親睦も何も、これ以上の親睦があろうかいった光景だ。

 佐々木と田中が絶叫し、若月が場を引っ掻きまわし、緋川が最終的に全てを持っていく。結果、一番の勝ち星を得たのは緋川だった。

 常に冷静で、表情をほとんど崩さない緋川ではあるが、この時ばかりは大いにはしゃいでいた。

 

(氷の女神とは……)


 分かっている。所詮は緋川のことをよく知らない人達がつけたあだ名。的を射ている部分もあるが、こうして普通に笑っている緋川を見ると、なんとも言えない気持ちになってくる。


(けどあと一歩なんだよな……)


 笑ってはいた。楽しんではいた。

 でもあと一歩……という所で、緋川からは一線を引かれてしまっている感じがした。意識的にという風には見えない。脳を介さない本能的な行動……言うなれば、あれは防衛本能だろう。

 そして高校時代を一緒に過ごしてきた佐々木は、緋川がこの防衛本能を発動してしまう原因に心当たりがあった。


「アタシ、そろそろバイトの時間だから行くね」

「わっ、もうそんな時間? じゃあもう解散しよっか」


 気づけば、もう日は傾き始めていた。

 ざっと計算しても、四、五時間は雑談やトランプに興じていたことになる。

 さすがに長居し過ぎた。

 佐々木、田中、緋川は各々のカバンを取って、玄関に向かい——


「また明日な、若月」

「またトランプやろーぜ!」

「もう掃除はしないからね」


 三人はドアを開け、外に出て行った。

 最その様子を後まで見送った若月は、玄関の鍵を閉めて、リビングのソファに仰向けに寝転がり目を瞑った。

 始めるのは、たった今ここで得た情報の脳内整理。

 まず田中祥平。

 場を賑わすムードメーカー。だが気遣い上手で、場の空気を読んで適切な行動ができる。ただしその行動は無意識下の部分も多く、不安定なもの。

 次に緋川理佐。

 冷静沈着で、少しのことじゃ全く動じない。社交辞令が上手だが、その分友達との付き合い方は不器用。原因不明の妙な壁を作る癖あり。でも可愛い。好き。

 最後に佐々木玲

 過去が原因で女性不信になった同級生。だが私や緋川と話す時は普通そうに見えるが、田中曰く高校はもっとやんちゃだったらしい。恐らく周りを見る力に長けていて、唯一私に観察されていたことに気付いていた。


(さて……どうしよっかな……)


 若月は目を開けると、人知れず不敵に笑うのであった。




あとがき

 まず最新話の更新が遅れて申し訳ございません。気付いた方もいらっしゃると思いますが、一章の内容を大幅改訂しました。もしかしたら以前の方が良かった、なんかイメージと違う、といった感想を持つ方もいらっしゃると思います。その原因はひとえに私の描写不足が招いた結果です。大変申し訳ありません。

 これからも頑張っていきますので、応援してくだされば幸いです。

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